台湾の新聞は連日「首投族」について報じている。すわ、首を投げるとはなんと野蛮な、と思いきや、それは早とちりだ。
「首」とは、日本語で「首位」と使うのと同じように、一番とか初めての意味で、「投」は投票を指す。すなわち、選挙の前に成年に達し、初めて投票権を得た若者たちを中国語で「首投族」と呼ぶのだ。
◆「首投族」の獲得に躍起になる候補者たち
11月24日に投開票が行われる台湾の統一地方選挙まであと2週間に迫った。前回の「台湾の若者が『現状維持』を望むワケ」でも言及したように、この統一地方選挙では、6つの直轄市の市長から、各地方自治体の議員、そして町内会長にあたる「里長」までを一斉に選ぶという大掛かりなものである。特に、台湾の人口の7割が台北市や新北市といった直轄市に集中しており、市長選挙の結果がそのまま再来年1月の総統選挙に反映されるとあって、各党とも気の抜けない戦いが展開されている。
2年前の総統選挙では約130万人が「首投族」として有権者となった。実に有権者の7%だという。こうした若者たちの初めての投票行動が選挙結果を大きく左右したとあって、各候補者とも「首投族」の心を掴もうと躍起になっている。
ただ、前回も指摘したように、国民党や民進党といった政党カラーだけではもはや若者たちの票を集める原動力にはなりえない。むしろ、2000年以降、二大政党がそれぞれ政権を担ったものの、有権者とくに若者たちが悩む、就職や賃金といった問題への成果が、発表される数字ほど実感できないという不満が結果的に若者たちの政党離れに繋がった。
自分たちの目の前の生活に耳を傾けず、統一や独立などといった日々の生活とは異なる「高邁な」次元の問題で紛糾する立法院(国会)での争いに背を向けたとも言えるだろう。
そうした若者たちの政党離れと、彼らの価値観を如実に表わしているのが、今回の高雄市長選挙だ。昨年、台中市に人口で抜かれ、台湾第3の都市となったが、現在も南部を代表する港湾都市である。
◆泡沫候補が一転、「時の人」になったワケ
高雄市は台南市と並び、長らく民進党の牙城であり票田とされてきた。総統選挙でも立法院選挙でも、民進党にとってはとりあえず高雄と台南は安泰という「票が読める」エリアであったのは間違いない。謝長廷(現駐日代表)の時代から、陳菊(現総統府秘書長)まで、10年にわたって民進党が市長のポストを占めてきた。その高雄がいま揺れている。
当初、民進党候補者の陳其邁の勝利は固いと思われたのだが、みるみるうちに失速した。原因は、国民党の候補である韓國瑜の躍進だ。韓國瑜は台北県(現在の新北市)生まれの外省人で、立法委員の経験者でもあるが、近年は政治の第一線から退いていたこともあって、候補者になった時点では泡沫候補に近かった。
しかし、泡沫候補ゆえの破れかぶれが功を奏したのか、ハゲ頭をシャンプーしながらインタビューに答えたり、「高雄にディズニーランドを誘致する」とぶち上げてみたりと、野党第一党の候補者らしからぬパフォーマンスと、破天荒な言動で注目を集めた。
これまでの政党政治に飽き飽きしていた若者たちにとって、韓國瑜はこれまでの候補者とは「何かが違う」と思わせるものがあるのだろう。事実、2014年に台北市長に当選した柯文哲も、政治は未経験の医師。いつもくしゃくしゃの髪に、大口を開けて豪快に笑い、インタビューにもどこか斜に構えたように答える姿が、有権者の若者たちには新鮮に映ったがゆえの大勝だったといえる。「高雄にディズニーランドを」という発言も、実現性はさておき、空洞化によって経済的に落ち込む高雄の人々を鼓舞したのだろう。
◆「外省人=悪」というステロタイプ
ここであえて注目したいのは、韓國瑜の経歴だ。国民党所属の外省人の彼がなぜ台湾人意識の強い本省人が多い台湾南部で躍進しているのだろうか。それはもはや台湾の主流を占める有権者のなかから本省人や外省人といった「省籍矛盾」とも呼ばれる対立が影を潜めたからだ。
日本人のなかには、「外省人」と聞くと嫌悪感を示す人がいる。「あの市長は外省人ですよ」と聞いただけで「そりゃダメだ」と断言する人がいる。しかし、あえて断言するならば、本省人や外省人といったくくりだけでは、もはや判断できない時代になっているのだ。
確かに台湾は戦後、1990年代まで国民党の独裁政権が続き、台湾人は自由を奪われた。それどころか、吹き荒れた白色テロによって命を奪われたり、人生の大部分を政治犯として過ごさざるを得なかった人々もいる。
この間、国民党に牛耳られた台湾を救おうと、台湾独立運動が主に海外で展開されたが、その最前線基地が日本だったことや、小林よしのりの漫画『台湾論』が外省人を徹底的に悪として描いたため、日本人の台湾に対する思考が「外省人=悪、本省人=善」「外省人=加害者、本省人=被害者」や「国民党=加害者であり悪」といったステロタイプが埋め込まれてしまったのではないかと見ている。
李登輝総統の誕生以降、民主化によって自由は保障され、白色テロの被害者の人々に対する名誉回復も行われた。もちろん、国民党については白色テロの情報公開や検証、不当資産の解明など、未だ問題は山ほどあるといってもいいだろう。
しかし、「首投族」と呼ばれる若者たちは、2000年前後の生まれだ。生まれたときから民主的かつ自由な台湾を謳歌して育ってきた。彼らにとってもはや「外省人、本省人」といったアレルギーはほぼ無いと断言していいだろう。
実際、2014年に立法院を占拠して行われた「ヒマワリ学生運動」でも、多くの外省人の若者たちが参加していた。特に若い世代における融和が続々と進む台湾で、未だにステロタイプを判断基準にして台湾を見ると、現在の高雄における韓國瑜の躍進に違和感を感じるかもしれない。
しかし、なんのことはない、韓國瑜が外省人か本省人かに関係なく、高雄の有権者はこれまでの民進党市政の「続き」を望むのではなく、現状を打破してくれる候補者に熱狂しているということだ。そしてそれは、決して国民党だから、ということでもなく、新鮮味のある破天荒な、かつ大風呂敷を広げることの出来る候補者こそ、高雄を救ってくれるのではないかという期待を込めての熱狂であろう。
◆日本人が捨てるべき台湾への「思い込み」
高雄や台南など、南部へ行くと、話される言葉も、台湾語の比率が飛躍的に高まる。だいぶ前だが、筆者が台湾大学で歴史の授業を受講していたとき、先生が「台湾語がわかる人、手を挙げてください」と聞いた。100人以上は入るであろう大教室だったが、8割以上の学生が手を挙げたように記憶している。続いて、「台湾語がわかる、だけでなく、ちゃんと話せるという人は手を挙げてください」と聞くと、挙手する学生は一気に減った。手を挙げたのはおよそ2割程度の学生だった。
恐らくこの学生たちはほとんど南部の出身だったと断言しても良いくらい南部では台湾語比率が高まる。言語はアイデンティティを形成するうえで最も重要な要素だ。台湾語比率が高いということは、自ずと台湾人意識が強いということになる。民進党が南部を除いて大敗したときなど、「南部だけで独立したらどうか」という意見を出す人がいたほどだ。
しかし、そんな「本省人の牙城」ともいえる高雄でさえ、外省人の韓國瑜の健闘が続いている。戦況はまだ五分五分のようだが、バンドワゴン効果によって民進党の牙城が崩れる可能性は大いにある。仮にそうした結果が出た場合でも、日本人は「なぜ高雄で外省人が当選するのか」という疑問を持つのだろうか。たとえ選挙であっても、もはや台湾の若者たちにとっては、外省人や本省人などというくくりが候補者を選ぶ判断基準にはなりえないことを、日本から台湾へ関心を寄せる人たちも学ぶべきであろう。
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早川友久(はやかわ・ともひさ)1977年(昭和52年)6月、栃木県足利市生まれ。現在、台湾・台北市在住。早稲田大学人間科学部卒業後、金美齢事務所の秘書として活動。2008年に台湾大学法律系(法学部)へ留学。台湾大学在学中に3度の李登輝訪日団スタッフとしてメディア対応や撮影スタッフを担当。2012年12月、李登輝元総統の指名により李登輝総統事務所秘書に就任。共著に『誇りあれ、日本よ─李登輝・沖縄訪問全記録』『日本人、台湾を拓く。』など。