台湾の野党、中国国民党が今月15日、来年1月の総統選に向け、党公認候補を決める予備選の結果を発表した。南部の高雄市長の韓国瑜氏がライバルの鴻海精密工業の創業者、郭台銘氏を抑え、支持率44・8%対27・7%の大差で勝利した。
その2日後の17日、英紙フィナンシャル・タイムズ(FT)の電子版が、中国当局が台湾メディアの編集現場に介入し、韓氏に有利な報道をするように働きかけていたことをスクープした。
複数の記者の匿名証言を紹介した同記事は、中国で台湾政策を担当する国務院台湾事務弁公室の幹部が、毎日のように台湾の大手紙、中国時報の編集部に電話をかけ、記事の扱い、報道の切り口まで口を出していたと伝えた。また、台湾の大手放送局、中天テレビの記者も「中国当局の“指示”に従い、特集番組を組んだことがある」と証言した。
中国当局が台湾メディアに介入していると言われて久しいが、今回のように現場記者の生々しい証言によって実態が明らかになったことは珍しい。報道を受け、台湾の行政院(内閣に相当)は翌18日、関連法令に従って両メディアを調査するとの意向を示した。
中国時報と中天テレビは、同じメディアグループに属している。経営不振のため、2008年に食品大手、旺旺集団に買収された。旺旺集団のオーナー、蔡衍明氏は中国国内で手広く事業を展開する著名な企業家で、王毅国務委員兼外相ら共産党高官と親交があり、自らが親中派であることを隠そうとしない人物だ。
旺旺集団に買収されて以降、両メディアの報道姿勢は明らかに中国寄りになった。反発して多くの記者が辞表を提出した。親中資本の介入によって、報道姿勢に変化がみられた台湾メディアはほかにも複数あったといわれる。
今回、国民党の予備選で、韓氏は一時、支持率で郭氏にリードを許したが、終盤、前出の両メディアに限らず、複数の親中メディアが、一斉に韓氏寄りの報道をし始めたという。郭氏の失言を大きく報じる一方、各地で開かれた韓氏の支持集会を生中継した。拮抗(きっこう)していた2人の支持率があっと言う間に大差になったという。
予備選を取材した台湾人記者によれば、郭氏も親中派であるため、中国当局は6月まで、支持を決めず静観する姿勢だった。与党、民主進歩党の予備選で、現職の蔡英文総統が勝利したことを受けて、韓氏の方が戦いやすいと判断し、「韓氏有利になる報道を増やせ」と関係メディアに指示したという。
中国から台湾に渡った国民党軍人を父親に持つ韓氏は、陸軍士官、新聞記者、師範学校の講師、立法委員などの職業を転々とした苦労人だ。北京大学の大学院に留学した経験もあった。昨年11月に高雄市長に当選した後、訪中し、中国政府の担当者と会談し「対抗せず、交流推進」との姿勢を明らかにしている。
7月下旬現在、台湾の各メディアが実施した世論調査では、蔡英文氏の支持率は韓氏を約10ポイント上回っているが、総統選まであと半年。中国当局による選挙介入はこれから本格化するとみられる。その影響力をいかに最小限に抑えるのか、台湾の捜査当局の効果のある対応と、有権者一人一人の冷静な判断が問われている。(外信部次長)