【傳田晴久の台湾通信】206台南大地震

【傳田晴久の台湾通信】206台南大地震
【傳田晴久の台湾通信】206台南大地震 

                 傳田晴久(台南市在住)

◆はじめに

 旧暦のお正月(春節:2月8日)の直前、台湾の南部、高雄・台南で大きな地震が発生しました。
日本でも大きく報道された様で、日本・台湾各地から電話やメールでの安否確認、お見舞いを頂戴
いたしました。真にありがとうございました。

 お蔭様で私は無事でした。台南に在住する者として、若干のご報告をさせていただき、お礼に換
えさせていただきます。

◆地震発生

 台湾の今年のお正月(春節)は2月8日(月)で、その前日は「除夕」(大晦日)と言い、離れ離
れに住んでいる身内がこの晩に集まり、一家団欒を楽しみます。

 その「除夕」を翌日に控えた6日の早朝、午前3時57分に、高雄市の美濃を震源とする大きな地震
(M6.4)が発生しました。

 私は前の晩、眠い目をこすりながらアメリカンフットボールの番組を見ていましたが、何時の間
にか寝込んでしまいました。そして突然ものすごい揺れに襲われました。私の部屋は5階建てのア
パートの最上階ですが、部屋はギシギシと音を立てて揺れ、生きた心地しませんでした。それでも
揺れはそれほど長くはなく、10秒ほどだったでしょうか、物が落ちたり、崩れたりした気配はあり
ませんので、やれやれと思い、再び寝込んでしまったようです。

◆震源は?

 夜が明け、テレビのニュースを見ますと、倒壊したビルがあるようでした。震源は台南の南、高
雄市の美濃区、地下16.7キロメートル、地震の規模はマグニチュード6.4と言います。

 美濃は客家人の町として知られ、最近、観光地として有名になっているところです。震源から台
南市までの距離はおよそ35キロだそうです。地図を見ますと美濃区から高雄市、台南市はほぼ同じ
距離です。

◆被害状況

 翌日(7日)の新聞に倒壊したり、傾いたりした建物の一覧表に、9か所の被害が報告されていま
した。そして1週間後の今朝(14日)の新聞は、捜査活動の終了を告げ、亡くなった方は総計116
名、救出人員は396名としています。

 一番大きな被害は、16階建のマンション倒壊であり、ほとんどの死者はこのビルの倒壊によるも
のです。このビルは私が住むアパートから距離にして約4キロのところにあります。

 地震前のマンションの写真と地震後の倒壊現場を見比べると、いかにひどい状態かがわかりま
す。

 その他の主な被害について記しますと、私が住むアパートは台南市東区にありますが、その同じ
東区にある、市場とアパートが同居している4階建てのビルの1階部分(市場)が押しつぶされ、3
階建てに変わってしまったと報道されています。

 16階建てビルの倒壊現場(永康区)のさらに東にある新化区にある8階建ての京城銀行ビルが道
路側に傾いている写真が報道されています。

 その他、嘉義県新港水仙宮、嘉義市嘉義旧監獄、澎湖県西嶼燈塔、高雄市旗山天后宮等々の国定
古跡が損傷を受けているとのことです。

◆倒壊の原因は?

 ウィキペディアによれば、この倒壊した16階建てのマンション(維冠金龍大樓)は1992年に建築
許可を得て建設し、1994年に使用許可証を取得している。地上16階、地下1階で、9つの棟はコの字
型に配置されていたが、根元から折れるように倒れたよう(凵の形)です。1〜3階には家電量販店
や眼科・耳鼻科などが入り、4階以上は住宅になっており、約90戸、200人が住んでいたとみられて
います。

 なぜこのような大きな被害が出たのか。原因究明はこれからでしょうが、報道されている断片情
報によれば、やはり「手抜き工事」(オカラ工事)を疑わざるを得ません。

 倒壊直後にビルの梁や柱から発泡スチロールやサラダオイル缶が充填物として発見され、我々を
驚かせましたが、専門家の話として、倒壊ビルの1階部分は商店が多く、改装工事の結果、壁が薄
くなったりして、揺れに耐えられなかったのであり、缶や詰め物は倒壊の主原因ではないという話
がありましたが、後に別な専門家がフェースブックに次のような投稿をしていることが分かりまし
た。

<悪徳建設業者が缶や詰め物を使う話は、業界では「表立ってはいえない秘密の話」であって、建
設業者や設計技師を収監しているがそんなことは茶番である。問題は建築法規そのものであり、現
在のそれは民国25年(1936年、昭和11年)に制定されたものである。国民党政府が台湾に来て以
来、何回か改正されているが、手抜かりが多い。就中、台湾が地震帯上の島である点である。立法
院は法律を正して、根本的解決を図るべきである。>(自由時報2016年2月13日)

◆救出作業

 救出作業の状況についてはテレビや新聞で多く伝えられているので、ここでは気づいた点、特記
しておきたい点を2、3記しておきます。

 立場とは言え、陣頭に立って不眠不休で救出作業に当った市長はじめ、国軍、警察、消防など各
地の自治体から応援に駆け付けている救助隊の皆様の姿は心を打つものがあります。市長の頼清徳
さんは地震発生後直ちに対策本部を立ち上げ、陣頭指揮に当たられたと言います。正に不眠不休の
活動で、多くの人々が市長に眠るように勧めたが、市長が「私は医者、自分のことは自分で判断で
きる」と話している姿は印象的でした。

 また台湾各地から、いろいろな制服に身を包んだ救助隊が駆けつけていました。中でも陸軍医療
部隊から派遣された15人の女性士官は、発見された遺体を葬儀場へ搬送する任務に着き、遺族に寄
り添い、遺族とともに悲しみに耐えながら任務を遂行し、「花木蘭」(古典の登場人物で、父親に
代わって男装で従軍した若い女性)にたとえ、讃えられています。

 日本で言えば「炊き出し」に相当するのでしょうか、近所の、普段は屋台の様な飲食を供する
人々がボランティアで、被災者はもちろんの事、救助に駆け付け、不眠不休の救助活動をしている
隊員たちに無料で温かい飲み物や食べ物を提供しています。

 テレビでは地震発生からの時間と救助された人の数、行方が分からない人の数を伝え、「黄金の
72時間」を強調していました。また、救助活動の妨げになるから、現場に正月休みのぶらぶら歩き
をしないようにと呼びかけていました。

 最後に発見された御遺体は当マンションの管理人謝鎮宇さんで、管理人としての責任感から最後
になったのだろうと評判になっているそうです。地震発生が6日午前3時57分、最後の御遺体発見が
奇しくも13日午後3時57分、同時刻の発見でした。

◆外見だけではわからない被害

 2月10日の新聞に台南市の工務局が行った建物の診断結果が出ていました。市内の住民からの要
請で、97件を診断したところ、31件は撤去すべし、17件は補強必要、49件は問題なし、未検査の建
物がまだ70件あるとのことでした。

 12日の新聞には玉井の記事が出ていました。あの芒果(マンゴー)で有名な玉井ですが、震源地
(美濃)からの距離は台南市とほぼ同じくらいです。そこの民家が今回の地震で壁にひびが入り、
階段が傾いたりして危険で、外の路上にビニールシートの幕を張って寝泊まりしており、助けて欲
しいという記事です。

 その他、台南にはいたるところに廟、古跡がありますが、その多くに被害が出ているようです。
台南市政府が市民の通報により、それら421件を調べたところ、49件は赤票(使用禁止、補強必
要)、66件は黄票(使用禁止、安全確認後に使用許可)、174件は問題なし、132件は未鑑定とのこ
とでした。

 有名な所では、風神廟、祀典武廟、大天后宮、興濟宮、孔廟などで、鐘楼や石碑が倒壊したり、
壁などに亀裂が入ったりしているとのことです。

 友人の陳俊郎さん(台湾通信No.89「農業を楽しむ」で紹介)が地震直後に被害を受けた近辺を
車で回って調べたところ、外見では分からないが、建物の中ではいろいろな問題が起こっている。
コンビニの商品棚から商品が散乱し、片づけるのに大変だったとか、民家の室内の壁に亀裂が入っ
たとか、室内の棚が落ちて片付けに多くの時間を割いたとか……。

 倒壊したビルなどは10か所ほどで、そこは目立ちますが、他の場所は外見からは何も被害を受け
ているようには見えず、震度もM6.4だから、一見大した地震ではないという見方をする人がいる
ようです。中には倒壊したビルは手抜き工事が原因であって、地震が原因ではないという人もいま
す(某ブログ)。倒壊現場での救助作業を除けば、確かに静かなお正月です。

◆おわりに

 「除夕」「團圓」「春節」「回娘家(お里帰り)」と楽しかるべき時を一瞬にして、しかも命ま
でも奪われた人々、楽しかるべき時を救出作業に没頭せざるを得なかった人々のことを思います
と、胸が痛みます。

 同時に台湾にも、日本にもこの災害を我がことのように思い、援助の手を差し伸べようとする多
くの人々がいらっしゃることも事実です。

 前述の「大した地震ではない」とブログに書いた人は、風評被害を心配してのことのようです
が……。

 心配された余震ですが、6日から11日の間の統計では、余震は81回、最大震度は4.9、そのうち有
感地震は17回だったと言います。

 最後に、今回の地震の際、交流協会から「安否確認」のメールを頂きましたことを申し添えま
す。

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