【産経新聞「正論」欄:2024年6月13日】https://www.sankei.com/article/20240613-J6HOFDTDHNNPNI76MJU6TJPGEI/
◆7月に日台交流サミット
来たる7月29日、台湾南部の台南市において「日台交流サミット」が開催される。
これは日本と台湾の地方議員の交流を目的として、2015年に金沢市で第1回が挙行されて以来、毎年1回、日本と台湾の地方都市で実施されてきたもので、今回が記念すべき第10回となる。
そのサミットを台南で開催するのは、今年が台南の「開府」400年に当たることによる。
また去る3月23日、埼玉県日台親善協会が発足し、筆者もメンバーに加わった。
今月16日には、大宮氷川神社で設立大会を開催するが、氷川神社の二の鳥居が台湾ヒノキで造られている縁がある。
本協会も「日台交流サミット」に代表を参加させる予定だ。
「400年」の台南で5月20日、頼清徳新総統の就任祝賀式典後の公式晩餐(ばんさん)会が開催された。
同会は台北で実施するのが恒例であり、台南での開催は初めてである。
頼氏が2010年から台南市長を2期務めていたことによるのだろうか。
「400年」というのは、1624年にオランダが「ゼーランディア城(安平古堡(こほう))」を築いた年から起算している。
原住民が分散居住していた台湾に進出したオランダ人が、台南に拠点を築き、近代的な統治に着手したのが400年前である。
したがって、台南の歴史は漢民族、中国とは無関係だ。
それ以後は鄭成功(明朝)、清朝、日本の統治を経て中華民国へと台湾の歴史が紡がれてきた。
他方、大陸中国では漢民族と異民族の国家が、統一と分裂を繰り返してきた歴史がある。
そしてこの400年は清朝から中華民国、中華人民共和国へと、台湾とはいささか異なる道をたどってきた。
以上のように「台南400年」の道筋を振り返ると、起点において中国の主権下になく、その後も中国大陸とは別の物語が紡がれてきたことがわかる。
頼総統は、祝賀晩餐会を「400年」の台南で開き、しかも先住民とともに舞台上で踊ることで、台湾は台湾、中国とは別だというメッセージを国内外に向けて発信したのである。
◆「現状維持」と評されたが
頼清徳氏は、行政院長(首相)在任中の2017年9月26日、立法院(国会)で「私は台湾独立の政治工作者であるだけでなく、実務的な台湾独立主義者でもある」と述べたことがある。
このため、就任演説で蔡英文時代を超えた独立色を打ち出すか、それとも現状維持かが注目された。
5月20日の総統就任式典で頼総統は「民主、平和、繁栄の新台湾を築く」と題する演説を打ち、その冒頭で「中華民国16代総統」の就任を告げ、「中華民国の憲政体制に基づき、国を前進させる重責を担う」と述べ、中華民国体制に則(のっと)った総統となる決意を表明した。
これについて大方のマスコミは「現状維持」と評したが、頼総統の真意はどうだったか。
実は、この演説で頼総統は「1996年の今日」、つまり、28年前、李登輝総統がその就任演説において「国際社会に中華民国台湾は主権独立国家であり、主権は民にあるというメッセージ」を伝えたと紹介した。
それなら今回、台湾が主権独立国家だと述べたところで、今さら驚くことではない。
また、今回の就任演説で、頼総統は、「中華民国の主権は、国民全体に属す」(憲法第2条)、「中華民国の国籍を有する者は、中華民国の国民とする」(同第3条)という憲法の規定をことさらに引用した。
これにより、憲法の規定に基づけば、中華民国の国籍を有する台湾国民全体に中華民国の主権が属するということを確認したのである。
◆「実務的」台湾独立主義者
ところで1996年の就任演説で李登輝総統は、台湾海峡両岸の「統一の大業の推進」に言及していた。
しかし、頼総統はこれに触れない。
また李総統が「台湾にある中華民国(中華民国在台湾)」と言ったところを、「中華民国台湾」と言い換えた。
そして演説の終盤で、「中華民国、中華民国台湾、あるいは台湾のいずれであっても」「私たちの国を呼ぶ名前」として「同じ響き」だと述べた。
つまり頼総統は、中国との統一を求めず、中華民国は台湾であり、台湾は中華民国であると明言したのである。
さて、1990年代、李登輝総統は、国家統一綱領や国家統一委員会を整備しつつ、国家の名称や総統の肩書、メンツにこだわらずに台湾の国際生存空間拡張に心血を注いだが、これは「実務外交」と称された。
今回、頼総統は就任演説で、中華民国の憲政体制に基づく職務執行を謳(うた)いつつ、その中華民国とは台湾のことであり、台湾国民に主権が属する主権独立国家である、と事実上宣言した。
その上で、「400年」のイベントで盛り上がる台南市で、晩餐会を開催した。
これは「実務的な」台湾独立主義者として、総統の職務をスタートさせたものといえるだろう。
(あさの かずお)。
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