朝の産経新聞が伝えている。記事によれば「台湾の抗議漁船や巡視船が尖閣沖の日本領海
に侵入した影響など」が原因だという。
そもそも漁業交渉は、台湾側から出たものだった。
8月15日、香港から出航した中国人活動家を乗せた「啓豊2号」が日本の領海に侵入し、
乗組員の一部が尖閣諸島の魚釣島に上陸。中華人民共和国(中国)国旗の「五星紅旗」や
中華民国国旗の「青天白日満地紅旗」を振ったものの日本側に拘束され、上陸していない
乗員を含む14人全員が不法入国の容疑で逮捕された。
この「啓豊2号上陸事件」を受け、8月16日午後、台湾外交部(外務省に相当)の董国猷
政務次長(政務次官に相当)は、日本の対台湾窓口機関である交流協会台北事務所の樽井
澄夫代表(駐台湾日本大使に相当)を呼び出し、台湾政府の立場を改めて表明したもの
の、日台漁業交渉の早期開催を正式に要望した。
これが今回の漁業交渉の発端だった。この台湾側の要望に、樽井代表は「真摯に取り組
む」と回答。台湾外交部は早速、日本との漁業交渉に取り組むことを17日早朝に発表し
た。
また、馬英九総統は8月20日、NHKの単独インタビューを受け、日本と台湾の「漁業交
渉に進展があれば、衝突が減少する可能性がある」と指摘し、日本との漁業交渉の早期再
開を希望し、今後は「日本とのFTA=自由貿易協定の締結を目指すなど、経済連携や文
化交流をいっそう深めたい」という意欲を表明した。
これが台湾政府の基本的姿勢だった。だから8月29日、台湾はすでに釣魚台列島(日本
名・尖閣諸島)の問題について日本と話し合いを行っていることを外交部の楊進添・部長
が明らかにした。
また、沈斯淳・台北駐日経済文化代表処代表も9月9日、産経新聞に寄稿し「台日関係
は、どこよりも『特別なパートナー関係』にあり、第17回漁業会談の早期開催、台日企業
提携の拡大など、多方面にわたる交流を地道に積み上げていくことが、今後の相互信頼の
確立、ならびに安定的で、親しい関係の構築につながるものと確信している」と述べた。
日本が主権を持つ尖閣諸島なのだから、個人が所有しようが東京都が所有しようが、政
府が所有しようが、外国にはなんら関係ない。9月11日、個人から日本政府に所有権が移転
した。
漁業交渉の窓口となっている交流協会台北事務所は9月13日、「日台間の漁業分野におけ
る交流や協力を推進していくため、引き続き台湾側と緊密に意思疎通と連携を深めていく
所存であります」と表明。これによって漁業交渉の「ボール」は台湾側に投げられた。
ところが、9月23日、交流協会台北事務所へ1000人ほどのデモ隊が押し寄せ、また24日に
は58隻の台湾漁船が尖閣諸島に向かった。デモは中国と台湾の統一をはかる「新党」や
「親民党」に先導されるものだったし、漁船団の尖閣行きは中国政府の意向が働いている
と見られる企業オーナーからの資金提供によって実現にいたったものだ。
それでも交流協会台北事務所は24日、「日本政府は、日台漁業協議が早期に再開される
ことが望ましいと期待しています」とするプレスリリースを改めて発表し、25日には交流
協会の今井正理事長(前交流協会台北事務所代表)が訪台した。
しかし、馬英九総統は、このような日本側の動きを無視するかのように漁船団を激賞し
てみせた。また今井理事長と会談した交替間近の楊進添・外交部長からはかばかしい回答
はなかった。台湾側から投げ返されたボールがこの対応だったのだ。日本側の期待は完全
に裏切られた。そして、10月3日に予定されていた日台漁業交渉は延期された。
以上のように、日台漁業交渉の芽を摘んでしまった原因がどこにあるか、経過をみれば
一目瞭然だろう。
つまり、台湾国内の中国人グループによるデモや、中国政府の意向を反映した一企業の
資金提供による漁船団の尖閣行きを、国内弱腰批判をかわそうという人気取り(あるいは
「本音」かもしれないが)のため、総統の馬英九氏が容認どころか賞賛した結果が漁業交
渉の延期となってしまったのだ。
「尖閣にもっとも近づいた男」として名を馳せた船長は、日本メディアが「尖閣諸島へ
のデモは中国本土に進出している台湾企業グループの寄付で行われた。反日ではないとい
っても、尖閣諸島の領有権を主張する中国の宣伝に使われているのではないか」という質
問に対して、次のように答えている。
≪島の領有権に関して、漁師たちは一切興味がない。領有権のためではなく、生活のため
にやっている。漁師はみんなそうだよ。≫(9月27日付「Jキャストニュース」)
馬英九氏は尖閣への漁船デモを賞賛するのではなく、「台湾漁民の生活を守るため、必
ず日本と漁業協定を結ぶ」と宣言する方が台湾漁民を安心させることができたのだ。とこ
ろが、漁民たちの行動を自己宣伝に使ってしまったのだ。
しかし、そのような宣言をしなかったことに馬英九氏の「本音」が透けて見える。台湾
政府は「尖閣では中国とは連携しない」と何度も表明している。しかし、この8月半ばから
の1ヵ月半の台湾の動きを見る限り、日本は今後、眉に唾して取り組まなければならないだ
ろう。台湾が中国に「和平協定」を持ちかける日も近いかもしれない。
しかし、それでも日本は、台湾との漁業協定締結のために汗をかかなければならないの
は言うまでもない。それが台湾の人々の期待するところであり、日本の「国益」だから
だ。台湾と日本を分断しようとする中国の野望を打ち砕くためでもある。
日台漁業交渉先送り 協議再開へ対話は継続
【産経新聞:2012年10月1日】
【台北=吉村剛史】3日にも再開が見込まれていた日台漁業交渉が先送りされたことが30
日、日台双方の関係者らの話で分かった。日本政府による沖縄県・尖閣諸島の国有化に対
し、台湾の抗議漁船や巡視船が尖閣沖の日本領海に侵入した影響などで、日本側は東京都
内の予定会場をキャンセルした。双方とも協議再開へ向けて対話は継続するという。
台湾北東部・宜蘭県頭城鎮では同日、国有化への抗議デモが行われ、地元住民ら約500人
が参加した。
尖閣諸島をめぐっては台湾も領有権を主張。宜蘭県の漁船団と台湾の巡視船が9月25日、
尖閣沖の日本領海に侵入して、日本の海上保安庁の巡視船と放水し合う騒ぎとなった。
2009年に中断した日台漁業交渉は、昨年の東日本大震災における台湾からの巨額支援な
どを受け、再開機運が高まっていた。