蓬莱米の父・磯永吉と母・末永仁  早川 友久(本会台北事務所長)

本誌で以前、産経新聞に掲載された「蓬莱米の父(磯永吉)と母(末永仁)の胸像が台
湾大学に設置」という記事を紹介したことがある(3月12日号)。

 磯永吉(いそ・えいきち)は「蓬莱米の父」、末永仁(すえなが・めぐむ)は「蓬莱米
の母」として今でも台湾の人々から尊敬され、彰化県大村郷内にある台中区農業改良所に
は「台中65号」の記念碑も建てられている。

 この「台中65号」は磯と末永により、10年にわたる試行錯誤を経て大正10(1921)年に
改良に成功し、当時の第10代台湾総督だった伊沢多喜男(いさわ・たきお)により大正15
年に「蓬莱米」と命名されている。

 その記事では、最近になって、台湾大学農芸学科関係者らが磯永吉と末永仁の胸像を制
作し、胸像制作には、八田與一や後藤新平などの胸像を自ら制作してきた奇美実業創業者
の許文龍氏も寄与していると伝えていた。

 本会理事で台北事務所長をつとめる早川友久(はやかわ・ともひさ)氏が、ある日本の
出版社から原稿を依頼され、台湾大学農業園芸学部の「育種準備室」に置かれている2人の
胸像について「台北事務所ブログ」でつづっている(「『蓬莱米の父と母』の原稿、書き
終えました」)。

 また、磯と末永の胸像が一般公開されるようになったことも、後日のブログでその続編
として 書いている(「台湾大学の『磯小屋』へ出掛けてみませんか」)。

 本誌で何度か紹介しているが、台湾ビールには独特のコクがあるが、これは磯と末永が
開発した「蓬莱米」が入っているためだ。このこともブログで記している。併せて紹介し
たい。


「蓬莱米の父と母」の原稿、書き終えました
【台北事務所ブログ:平成24(2012)年 5月 31日】
http://twoffice.exblog.jp/18394889/
*ブログでは関係写真を多数掲載!

 今年3月末のこと。

 以前、お世話になった学習院女子大学の名誉教授、久保田信之先生が主宰する「修学
院」が台湾へ研修に行くので、その一環として台湾大学の見学をしたいとの要望がありま
した。先生のご希望は、台湾大学のキャンパスを見学した後、日本語学科の学生たちと意
見交換などの交流を行いたかったのですが、ちょうど日本語学科ではイベントを控えてい
る時期でなかなか学生たちの時間が取れません。

 そこで、台湾の学生たちとの交流に代わるものを考えなければなりません。そこでピン
と来たのが「磯永吉(いそ・えいきち)と末永仁(すえなが・めぐむ)」の銅像が設置さ
れたという報道です。

◆台湾大に日本人農学者らの胸像設置へ【産経新聞:平成24(2012)年3月8日】
 http://sankei.jp.msn.com/world/news/120308/chn12030821060003-n1.htm

 磯と末永は日本時代の農業研究者・技術者で、それまで在来種とよばれるインディカ米
しかなかった台湾で品種改良を続け、美味しくて高く売れるジャポニカ種の「蓬莱米」を
完成させたのです。その二人の胸像が台湾大学に設置されたとのこと。胸像製作には、日
本時代の台湾に貢献をした日本人の胸像をポケットマネーで数多く作っている許文龍さん
も関係しているとのこと。

 そこで、調べてみると、農業園芸学部の「育種準備室」に置かれているとのこと。この
建物は1925年に台北高等農林学校の校舎として建てられ、すでに80年以上が経過していま
す。台湾大学の前身、台北帝国大学の創立が1928年なので、それ以前に当時富田町と呼ば
れたこの場所に建っていたことになります。台北高等農林学校はその後、台北帝大附属農
林專門学部となり、1943年には分離して今日の中興大学の前身となりました。この建物は
現在、学生たちから「磯小屋」と呼ばれて親しまれています。

 実はこの「磯小屋」、残念ながら一般には公開されておらず、自由に銅像を見ることが
できません。農業経済系に学ぶ後輩と一緒に探しまわり、やっとのことで管理者を発見。
翌週の研修の際に開けて見せてもらえるように依頼しました。

※現在では毎週水・土・日に一般公開されています。詳細はHPを。

◆磯永吉小屋
 http://iso-house.agron.ntu.edu.tw/visit.html

 磯小屋の周りは、台北の真ん中とは思えないのどかな実験田ですが、向こう側には台北
101が見えています。磯小屋は今でこそ台北市の古跡に指定されていますが、それまでは台
大の中でも撤去か保存かの議題が俎上に上ったことが何度もあったそうです。

 現在、台大では保存の方向で意見が統一されているようですが、いかんせん予算がつい
ておらず、中に置かれている銅像も「仮設置」の状態だとか。将来的にはかなり老朽化の
進んだ磯小屋内部を整理し、磯や末永の功績を展示するスペースを整備していく予定だそ
うです。

 そんなことがきっかけで、多少、磯や末永の功績について勉強したのですが、たまたま
それを伝え聞いた日本の出版社から二人の功績について書いてみないかという光栄な依頼
をいただきました。

 台湾大学の図書館では、日本で調べようと思ったら大変な手間がかかるだろうとおもわ
れる資料が簡単に手に入ります。これは、まさに台湾にいるゆえの特権かもしれません。
磯や末永が数多く研究結果を発表した『台湾農事報』などもほとんどが保管されていま
す。明治期に発行された号も画像の通り。だいぶ痛んではいますが閲覧には支障ありませ
ん。日本時代に残された資料にいとも簡単にアクセスできる、台湾にいることの幸せを感
じた原稿執筆でした。


台湾大学の「磯小屋」へ出掛けてみませんか
【台北事務所ブログ:平成24(2012)年6月7日】
http://twoffice.exblog.jp/18409946/
*ブログでは関係写真を多数掲載!

 「蓬莱米の父と母」の原稿が書き上がったら次に必要なものは写真です。

 台北の気温は連日30度近くになり、もはや初夏を通り過ぎているような気もしますが、
今日は乾燥しているので気持ちいい日和です。

 台湾大学正門を抜け、舟山路と呼ばれる脇道へ。校舎が林立し、自転車や徒歩の学生た
ちが行き交うエリアを抜けると、急に目の前に広い田畑が広がります。これが台湾大学農
芸学部の実験農場です。

 そして実験田の隣りに通称「磯小屋」、正式には農芸学部の「育種準備室」と呼ばれる
建物が見えてきます。MRT公館駅から台大のキャンパスを通って15分ほど。遠くに台北
101が見えるのは、ここが紛れもなく台北市内だという証拠です。

 築80年以上という磯小屋は台湾大学の建築物の中でも最古参。台北高等農林学校、台北
帝国大学、国立台湾大学と移り変わる歴史を見つめてきました。

 磯永吉は台北帝大教授と中央研究所農事試験場の技師を兼任していました。在りし日の
磯は、この小道を通って帝大と試験場(台大とは現在の基隆路を挟んだ向かい側にあっ
た)を往復する日々を過ごしていたのでしょう。

 3月に銅像が設置され、月末に訪問した際にはまだ整理も手付かずだったのが、昨日撮影
に行った時には室内の展示も整理され、ボランティアスタッフ(農芸学部の”往年の”卒
業生)が待機していました。入り口では、許文龍さんが製作した磯永吉と末永仁の胸像が
迎えてくれます。

 室内には磯が実験で使った道具、米のサンプル、タイプライターなどが展示されていま
す。今後、破損がひどい箇所は補修し、さらに整備を進めていく予定だそうです。

 この小屋の管理を担当している劉さんは、学生時代にこの部屋の中から磯の手書き原稿
を発見しました。その後、磯や末永の功績を研究し、現在では磯小屋の管理を任されてい
るとか。

 3月に訪問した際は、一般公開はしていないとのことでしたが、現在では整理がかなり進
んだということで、毎週水・土・日に公開しているそうです。参観時間は午前9:30─
12:00、午後1:30─4:00まで。予約なしで突撃しても大丈夫そうな雰囲気でしたが、念のた
め予約しておいたほうがいいでしょう。公式サイトはこちらです。

◆磯永吉小屋
 http://iso-house.agron.ntu.edu.tw/visit.html

 磯永吉の胸像は、蓬莱米の種籾が栽培された陽明山の竹子湖にも置かれています。こち
らには蓬莱米の原種田を管理する事務所の建物が今も残っているとか。時間を見つけてそ
ちらにも出掛けてみたいと思います。

 ところで、蓬莱米はご飯としてだけでなく、我々の大好きなものの原料としても使われ
ています。台湾の国民的ビールといえばもちろん「台湾ビール」。この台湾ビールにも蓬
莱米が使われているのです。台湾に駐在しているアサヒビールの方に伺ったところ、世界
中ほとんどのビールで、原料に米が加えられているため、決して珍しいことではないのだ
とか。ただ、なぜ原料表記を「米」とせず、わざわざ「蓬莱米」と記載してあるのかは謎
です。台湾ビールの本社に問い合わせたものの、分からずじまいでした。

 ほぼ毎夜のようにお世話になっている台湾ビールに「蓬莱米」が使われているという事
実も、お恥ずかしい話ながら、数年前に許世楷大使に教えてもらうまで気付きませんでし
た。

 ともあれ、身近な台湾ビールにもこんな日本と台湾の密接な関係が隠されているんです
ね。今度、台湾ビールを飲むときにはぜひ思い出して下さい!


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