5月8日の墓前祭を前に八田與一に思いを馳せる  黄 文雄(文明史家)

【黄文雄の「日本人に教えたい本当の歴史、中国・韓国の真実」:2021年5月2日】*原題は「5月8日、台湾のダム建設の恩人・八田與一に思いを馳せる」ですが、掲載に当たって「5月8日の墓前祭 を前に八田與一に思いを馳せる」に改めたことをお断りします。*読みやすさを考慮し、小見出しは本誌編集部が付したことをお断りします。

◆今年も烏山頭ダム畔で慰霊祭

・台南で八田與一慰霊祭 ゆかりの地にマスク100万枚などを寄付 https://www.sankei.com/article/20200510-DNZYQL6Z3NILXJAVCOHO5MCHV4/

 これはちょうど1年前の報道です。毎年5月8日は、台南の鳥山頭ダムで「嘉南大?の父」八田與一技師の慰霊祭が行われます。今年も行われる予定だそうです。

 去年の5月8日は、すでにコロナが世界で猛威をふるっていましたが、コロナの流行をうまく抑え込んだ台湾では、慰霊祭が行われました。毎年、日本から八田技師の子孫や金沢市長などの賓客が参加しますが、さすがに去年は日本からの参加はなかったそうです。

 報道にもあるように、このとき台湾側の関係者は、八田技師の出身地である石川県金沢市や加賀市などにマスク100万枚、防護服1000着を寄贈してくれました。

 昨年のコロナ禍でも慰霊祭が予定通り行われたことからも、台湾人の八田技師への気持ちは十分伝わってきます。

 ただ、去年は鳥山頭ダム建設100周年記念だったことから、盛大な慰霊祭を予定していたようですが、コロナ禍ということで縮小せざるを得なかったのは残念でした。

 メルマガ読者の皆様には八田技師の功績を今さら説明する必要もないとは思いますが、以下、報道を引用する形で簡単にご紹介いたします。

<八田與一(はった・よいち)氏は、土木水利関係者なら誰もが知っている人物である。東京帝国大(現・東大)工学部を1910年に卒業し、日本の統治下にあった台湾に渡り、衛生事業、上下水道の整備、発電・灌漑(かんがい)事業を推進した。特に力を入れたのが、20年から10年間かけて完成させた、台湾南西部の「烏山頭(うさんとう)ダム」と嘉南平野の灌漑用水路である。>

<台湾南西部に位置する嘉南平野は国内でも広い面積を持つが、灌漑が不十分で、この地域の15万ヘクタール(香川県の面積程度)の田畑は常に干魃(かんばつ)・洪水・塩害の危機にさらされていた。もちろん、安全な飲み水にも事欠いていた。烏山頭ダムと灌漑用水路の完成により、嘉南平野はわずか3年で台湾最大の穀倉地帯となり、嘉南の農業従事者の生活を一変させた。>

 5月8日は、この八田與一の命日です。陸軍からフィリピンの綿作灌漑調査を命じられた八田は、昭和17年5月5日、広島の宇品港から大洋丸に乗り込みますが、船団が五島列島沖にさしかかった5月8日、アメリカ潜水艦の攻撃を受けて、大洋丸は沈没してしまいました。

 その約1カ月後の6月、山口県萩で漁師の網に八田の遺体がかかり、7月16日に台湾総督府葬、7月下旬に烏山頭の八田の銅像前で彼を慕う農民たちによる慰霊祭が行われたのです。

 ちなみに八田の妻である外代樹夫人は、昭和20年の敗戦直後、夫が建設したダムの放水路に身を投げます。享年45歳でした。

 彼女は遺書に「みあと慕ひて我もゆくなり」という辞世の句を残していますが、これは明治天皇崩御後に乃木希典大将が自刃した際に詠んだ辞世の句「うつし世を 神去りましし 大君の 御後したひて 我はゆくなり」を引いたものと思われます。

◆八田技師の功績が今でも台湾内で語り継がれているワケ

 鳥山頭ダムについては、私も2冊ほど著書があります。八田與一の功績として、私は「価値」についてよく話をします。

 当時、台湾を統治していた日本は、台湾経営が大変だったことから、当時の金額として1億円でどこかの国に売ろうと考えました。それに名乗りを挙げたのはフランスでした。

 しかし、その後、鳥山頭ダムの建設が成功したことで、アジア最大のダムとして注目を浴びました。さらに、二束三文にしかならなかった嘉南平野の土地は、ダムのおかげで1億円程度まで価値が吊り上がりました。これは、フランスが台湾全島を買い取りたいと申し出た金額とほぼ同額でした。

 それほど、ダム建設の成功は台湾そのものの価値を高めたのです。

 今では、鳥山頭ダム風景区には桜並木が観光客を呼んでいます。この桜も、八田技師が植樹したものだそうです。

 また、台南市には八田與一記念公園もあり、八田與一が台湾で住んでいた日本家屋が再現されています。そしてこの八田邸の庭には、子供を抱えた外代樹婦人の像が建っています。

 石川県金沢市には八田技師の生家が国の登録文化財に指定されており、観光スポットとなっています。

 八田技師の功績が今でも台湾内で語り継がれているのは、八田技師を敬愛する台湾で力を持つ台湾人による努力も大きく作用しています。

 例えば、偉詮電子の創業者で、司馬遼太郎の『街道をゆく─台湾紀行』で老台北として登場した蔡焜燦氏(2017年に他界)。台湾経済界の重鎮であり蔡英文政権の国策顧問となった、奇美実業の創設者でもある許文龍氏。許文龍氏同様に蔡英文政権の国策顧問となり、養鶏業で大成し「台湾養鶏大王」との異名を持つ黄崑虎氏などです。

 彼らは、なぜ八田與一の功績を台湾に広め、後世にまで語り継がせようとするのか。それは、様々な権力に統治され続けた台湾の悲哀でもあるかもしれません。歴史を歪曲せず、歴史を断罪することなく、ありのままを受け入れ、評価すべきは評価するという姿勢です。

 彼らは日本語世代です。日本統治時代に育ち、日本語教育を受けました。彼らは、自身の成功も、台湾の今も、日本の力が作用したことを否定しません。むしろ、八田與一のような志士が台湾で活躍してくれなかったら、今の自分も、今の台湾もなかったと考えています。

 八田與一技師は、台南の不毛の地を沃野に変えました。それは、当時、日本への食糧調達のためでもあり、台湾総督府の政策でもありました。決して台湾のための施策ではなかったかもしれません。

 それでも、許文龍や黄崑虎らの親日家は、私財を投じて銅像を寄贈し、ダムの恩恵にあやかっている人々は毎年慰霊祭を開催してきました。

 かつて台南市長で、現在は副総統を務めている頼清徳氏は、2017年、行政院長時代に八田與一の慰霊祭に参加し、次のようなことを言いました。

「台南市民にとって、技師の功績は計り知れない。行政院長として参加することで台日の友好をさらに強固にしたい」

 日台の絆の根底にあるものが、そこには確実に存在します。そしてそれは、時代が変わり、人が変わって、受け継がれていく過程で、その絆はさらに強くなっていくような気がします。

 今年もコロナ禍での慰霊祭となりますが、5月8日は今一度、かつての偉人、そしてかつての日台に思いを馳せるひと時を持ちたいと思います。

                ◇     ◇     ◇

 4月30日に参加申し込みを締め切った今年の「八田技師墓前祭」と「嘉南大?起工百周年記念文化交流イベント」のご案内は下記の通りです。財団法人八田與一文化藝術基金会副執行長の徳光重人氏のフェイスブックからご紹介します。(メールマガジン日台共栄編集部)

【五月八日の八田技師墓前祭など】お知らせ!

在台日本人の友人の皆様へ

 昨年は、コロナ禍の影響で八田技師の墓前祭は嘉南農田水利會の内部及び関係者のみにて執り行われました。

 今年は、79周年の八田技師墓前祭(追思會)が以下の通り執り行われる予定です。

 また、昨年9月18日に実施される予定だった、台湾政府文化部、台南市政府共催の「嘉南大?起工百周年記念イベント」も今年5月8日に執り行われます。

 いつ私のFacebookにて公表するかのタイミングを計っておりましたが、先週の金曜日に台南での某イベントにて文化部より式辞挨拶にて口頭にて公表されましたので、ここでも少し具体的な事項をお知らせいたします。(まだ発表できない部分が多いのでご了承ください)

《八田技師墓前祭》

日 時:2021年5月8日(土曜日)午後14:00〜午後14:45場 所:烏山頭ダム湖畔 八田技師銅像前主 催:行政院農業委員会農田水利署嘉南管理處(旧嘉南農田水利會)式次第:地元僧侶読経    八田家親族公葬    貴賓挨拶    八田家親族挨拶    献花記念公園へ移動

《嘉南大?起工百周年記念文化交流イベント》

日 時:2021年5月8日(土曜日)午後15:00〜場 所:八田與一記念公園特設会場主 催:台湾政府文化部、台南市政府特 記:金沢市(八田技師故郷)とオンライン中継あり式次第:15:00 開会前パフォーマンス    15:05 ビデオメッセージ紹介    15:15 貴賓挨拶    15:40 烏山頭踊り(会場と金沢市とオンライン)        烏山頭踊りは、嘉南大?工事中、烏山嶺トンネルの貫通祝いのイベントで、八田技師が作詞した        踊り(当時の新聞に記載されている)に金沢で曲と振り付けを施し、今回のイベントにて当時を        再現するがごとく、台湾人、日本人が会場にて踊ります。        (踊りの紹介)        https://sec.hokkoku.co.jp/stayhome/movie6.html    16:00 地元劇団によるパフォーマンス    17:00 のみの市見学など    18:00 会場閉幕

☆百周年記念イベントでは、日台合同パフォーマンス(烏山頭踊り)までは会場に残っていただければありがたいです。☆墓前祭及び百周年記念イベントにおいては、防疫、VIPの参列などで実名制や事前の登録が必要になる可能性があります。☆当日は、高鉄嘉義駅から事前登録日本人のための送迎バスを準備する計画があります。☆墓前祭参列者は、ジャケットなど節度ある服装にてお願いします。☆烏山頭踊りは、会場にて手だけでも一緒に踊って盛り上げてください。☆百周年記念イベントには、1000人程度集まるとのことです。

──────────────────────────────────────※この記事はメルマガ「日台共栄」のバックナンバーです。