いったい中国は、今回の総統選挙と立法委員選挙にどのように介入してきているのだろうか。産経新聞外信部次長の矢板明夫記者がその手口の実態をレポートしている。上下の2回連載記事だが、とても興味深い記事なので一挙にご紹介したい。
米国では12月20日、トランプ大統領が署名して2020年度(2019年10月1日〜2020年9月30日)の国防権限法が成立している。本誌でもお伝えしたように、2020年度の国防権限法には、中国の選挙介入について、総統選が台湾で実施される来月11日から45日以内に中国の干渉や破壊の状況、それを阻止するための米国の努力について報告することを国家情報長官に要請し、この報告書には中国の策略や手段などを確認するため中国の支援対象の名簿の提供、その影響に関する分析も盛り込まれるという。
台湾との関係強化をはかる米国は、中国の選挙介入も阻止しようと取り組んでいる。トランプ大統領は、中国との貿易の公平性を求めて制裁関税を実施したが、台湾の選挙でも公平性を求め、その姿勢は首尾一貫しているようだ。台湾の心強い後盾だ。
—————————————————————————————–台湾選挙 矢板明夫が追う(上)「制脳権」は中国に握られた【産経新聞:2019年12月26日】
来年1月11日に投開票される台湾の総統・立法委員(国会議員に相当)選挙まであと2週間余りとなった。中国は、インターネットなどによる情報操作に加え、カネや武力を駆使してさまざまな選挙介入を働いている。台湾統一を目指す手口の実態を報告する。(台北 矢板明夫)
香港の区議会議員選挙で民主派が圧勝した4日後の今年11月28日、中国の首都・北京で「インターネット関係者統一戦線工作会議」という奇妙な名前の会議が開かれた。共産党・中央統一戦線工作部の部長、尤権(ゆう・けん)ら複数の指導者が出席した。
「インターネットの人材を活用し、世論を誘導するなど各方面で積極的な役割を果たすことを支持する」とする尤の基調講演の内容を含む製本された資料がその後、統一戦線工作部の地方組織などを通じて、各地の「網絡評論員」(インターネットコメンテーター)に配られた。
「網絡評論員」とは、中国当局がネット世論を操作するために雇った人々で、ネット上で政権に有利な書き込みをするほか、共産党を批判する人に対する集団攻撃も行う。その規模は数百万人ともいわれ、発足した直後の2005年ごろ、1本の書き込みにつき0・5元(5毛、約8円)の報酬が支払われていたため、「五毛党」とも呼ばれる。
共産党関係者は、「この時期に会議を開く目的は2つある。ネット世論を誘導して、香港デモの国内への影響を最小限に食い止めることと、来年行われる台湾の総統、立法委員選挙で親中派を応援すること」と説明した。
会議の効果が早速、てきめんに表れた。12月に入り台湾の与党・民主進歩党関係者のホームページなどに、誹謗(ひぼう)中傷の書き込みが殺到し、支持者の応援メッセージが埋没させられた。ある立法委員候補の選挙スタッフは「11月と比べ倍増している。中国のネット部隊が大挙してやってきたことがよくわかる」と話した。
与党の総統候補、現職の蔡英文に関するフェイクニュースも急増している。「植物状態の人たちの軍団は蔡の組織票」との告発が広く転載された。「蔡の息が掛かった選挙委員会関係者が介護施設と結託し、投票できない寝たきりの患者の票をまとめて蔡の票にしている」というのだ。
台湾の中央選挙委員会は警察に刑事告発し捜査を依頼したが、似たようなフェイクニュースが次々と書き込まれ、対応が追いつかない状態だという。ある民進党関係者は「これらフェイクニュースは精巧にできており、拡散しやすいタイトルのほか、内容ももっともらしいので、否定しても否定しきれない」と話している。
昨年11月の統一地方選挙で、落選した多くの民進党公認候補者がフェイクニュースの被害に遭った。新北市の市長候補は「日本軍に協力し、台湾人の抗日英雄を殺害した売国奴の孫」と書かれた。高雄の市長候補は「候補者討論会の時にひそかにイヤホンをつけ、スタッフからアドバイスを受けていた」などと書かれた。当事者はすぐに証拠を挙げて否定したが、悪影響を払拭し切れなかった。これらの情報の出どころはほとんど中国とみられる。台湾メディア関係者は「軍事上の制空権や制海権と同じように重要な、台湾の民衆の意思をコントロールする制脳権を中国が握った」と表現している。
台湾の警察を統括する内政部長(内相に相当)の徐国勇は今月4日、立法院(国会に相当)での答弁で、同部で成立した「フェイクニュース調査班」が1日までに、選挙に関するフェイクニュースを279件突き止めたと明らかにし、そのうち88件は捜査中だと説明している。
スウェーデンのイエーテボリ大学の調査チームが今年4月にまとめたフェイクニュースに関する報告書によれば、世界179の国・地域の中で、台湾はもっともフェイクニュースに汚染されており、2位のラトビアに大差をつけているという。同チームのリーダーはその後、台湾を訪問し「台湾のフェイクニュースの出どころの大半は中国」との見方を示した。
中国による台湾選挙への介入はインターネットだけではない。台湾メディアなどによれば、中国の対台湾工作には「共産党統一戦線工作部」「党中央宣伝部」「国家安全省」「国務院台湾事務弁公室」「中国人民解放軍」の5大機構がある。台湾が初めて直接投票による総統選挙を実施した1996年以降、「情報」「人」「金」「武力」などさまざまな手口で選挙に介入してきた。
情報による介入はフェイクニュースのほかにサイバーテロ、それにマスコミの買収があるといわれる。人による介入は、工作員の派遣、親中派の育成、反社会勢力の利用などが挙げられる。また、中国に進出する100万人以上といわれる台湾ビジネスマンとその家族に航空券を提供し、選挙期間中に台湾に戻って親中派候補に投票する働きかけも実施されている。
資金による介入は、海外の華僑団体を通じて親中派候補にカネを提供するほか、親中派候補を支持する企業が中国進出する際に優遇する。また、台湾中南部で蔓延(まんえん)する地下の選挙賭博の胴元に資金を提供して、親中派候補が勝ちやすいように票差のハンディを付けることも行っている。台湾のメディア関係者によれば、昨年11月の統一地方選挙で、高雄市で親中派の中国国民党候補、韓国瑜(かん・こくゆ)と民進党候補が拮抗(きっこう)していたが、地下の選挙賭博で韓に25万票のハンディを付けていた。つまり、韓が負けても25万票差以内なら賭博で勝ちというもので、多くの人は韓に賭けた。選挙でも韓に投票し、韓は15万票差をつけ勝利した。裏にいる中国が期待する結果となった。
武力による介入とは、選挙が近くなると、中国軍が台湾周辺で軍事演習などを実施することだ。台湾の有権者が独立派に投票しないよう恫喝(どうかつ)を繰り返している。
台湾の中央研究院の研究員、呉介民が今月22日に台北で行ったシンポジウムでの発表によれば、中国の介入がもっとも成功した選挙は2012年の総統選で、投票の約3週間前から、中国は台湾の財界関係者を通じて、「国民党候補に投票すれば、台湾海峡の平和が保たれ、台湾の経済が良くなる」とのキャンペーンを展開した。その効果が見事に世論調査に反映され、与党、馬英九の支持率が上昇し、結果として続投につながったという。=敬称略
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統一戦線工作部中国共産党中央委員会に直属する機構。国内外の非共産党組織や宗教団体との連携などを主に担当する。共産党が主敵と闘争する際に、中立勢力の支持を取り付けることが目的。台湾やチベット、ウイグルの独立勢力や外国の反中勢力を弱体化させ、孤立させるために、情報戦、世論戦、謀略戦などを展開している。近年は対外活動に力を入れ、国際社会における中国および中国共産党のイメージアップを図っている。
—————————————————————————————–台湾選挙 矢板明夫が追う(下)「中共を代表して選挙を監督する」【産経新聞:2019年12月27日】https://special.sankei.com/a/international/article/20191227/0004.html
台湾・台北市中心部にある中央選挙委員会の建物に先月21日午前、ある男性が入ってきた。元立法委員(国会議員に相当)の邱毅(きゅう・き)(63)だ。中国との統一を主張し、対岸の国営中央テレビ(CCTV)に度々出演して、中国軍による台湾攻略への支持を表明したこともある有名な親中派だ。(台北 矢板明夫)
来年1月に行われる立法委員選挙に向けて、最大野党の中国国民党が先月中旬に発表した比例区名簿で、邱は“安全圏”の8位に入ったが、ほかの候補者から「党のイメージが悪くなる。選挙が戦えない」といった反発が多く寄せられたため、邱は国民党の公認を辞退した。その直後にミニ政党の新党に入り、その比例区名簿の1位となった。新党は4年前の選挙で、議席獲得まであと一歩の約4・2%の政党票を獲得している。その1位は「当落線上にある」といわれている。
この日、邱は立候補を届け出るために選挙委員会を訪れていたが、邱に付き添ってやってきたのは、同じく親中派の元外交官、郭冠英(70)だ。現役時代に「台湾は中国を裏切った1つの省にすぎない。主権なんてあるはずがない」などと台湾を矮小(わいしょう)化した言論を発表したため、懲戒免職になった人物だ。
「あなたも新党を代表して立候補するのか」と記者団にきかれた郭は「私は中国共産党の代表だ。台湾省の選挙を監督しにきた」と大きな声で答えた。
郭のこの発言は台湾メディアに大きく報じられた。「中国共産党の代理人がここまで堂々と振る舞うことを許していいのか」といった意見が多く上がった。邱と郭を「外患誘致罪」などで刑事告発する動きもあったが、発言だけで立件することは難しく、2人の刑事責任が問われる可能性は極めて低いといわれる。
「邱と郭は、台湾の有権者よりも北京の評価を意識している。いまは台湾で支持されることは少ないが、もしも近い将来中国に統一されるようなことがあれば、彼らは中国支配下の台湾首脳になることは間違いない」と分析した台湾のメディア関係者もいる。
邱と郭よりも、中国の代理人の立場をもっと鮮明に打ち出している候補者もいる。泡沫(ほうまつ)政党、中華統一促進党の比例区名簿7位、台湾最大の暴力団組織の竹聯幇(ちくれんほう)の元幹部、張安楽だ。中国との急進的な統一を主張し、中国の国旗、五星紅旗を掲げて選挙活動を行っている。
中華統一促進党はこれまで、中国からの資金提供疑惑が立法院で追及されたことがあった。今月になってから、張の親族が中国共産党幹部の台湾渡航、情報収集などに協力した疑惑が浮上し、台湾の治安当局が調査を開始している。
張自身は中華統一促進党の総裁だが「仲間を優先にする」などを理由に比例区名簿の下位で立候補した。彼にとっては、当選することよりも、選挙活動を通じて、台湾独立に反対、中国との統一を訴えることが目的のようだ。
来年の台湾立法委員選挙で、最大野党・中国国民党の比例区名簿上位に「中国の代理人」と呼ばれた新人2人が入ったことも話題を集めている。2位の中央警察大学の元教授、葉毓蘭(よう・いくらん)(61)と、4位の元陸軍中将、呉斯懐(ご・しかい)(67)だ。国民党は「歴史的大敗」といわれた2016年の立法委員選でも比例区から11人が当選したため、来年1月の選挙で2人の当選が確実視されている。
葉は以前から中国寄りの発言を繰り返していたが、今春、香港のデモが発生して以降、デモを弾圧する香港当局と中国政府を支持する立場を明らかにし、民主化要求の学生らを「目を血走らせた暴徒」と表現したことが物議を醸した。
呉は陸軍ナンバー2の副総司令を務めた大物軍人だが、退役後、度々訪中し、その親中姿勢を隠そうとしない。香港のテレビに出演し「米軍などに対抗するため、南シナ海で防空識別圏を設定すべきだ」と中国人民解放軍にアドバイスしたこともあった。16年11月、北京の人民大会堂で行われた「孫文生誕150年」の記念イベントに出席した際に、中国国家主席、習近平の演説に真剣に耳を傾ける姿が中国のテレビニュースに流れ、台湾で批判された。中国は台湾軍にとっていまでも最大の仮想敵であり、退役したばかりの軍首脳が中国のトップの話を拝聴することは、「台湾軍の士気低下につながる」と心配する声も上がっている。
葉と呉が比例区名簿の上位に入った理由は「国民党は警察と軍人の組織票を期待しているため」との分析もある。しかし「警察と軍を代表する人物はほかにいくらでもおり、この2人が選ばれたのは中国の意向だ」との指摘が少なくない。
与党、民主進歩党関係者の間では「中国の圧力に屈した国民党の人選だ」との見方が主流だ。総統選で現職の蔡英文は現在、優位に戦いを進めており、親中派の国民党候補、韓国瑜(かん・こくゆ)の勝利が難しくなった以上、「中国の息が掛かった人物を確実に立法院に送り込むことが今の北京の狙いだ」と説明する人もいる。
民進党関係者がもっとも心配しているのは、2人が当選後、国民党の推薦により、葉は内政委員会、呉は外交国防委員会に入ることだ。そうなれば、台湾の治安情報、外交と安全保障の機密が2人の目に触れることになり、中国に漏れるリスクが高まる。特に、外交国防委員会のメンバーは、対米交渉や米国からの武器購入の詳細資料などを閲覧することができるため、中国の代理人のような人物が入れば、米国が台湾に対する不信感が高まり、米台関係の悪化につながる可能性もある。
危機感を強めた民進党はいま、国民党に対し呉を比例区名簿から外すことを求めている。党関係者たちは29日夜、台北市内で「呉斯懐降ろし」キャンペーンを展開する予定だ。台北市第3選挙区に立候補している民進党の呉怡農(ご・いのう)は、台湾メディアの取材に対し、「もはや選挙の問題ではなく、国の安全の問題になっている。国民党が(評判の悪い)呉斯懐を比例区名簿から外すことは、選挙情勢でいえば、民進党にとって良いことではないが、国にとって良いことだ」と話している。=敬称略