【傳田晴久の台湾通信】「新しい台湾の誕生」

【傳田晴久の台湾通信】「新しい台湾の誕生」

             傳田晴久

1.はじめに

もう既にテレビのニュースなどでご存知の事と思いますが、私からも新しい台湾の誕生をお伝えいたします。

先ず、総統選挙ですが、民進党の蔡英文・陳建仁ペアが正副総統に選出されました。同時に行われた立法委員選挙では民進党候補が68議席を取り、単独過半数を獲得しました。まさに画期的なことです。

開票直後にお伝えしたかったのですが、新しい台湾誕生に興奮し、数字もよく解りませんでしたので、今朝の新聞を参考に、やや遅れましたが、お知らせいたします。

2.初の女性総統誕生

選挙の投票は昨日(2016年1月16日)午後4時に締め切られ、直ちに開票が行われました。
候補者は国民党は朱立倫氏と王如玄氏、親民党は宋楚瑜氏と徐欣瑩氏、民進党は蔡英文氏と陳建仁氏のペアです。

テレビの中継での第一報は16時2分頃に入りまして、蔡・陳組60票、朱・王組43票、宋・徐組12票で、順当な滑り出しです。この得票数の比率、蔡・陳組60>朱・王組43+宋・徐組12は象徴的です。

その後蔡・陳組の票はぐんぐん伸び、朱・王組、宋・徐組を引き離し、18時には早くも200万票の差をつけ、19時、遂に300万票の差が付き、「当選」を確実にしました。
新聞(自由時報)によりますと、蔡・陳組6,894,744票、朱・王組3,813,365票、宋・徐組1,576,861票となり、蔡・陳組は朱・王組に308万票の差を付けました。

2008年に民進党陳水扁総統から国民党馬英九総統への政権移譲以来、8年ぶりの政権交代実現で、しかも、台湾初めての女性総統誕生です。

前回(2012年)の総統選挙では馬英九・呉敦義組の得票数は約689万票、蔡英文・蘇嘉全組は609万票で、蔡英文さんはその差80万票で苦杯を喫しましたが、今回は倍返しならぬ300万票の差をつけてのリベンジでした。

3.立法院も制す

同日選挙のもう一つ、立法委員選挙も野党陣営(民進党、時代力量他)の圧勝でした。6大都市(台北市、新北市、桃園市、台中市、台南市、高雄市)で与党(国民党)が多数を占めたのは台北市のみで、他はいずれも民進党が多数を占め、台南市、高雄市に至っては全席(14議席)を民進党が締め、メデイアは全塁打(満塁ホームラン)と称しています。
立法委員選挙は小選挙区比例代表並立制で、選挙区定員は79名、比例代表は34名、合計113名です。

政党別の議席数(選挙区+比例代表)は民進党が68(=50+18)、国民党35(24+11)、時代力量5(=3+2)、親民党3(=0+3)、その他2(=2+0)となり、民進党は念願の単独過半数を達成しました。

民進党は選挙前、第1党は間違いないが、過半数(57議席)を制するのは困難ではないかと見られていましたが、ふたを開けてみれば、過半数を10席も上回る大成果でした。陳水扁総統時代のねじれを心配したわけですが、杞憂に終わりました。

4.驚きの今回選挙

台湾初の女性総統の誕生、立法院をも制する快挙、その他にもいくつかの「驚き」がありました。かなり私情が入ることをお許し下さい。

順不同ですが、前台北市市長のカク龍斌が基隆市の立法委員選挙に、国民党副主席の肩書で参戦しましたが、民進党の蔡適應に約10,000票の差をつけられて破れました。台北市の市長経験者は次の総統候補と見られていますので、驚きです。彼は選民の決定に従う、党の第一副主席も辞すると述べています。

台南市の王定宇は前台南市議員ですが、今回立法委員選挙に参戦し、見事全国最高の得票数153,553票で当選を果たしました。彼はテレビの政治討論番組などに頻繁に出演したり、以前(2008年10月)、大陸の高官陳雲林来台時の先遣隊「海峡両岸関係協会」の張銘清・副会長なる人物を台南の孔子廟で手ひどい歓迎の一発を食らわせたりと、中々の活躍者でした。この度見事に立法委員に当選したのはお見事でした。

今回は開票状況をテレビで見ておりましたが、総統選出が確定した後、色々な画面で各政党の表情を映しておりましたが、蔡英文新総統が挨拶をしているとき、その周辺に見慣れた人々の顔が見つかりませんでした。例えば蘇貞昌、謝長廷、游錫コンなどの姿が見えませんでした。かつては党の重鎮であったのに、時代が変わったのですね。

時代力量の健闘も驚きの一つです。この政党はできたてのほやほやです。あの「ひまわり學運」を基盤にして出来た政党で、設立は2015年1月と言います。選挙結果では議席を5つ確保し、親民党の3議席を抜き、第3党になったのは本当に驚きです。台湾は変わったのです。

5.今後の予定

今回の選挙は、事前に色々な危惧(候補者の暗殺など)がありましたが、無事に総統選挙並びに立法委員選挙は終了し、初の女性総統が誕生し、立法院の新しい勢力図も確定しましたが、何時から新しい体制が機能するのでしょうか。

現在の立法委員の任期は今月末までで、新任の立法委員は2月1日から新しい任期が始まるのだそうです。総統は規定により、5月20日に就任することになります。それまでは現職が権限を行使できます。
新しい総統が決まりましたが、就任する前に何が起こらないとも限りません。

6.「天亮前後」

投票日の前日、すなわち15日の新聞に民進党は大きな広告を出し、台北の総統府前のケタガラン大通りで開催する大集会への参加を、キャッチコピー「一緒に台湾をライトアップしよう」と呼びかけました。それを見て台湾に戻った直後の私は「天亮前後」を思い出した。

台湾通信No.69にて今は亡き許育誠さんの短編小説「天亮前後」(夜明け前後)を紹介させていただきましたが、それは日本敗戦(1945年)前の台湾と戦後の国民党支配下の台湾を物語ったものでした。「夜明け前」は終戦直前の日本軍内務班での虐め、暴力、差別の告発であり、「夜明け後」は国民党政府軍による光復(祖国復帰)、228事件、白色テロであって、許育誠さんにとっての日本敗戦は「夜明け」であったはずなのに、実際に夜が明けてみると暗雲立ち込めていた、というものでした。

その号の最後に私は「台湾はすでに戒厳令は解かれ、万年議員もいなくなり、総統も選挙で選ばれるようになった。確かに暴力は否定されている。表面的には司法もあり、言論の自由は保障されているように見える。果たして夜は明け、暗雲は本当に晴れたのだろうか。しかし、今、台湾を呑みこもうとしている新たな脅威がある。領土があり、2,300万の民がおり、統治機構が曲がりなりにもあると言うのに、世界からは国家として認められていない」と書かせていただいた。

前回の民進党政権(陳水扁総統)は議会のねじれによって力を発揮できなかった。今回の選挙で国民党支配でない新しい台湾が生まれたと言ってよいのだろうか。本当の夜明けが来たのであろうか。

7.おわりに

実は前回(2013年)の選挙の時、小英(蔡英文)が苦戦しながらも当選するという読みで台湾通信No.58「勝った、勝った、小英勝った・・・・」の原稿を書いておりましたが、残念ながらそれを没にして、No.58「夢かなわず」を急遽作成いたしました。「小英勝った・・・・」の原稿は、ベルリンオリンピック(1936年)の女子200m平泳ぎ決勝で日本の前畑秀子が優勝した時、NHKの河西省三アナウンサーが、例の「前畑がんばれ」の実況中継を行いましたが、それを模して、「小英がんばれ」と連呼するものでした。幸か不幸か今回は余りの大勝で、その時の原稿は下敷きにもなりませんでした。
冗談はさておき、今日の勝利に安心してはなりません。総統就任まで4カ月もあります。この間、現総統は未だ権力者です。何せ相手が相手ですから・・・・。