台湾では国会職権関連法と刑法の改正案の審議をめぐって大混乱となり、5月28日に立法院で可決されたものの、行政院が審議のやり直しを求め、立法院は6月19日から全院委員会を開いて再審議を行っている。
本日(6月21日)、採決の日を迎えた。
立法院周辺では19日から複数の市民団体が抗議活動を行っているというが、これまで与党の民進党は「民意」を第一に挙げてきた。
では、今回の立法院の混乱を台湾の人々はどのように見ているのか、その「民意」がどこにあるのか、東海大学特任講師の平井新(ひらい・あらた)氏が明らかにしている。
世論調査(美麗島電子報)では、民進党の好感度は2.6ポイント増加して46.1%、国民党の好感度は3.0ポイント減少して32.9%、民衆党の好感度は4.8ポイント減少して31.6%と、与党への支持が微増し野党の支持が減少傾向にあることを紹介。
また、法案を国民党と共同提出した台湾民衆党への好感度は、これまで民衆党を支持してきた20-29歳の若年層では59.1%から46.2%に12.9ポイントも減少するなど「若年層および高学歴層、中間派の浮動票層の間で民衆党への支持が急速に低下している」現状も紹介する。
その一方で、台湾の民意は「国会改革」そのものについて必ずしも否定的ではないという世論調査もあることを紹介しつつ、台湾の民意を探るとても興味深い論考だ。
国会職権関連法と刑法の改正案が成立する可能性は高いが、若年層などの支持を急落させている柯文哲主席率いる台湾民衆党は今後、中国国民党との協調路線を変更する可能性が出てきたようだ。
混迷する台湾議会��ぢ民意は一体どこにあるのか対中関係ばかり注目されるが台湾社会は冷静だ平井 新(東海大学特任講師)【東洋経済ONLINE:2024年6月20日】https://toyokeizai.net/articles/-/764237
台湾の立法院(国会)では野党が提出した立法院改革法案の一部が5月末に可決された。
総統による立法院での国情(国政)報告の常態化、質疑応答の義務化のほか、立法院の人事同意権や調査権の強化、公務員の虚偽陳述や回答拒否に対する罰則も追加された。
行政院は6月6日に、改革法案が権力分立や人民の権利侵害など憲法違反の可能性を理由に実行困難だと立法院への再審議を請求した。
民主化とともに台湾で制定された中華民国憲法追加修正条文では、行政院は立法院が通過した法律案を施行困難と認定した場合、立法院に再審議を求めることができる。
ただし、立法委員(国会議員)総数の過半数が原案維持を決議すれば、行政院長(首相)は同案を受諾しなければならない。
◆「国会改革」か「国会権限拡大」か
今後、立法院で当該法案が再可決された場合、与党・民進党による憲法法廷への憲法解釈申請が予想される。
そもそも、この法案を「国会改革」と見るか「国会権限拡大」と見るかは党派的立場の違いを反映している。
民進党は法案を国会権限の不当な拡大と断じる一方で、野党の国民党と民衆党は長年待ち望まれた国会改革だと主張している。
筆者の見立てでは、今回の法案には確かに内容および審議の手続きに問題があるだろう。
しかし、党利党略と多数派の論理が横行する台湾政治の現状に対して、台湾の民意は国会改革を求めているとも考えられる。
確かに野党側の主張には、今回の法改正は2004年に出された憲法解釈令585号で認定された「国会の調査権」を法制化したにすぎないというもっともな理由がある。
ただし、この憲法解釈令では、国会調査権を認定しつつも、権力分立と抑制・均衡の原則に基づいて対象や事項に制限があるとし、法律で適切な手続きを規定すべきとされていた。
にもかかわらず、今回の法案は実質的な討論が不十分なまま成立し、国会軽視罪の構成要件や国会調査権の対象範囲が不明確である。
さらに、総統の国情報告で議会からの質疑応答義務を創設したことも問題であり、これは運用次第で台湾の憲政体制に大きな変化をもたらす可能性がある。
台湾の現行の中華民国憲政体制は、比較政治学上は半大統領制に分類される。
イギリスや日本の議院内閣制では議会に選ばれた内閣が政府の執行権を持ち、議会に対して責任を負う。
一方、アメリカのような大統領制では行政権と立法権が明確に分立し、大統領が国民の選挙で選ばれて議会から独立して権力を行使する。
半大統領制は、議院内閣制と大統領制の特徴を組み合わせた制度で、大統領と首相が共に執行権を有し、相互に権限を分担する政治体制である。
台湾型の半大統領制は、民主化以降の憲法改正を経て次第に形成されてきた。
台湾の総統は有権者による直接選挙で選ばれ、国家元首として外交や軍事など広範な権限を持つ。
1997年の憲法追加修正以前は、総統が任命する行政院長の任命には立法院の同意が必要だったが、改正後は総統が一方的に行政院長を任命できるようになった。
◆法案は現在の体制と合わない可能性
とはいえ、議院内閣制に近い仕組みも維持している。
行政院は立法院に施政方針や報告を提出し、質疑に応じる義務がある。
加えて立法院は行政院長の不信任案を提出・可決できるが、行政院長が議会の不信任で辞職した際、総統は議会を解散することも、解散せずに新たな行政院長を任命することもできる。
しかし、立法委員は行政院長や閣僚を兼任できない。
このように、台湾の執政制度はより大統領制に近い二元代表制の傾向を有する半大統領制となっている。
したがって、現行法規では立法院は毎年の会期中に総統の国情報告を聴取「できる」と規定されているが、総統にとって「義務」ではない。
総統は独立して職権を行使し、直接選挙民に対して責任を負っている。
今回の法改正で総統に立法院での質疑応答義務を負わせることは、改憲を経ずに総統に対して新たな憲法上の義務を創設することとなり、現行の憲政体制をより議院内閣制に近づける可能性がある。
この点は、将来的に司法院の憲法法廷から違憲判断が下される可能性が高いと考えられる。
今回の国会改革法案に反対して立法院周辺に集まった市民は「沒有討論、不是民主(議論がなければ民主ではない)」と訴えた。
背景には立法院での審議が形式化し、立法委員の行動が数の論理による単なる採決機械と化している現状がある。
しかも、今回は野党側の暴走だが、過去に民進党が立法院の多数派だった時代には民進党側の数の横暴も見られ、単なる党派対立の域を越えた根深い問題と言える。
今回の「国会改革」法案では、本会議での審議・採決前にある委員会の審査段階から多数派の国民党と民衆党の強引な対応が与野党の対立を激化させた。
司法法制委員会には国民党と民進党からそれぞれ2名の召集委員が選出され、各党提出法案の審査をそれぞれ進めたが、与野党の法案はまったく違う扱いとなった。
国民党主導の委員会審議では野党法案について1回の報告、1回の公聴会、2回の法案審査を実施した。
民進党籍の委員が出した野党法案の条文への異議は実質的な議論を経ることなく全条文を「保留」して与野党協議に回された。
むろん与野党協議で合意は得られず、法案は本会議の採決へと回され、国民党と民衆党が「再修正動議」という形式で統合版の法案を提出して、5月28日に可決成立した。
これに対して、民進党主導の委員会では2回の公聴会と5回の法案審査会議を開催しながらも、民進党法案は数の論理で封殺され、具体的な中身の審議さえほとんどできなかった。
◆強引な手法をやり返し合う与野党
民主主義の原則には、多数決だけでなく少数意見の尊重も含まれる。
与野党協議や少数意見の発言機会の保障はそのために存在するが、今回、実質的な議論は行えなかった。
これは、国民党と民衆党の問題だけではない。
立法院の多数派による数の論理に頼った少数意見を顧みないやり方は、これまで党派を超えて蔓延してきた。
2001年に現行の与野党協議制度が確立されて以来、委員会で各党の合意が得られない法案について実質的な審議を行わずに条文を「保留」として形式的に与野党協議に委ね、数の論理で強行採決する事態は政党の違いによらず頻繁に生じてきた。
今回は、少数与党となった民進党に独自法案の審議さえさせなかった点で状況が悪化しているが、国民党と民衆党は、民進党が議会を主導していた過去8年の議会対応を真似てやり返している部分がある。
こうした強引な議会手法は、政党間の対立を激化させ、世論からの批判も高めることになるので、議会の多数派にとっても諸刃の剣である。
そもそも、民進党が2024年の選挙で議会の過半数を取れなかったのは強引さが目立った過去の議会運営にもその一因があるだろう。
いずれにせよ、立法院を主導する多数派の政党は、院内の少数派と彼らを支持する市民を納得させるために、十分な議論と熟議を重ねる必要がある。
台湾政治は、対外的にはアメリカおよび中国の影響を考慮せざるをえず、内政的には二大政党の党派対立の中で解釈されてしまう傾向を有する。
このため、政権や議会の多数派が選挙で交替すれば、同じ政策に対する立場が党利党略の中で真逆に変わってしまうことも多々ある。
今回の国会改革についても、主張自体は野党時代の民進党が提起し、当時は与党だった国民党が拒んできたものだ。
◆絶妙なバランス感覚を有する台湾世論
台湾の世論は今回の「国会改革」をめぐる紛糾についてどう見ているのか。
台湾民意基金会の5月24日の世論調査によると、5月17日の立法院での与野党の衝突に対して、31.6%の市民が与党を支持し、27.6%が野党を支持した(24.6%がどちらも支持せず)。
美麗島電子報の5月の調査によれば、民進党の好感度は先月比で2.6ポイント増加して46.1%、反感度は0.9ポイント減少して45.0%であった。
一方、国民党の好感度は3.0ポイント減少して32.9%、反感度は7.6ポイント増加して57.3%であった。
民衆党の好感度は4.8ポイント減少して31.6%、反感度は6.6ポイント増加して53.7%であった。
これだけ見ると、与党への支持が微増し、野党の支持が減少傾向にあることがわかる。
美麗島電子報のより詳細なデータによれば、法案採決の前後である4月と5月の比較では、20-29歳の若年層では民衆党への好感度が59.1%から46.2%に減少し、反感度は25.2%から40.0%に増加している。
大学以上の学歴層では好感度が先月比で48.1%から37.9%に減少し、反感度は31.9%から40.1%に増加している。
中間層では好感度が33.9%から26.6%に減少し、反感度は47.6%から53.7%に増加している。
つまり、特に民衆党の支持基盤とされてきた若年層および高学歴層、中間派の浮動票層の間で民衆党への支持が急速に低下していることを示している。
国民党との協力姿勢を深める民衆党の議会運営に対しコア支持層の一部に失望が広がっていると考えられる。
一方で、台湾の民意は「国会改革」そのものについて必ずしも否定的ではない。
《ETtoday》の5月30日から6月2日の調査によれば、国会改革法案を57.3%が支持し、30.8%が不支持であった。
具体的な項目では、「総統国情報告」が65.7%、「国会ヒアリング権」が62.4%、「人事同意権」が61.4%、「国会調査権」が59.8%、「国会軽視罪」が57.5%と高い支持を得ている。
また、国会改革が台湾の政治体制に与える影響については、55.3%がプラスの影響と回答し、33.4%がマイナスの影響と答えている。
にもかかわらず、行政院が国会改革法案の再審議を提起することについては、約半数の48.9%が支持し、反対は37.0%にとどまる。
立法院が法案を再可決された後に民進党が憲法解釈申請を行うことを支持するという回答も、ほぼ同様の割合だった。
これらの世論調査の結果から、台湾市民の多数は「国会改革」には賛成する一方で、立法院の不透明な手続きには反発しており、行政院による再審議要請や憲法裁判所による司法判断を求め、三権分立を機能させることを支持している。
党派対立が激化しているように見える台湾社会だが、実際には全体としてバランス感覚のある民意が保たれていると言えるだろう。
こうしたバランス感覚ある民意にもとづく不断の改革要求とそれにともなう制度的実践が、台湾の民主主義のダイナミズムの源なのかもしれない。
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平井 新(ひらい・あらた)東海大学政治経済学部政治学科特任講師。
2020年、早稲田大学大学院政治学研究科博士後期課程修了、博士(政治学)。
専門は、比較政治学、移行期正義論、台湾現代政治、東アジア現代史など。
2021年、北京大学国際関係学院博士課程修了(ABD)。
主著に、Policing the Police in Asia: Police Oversight in Japan, Hong Kong, and Taiwan (SpringerBriefs in Criminology)などがある。
早稲田大学地域・地域間研究機構次席研究員などを経て、2023年から現職。
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