台湾の統一地方選挙と最新動向  石原 忠浩(政治大学助理教授)

 台湾では来る11月26日に4年に一度の統一地方選挙が行われる。統一地方選挙は2024年1月に行われる総統選挙の前哨戦とも位置付けられている。今回の統一地方選では、公民権を18歳に引き下げる憲法改正案を承認する住民投票も同時に行われる。

 その最新の動向について、交流協会台北事務所専門調査員だった国立政治大学日本研究プログラム助理教授の石原忠浩氏が『交流』10月号(10月26日発行)にレポートしているのでご紹介したい。

 なお、このレポートでは、7月中旬から10月上旬までの「日台関係」や「米中台関係」「両岸関係」「新型コロナへの対応」「蔡総統の国慶節演説」にも言及しているが、本誌では冒頭の「統一地方選挙と最新動向」のみご紹介する。

◆台湾情報誌『交流』:2022年10月号 https://www.koryu.or.jp/publications/magazine/2022_10.html

 ちなみに、台湾の大学の職階は教授、副教授、助理教授、講師となっており、石原氏の肩書き「助理教授」は博士の学位を取得している講師のことです。副教授は日本の准教授に相当します。

—————————————————————————————–統一地方選挙に向けた動向、安倍元総理逝去後の日台関係(2022年7月中旬─10月上旬)石原忠浩(台湾・政治大学日本研究プログラム助理教授、国際関係センター助理研究員)【日本台湾交流協会『交流』:10月号】https://www.koryu.or.jp/Portals/0/images/publications/magazine/2022/10%E6%9C%88/2210_01ishihara.pdf

統一地方選挙と最新動向

(1) 過去の地方選挙と台湾政治

 台湾は2年に一度の選挙の季節を迎えている。今秋の選挙は統一地方選挙である。台北市長選挙など大都市の選挙区では「抗中保台」(中国に抵抗し、台湾を護る)という中国との関係や距離感を争う問題は時折ホットなイシューとなるが、やはり焦点は経済社会問題が主要な争点となる。

 民進党にとっては蔡英文第二期政権の「中間テスト」であり、今選挙で好成績を収め、蔡総統は退任まで党内で求心力を保ちたい思惑がある。また、「ポスト蔡英文」を争う頼清徳副総統、鄭文燦桃園市長などの党内有力者の動向も注目である。

 国民党は前回勝利した首長ポストを極力維持し、政権奪回に繋げたい。本選挙で勝利すれば、朱立倫主席自身が、次期総統選挙の本命候補に浮上する可能性がある。

 柯文哲台北市長を擁する民衆党は、結党以来初の統一地方選挙である。柯市長は12月に任期満了で退任するが、2024年の総統選挙への出馬が有力視されており、支持基盤を全国に広げるため桃園市、新竹市、宜蘭県で独自の首長候補を擁立し、直轄市議にも48名が出馬し党勢拡大を狙っている。

 時代力量は、苗栗、基隆、屏東の3県市で公認候補を擁立したほか、直轄市議には現職3人を含む27人が出馬している。

 また今回の統一地方選では、3月に立法院で可決した公民権を18歳に引き下げる憲法改正案を承認する住民投票も同時に行われる。

 表1は馬政権以降に実施された地方選挙の首長ポスト数の変遷である。台湾の県市長選挙は、ほとんどが政党対決となっており、ポスト数の変動も激しくなっている。台湾の県市長の任期は、4年間で再選は1回のみ可能である。

(2) 10月上旬現在の選挙情勢

 9月上旬に立候補者の登記が終了し、事実上の選挙戦に突入している。表2に直轄市長選挙の主な候補と背景を記した。以下、直轄市長選挙の動向を整理する。

◆台北市長選挙:

 「首都」台北市長は、李登輝、陳水扁、馬英九など多くの歴代総統が経験したポストであり、注目度は他の県市長より圧倒的に高く、ステイタスも格上である。

 有権者の基本的構造としては、藍軍が緑軍より優勢であり、1998年以降の選挙では国民党が4期連続で勝利を重ねてきたが、2014年の選挙では、医師出身の柯文哲氏が国民党の連勝文候補を破り、16年ぶりの非国民党籍の台北市長が誕生した。2018年の選挙では、柯市長は民進党と仲たがいし、二大政党の挑戦を受け苦戦したものの、現職の強みを活かして、「非藍非緑候補」として選挙に臨み、再選に成功した。

 今選挙には、売名行為を目的とした人物も含め12人が出馬しているが、事実上の三有力候補の対決となった。

 柯市長が後継に指名したのは、28歳の若さで台北市議に当選し、6回の市議当選を重ね、2019年から副市長に抜擢された黄珊珊である。

 黄氏は、親民党であったことから副市長の就任はかなりのサプライズ人事であった。黄候補は、8月末に正式な出馬宣言を行い登記手続きを行った後、行政不中立の批判を避けるべく副市長を辞して背水の陣で選挙に臨んでいる。なお、柯市長が無所属候補として出馬したように、黄候補も民衆党の支援を全面的に受けているが、無所属候補としての出馬となっている。これには、柯市長の選挙と同様に、非国民党非民進党勢力の結集を図る狙いが見て取れる。

 国民党は蒋萬安立法委員が、5月末に党の指名を受けて、3候補の中では最も早い段階で選挙戦に入っている。蒋氏は蒋経国元総統の孫、父親は元外交部長など要職を務めた蒋孝厳氏、蒋萬安本人も米国法学博士、弁護士の資格を有するエリートである。同人は、2016年の立法委員選挙の予備選に出馬し同党の現職を破り、本選でも圧勝し政界デビューした新星である。

 民進党は早い段階から、医師出身で衛生福利部長兼防疫指揮中心の指揮官として新型コロナ対策に辣腕を振るった陳時中氏の名前が挙がったが、長引くコロナ禍もあり、情勢が落ちついた7月になって、正式に党中央から指名を受け、指揮官の職も辞して選挙戦に入ることになった。

 10月上旬時点の支持率調査は表3で示したが、蒋候補が頭一つ少し抜け出し、陳黄両候補が追いかける展開となっている。一方で有力者3人の争いでは、選挙戦終盤には「棄保効果」が起きる可能性が指摘されている。棄保とは、有権者が最も嫌いな候補者が当選しないように最も支持する候補者ではなく、最も当選しそうな候補者に投票する行為を指す。この場合は反国民党の有権者であれば、陳か黄のどちらか勝ちそうな候補に投票する。反民進党の有権者であれば、同様に蒋か黄の勝ちそうな候補に投票することになる。

 しかし、今回の3候補は岩盤支持層がそれぞれ20%は有しているとされ、棄保効果は容易に起きない可能性も指摘され、拮抗した形で終盤までもつれそうである。

◆新北市長選挙:

 旧台北県、2010年以降は直轄市となった新北市は、397万人の台湾最多の人口を擁する都市であり、台北市と並んで各党が重視する選挙区である。2005年以降の選挙では、国民党候補が4連勝しているように有権者の構造は藍陣営が緑陣営を上回っている。

 今回の選挙では、国民党現職の侯友宜市長の再選が有力視されている。侯市長は、陳水扁政権下で内政部警察署長に就任し、その後警察大学学長などを歴任後、2010年から当時の朱立倫新北市長に抜擢され同副市長を8年間務め、2018年の選挙で後継者として出馬し当選した。本省人で警察官僚出身、実務的な仕事ぶり、国民党の党務経験が無いため国民党らしくないイメージが浸透し、無党派層からの支持も高く、施政満足度や次期総統候補の世論調査では必ず上位に入るなど再選への視界は良好である。

 民進党は、苦戦必至の選挙区であり、7月上旬になって、台北市長選挙への出馬を目指していた林佳龍前台中市長が指名された。一部メディアは内幕として、蔡総統が半年以内に6回も直々に林氏を説得したと報じた。林候補は、陳水扁政権時代に行政院報道官、総統府副秘書長など要職を歴任したほか、台湾智庫(シンクタンク)を立ち上げ当時から、「将来の総統候補」とも言われてきた人物であり、游錫●立法院長が率いる有力派閥の「正国会」の有力メンバーである。2014年に台中市長選挙で現職を破って当選したが、再選を狙った2018年の選挙では盧秀燕現市長に苦杯を喫した。その後、2019年1月から交通部長(国土交通大臣に相当)に転じたが、2021年4月に200名以上の死傷者を出した台湾鉄路の列車事故後に引責辞任していた。(●=方方の下に土)

 自由時報が9月末に報じた最新の世論調査では、侯52%、林22%と現職の侯市長が林候補を大量リードしており、現職の有利は動かないと見られる。

◆桃園市長選挙:

 桃園市長選挙は、鄭文燦市長の任期満了により、新人四者の争いとなっている注目の選挙区である。『交流』7月号では、国民党の候補選出過程での混乱を記したが、民進党も8月以降になって候補者を交代する事態になった。

 民進党中央は6月下旬に林智堅新竹市長を桃園市長候補に任命したが、7月上旬に国民党台北市議が、林市長の台湾大学の修士論文の剽窃を告発した。その後、同人は中華大学で取得した修士論文に対しても剽窃が指摘され、台湾大学、中華大学でそれぞれ調査が行われることになった。この間、野党の批判の矛先は林候補自身だけでなく、林氏を候補に選出した民進党中央、蔡総統にまで向けられた。当初、民進党は全党をあげて林候補を支える姿勢を示したが、林候補は執筆の過程で瑕疵があったことを認め、党に迷惑をかけたくないとして8月12日に桃園市長選挙からの撤退を表明した。一方で論文の剽窃はしていないと主張し、今後は自身の潔白を晴らしていくと説明した。

 民進党は、突然の候補辞退という緊急事態に鑑み、代替候補として桃園市選出の鄭運鵬立法委員の出馬を決定した。鄭委員は、台北市、桃園市で立法委員を務めている。しかし、この人選に対して、同党の鄭寶慶元立法委員は、党中央の決定過程を不服とし民進党を離党し、自ら市長選挙に登記し、無所属候補として出馬することになった。鄭元委員は、9月8日には党規違反として党籍取り消し処分となっている。

 他には、第三政党の民衆党も現職の頼香伶立法委員を擁立している。

 世論調査では、藍軍の支持を固めた国民党がリードしており、民進党は候補の突然の交代に加え、分裂選挙となっていることもあり、苦戦を強いられている。

◆台中市長選挙:

 台中市は人口280万人と台湾第二の都市である。同市長選挙は、国民党現職の盧秀燕市長が有利な戦いをしている。盧市長は侯新北市長とともに、人気の高い現職市長であり、他県市への応援にも頻繁に出かけている。

 民進党は、苦戦必至の選挙区であり、4月末の時点で立法委員4期、2016年からは立法院副院長を務める蔡其昌委員の選出を決定した。

 少し古いが7月上旬のTVBSの支持率調査では、盧55%蔡22%と30%以上の大差がついているが、他メディアの世論調査でもほぼ同様の結果が出ている。民進党は支持者の諦めムードを払拭し、基礎票を掘り起こすことが必要になる。

◆台南市長選挙:

 民進党現職の黄偉哲市長と国民党の謝龍介台南市議を中心とした選挙区である。台南市は、1997年以降民進党候補が全勝しており、民進党公認候補=当選確実とみなされている。実際に2014年の選挙では頼清徳市長が得票率73%を獲得し大勝している。しかし、2018年の選挙では本土派色彩の強い元県長、元立法委員など実力派無所属候補が4人出馬し、約30%の得票率を獲得したため、黄偉哲の得票率は僅か38%となり、国民党候補の32%に肉薄され、惨敗ならぬ「惨勝」と評された。

 国民党の謝市議は、台南市議を5期歴任するなど侮れない実力を有している。また、今回の選挙でも二大政党候補の票を奪う実力を有する企業家の陳義豊氏(前回8.7%獲得)と許忠信元立法委員(前回4.7%獲得)が出馬し、黄市長は優勢とはいえ気が抜けない選挙になっている。

◆高雄市長選挙:

 2018年の選挙では韓国瑜が大本命であった民進党の陳其邁候補を破り、高雄に奇跡を創出した。韓市長はその勢いに乗じて、2020年の総統選挙に出馬したが惨敗を喫したのは記憶に新しい。その後、同人は高雄市長を罷免され、同年8月に実施された補選では韓氏に敗れた陳其邁が再度出馬し、大差で国民党候補を破り、雪辱を果たした。今回の選挙でも陳市長の再選は有力である。

 国民党は候補者選びは難産の末に、TV司会者、大学教員などを歴任した柯志恩前立法委員が選出された。

 10月上旬の自由時報の世論調査では、陳52%、柯20%と30%近い大差がついており陳市長の再選は極めて有望となっている。

◆総括:

 直轄市長に関しては、民進党は南部の台南、高雄はかなり優勢。国民党は新北、台中でかなり優勢。台北は三人の争い、桃園も国民両党候補が拮抗していると言えよう。

 今回の選挙も冷たく盛り上がらない選挙と連日報道されており、聯合報は冷めた世論を代弁して今回の選挙を「討厭民進黨,無感國民黨,期待第三黨」(民進党を嫌い、国民党には無感覚、第三党に期待)と論じている。二大政党への期待が薄れるなか、第三勢力に期待が高まるというのは、わからないでもないが、柯文哲率いる民衆党や存在感が薄い時代力量が、台湾住民の不満の受け皿となれるのか今後も留意すべきであろう。

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