昨年12月28日に発表された産経新聞「正論」欄執筆陣11人の中に本会から、副会長の浅野和生(平成国際大学副学長、教授)と理事の濱口和久(拓殖大学特任教授、防災教育研究センター長)のお二人が入りました。これで、本会の現役員からは会長の渡辺利夫とともに3人が執筆陣に加わりました。
濱口氏は1月17日に能登半島地震に寄せ、日本の防災対策をテーマに「被災者目線でない避難所生活」と題して初寄稿し、本日(1月19日)は浅野氏が台湾の総統選挙について「『現状維持』民意示した台湾選挙」と題して初寄稿しました。
下記に浅野氏の寄稿全文をご紹介し、また、プロフィールも最後にご紹介します。
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「現状維持」民意示した台湾選挙 浅野 和生(平成国際大学副学長・教授)【産経新聞「正論」:2023年1月19日】https://www.sankei.com/article/20240119-LOT7TUYV7JPCXASOC6VM33DW3A/
◆総統選を通し分かったこと
台湾では今年、「台南400年」を記念するイベントが開催される。これは1624年にオランダ人が台南に上陸してゼーランディア城を築き、組織的な統治を始めた故事に基づく。その意味するところは、台湾には、中国とは別の台湾独自の歴史があるということである。
台湾の一年は1月13日投開票の台湾の総統選挙、立法委員総選挙で幕を開けた。選挙戦では外交、国防だけでなく経済発展、社会福祉、教育、住宅問題等について自由闊達(かったつ)に議論が展開された。最終盤には数万人が集う「造勢会」で支持者を鼓舞し、決戦の日を迎えた。この間の台湾には、自分たちの運命を自分たちで選択する、健全な自由民主主義の姿があった。
総統選挙は蔡英文政権与党の民進党・頼清徳と、野党である国民党・侯友宜、民衆党・柯文哲の争いだったが、いずれもいわゆる中台「統一派」ではない。
台湾の政治大学選挙研究センターが昨年6月に発表した世論調査結果では「中国との統一を望む」者7.4%に対して「現状維持」が60.7%、「独立を目指す」は25.9%であった。また「自分は中国人」と認識している人が2.5%、「台湾人であるが中国人でもある」30.5%、「私は台湾人」62.8%であった。この数値からすれば、総統候補を擁立し、議会の過半数獲得を目指す主要政党が、中国による台湾統一を看板に掲げるはずがない。
日ごろから中華人民共和国の国旗を掲げて活動し、中国との統一を主張する「中華統一促進党」は、地域選挙区に10人、全国比例代表区に4人の候補を立てたが、地域選挙区で0.10%、比例代表区で0.13%の得票に終わった。
◆入れた自由と民主、繁栄
ところで40%を超える得票率で当選した民進党・頼清徳は、台湾の平和と経済交流、対中関係安定のため中台交渉の実施を目指すと述べたが、その際には台湾の尊厳が保たれる対等の立場を求めると強調した。台湾が中国の一地方に過ぎないという中国共産党の「一つの中国原則」を認めれば、対等な立場を維持できず、将来の台湾併合に途(みち)を開くことが懸念されるからである。
一方、国民党は馬英九総統時代を懐古して、中台経済交流の拡大を目指す対中融和路線だった。しかし侯友宜は「一つの中国」原則は認めるが、中華民国憲法を堅持して台湾の自由と民主を守ると明言していた。民衆党の柯文哲は中国と交渉するとともに米国との関係も緊密化させ、米中対立の激化を避け、台湾が米中の橋渡し役になると述べていた。誰も中台統一を望むとは言っていない。
ところで誰が台湾の総統になろうと、「台湾併合」という中国の国家目標が変わることはない。習近平政権は第一に「平和統一」を掲げ、それができなければ次善の策として、武力行使も辞さない立場である。2022年の第20回中国共産党大会での習近平政治報告によれば、「中華民族の夢」の実現には、アヘン戦争以来の恥辱を雪(そそ)がなければならず、それゆえに香港の祖国完全復帰を進めているのだが、日清戦争で日本に割譲した台湾を手中に収めなければ目標達成とはならないのである。
一方、台湾には、オランダの次は鄭成功一族、清、日本、そして戦後は国民党の中華民国が大陸から移転してきて、外来者による支配が続いてきた歴史がある。しかし李登輝総統の「寧静革命」により1996年に総統直接民選が実現したことで、ついに台湾に住む人々が台湾の主人となった。こうして手に入れた自由と民主、そして繁栄する台湾について、共産党独裁の中国による併合を望む者など台湾にいるはずがない。ただし、中国の手先か中国に「洗脳」された者はこの限りではない。
◆民主主義諸国はスクラムを
軍事的威嚇の下、偽情報による世論攪乱(かくらん)、地方有力者や若者を中国に招待しての親中派養成、農産品の輸出入規制と優遇など、中国はあらゆる手段を用いて台湾の平和統一工作を進めている。しかし台湾の有権者は、今回の選挙で蔡英文路線の継続、つまり「現状維持」による台湾の自立性の維持と台湾海峡問題の国際化、米国や日本等とのパートナーシップ強化の途を選択した。これに対して中国はさらに圧力を高めるだろう。
民主主義国には選挙があり、指導者や支配政党が変わる。その都度、国是も政策も変わる。他方、一党独裁の中国共産党の国家目標は10年経(た)っても50年、100年経っても変わることがない。それなら、これと対峙(たいじ)する台湾はもちろん、価値観を同じくする民主主義諸国も、ひるむことなく飽くことなく、自由と民主と法の支配、基本的人権を守るため、スクラムを組んで対抗しなければならない。
今年、台湾南部の古都、台南を中心に開催されるイベントは、台湾が中国固有の領土ではないことを世界に示す機会になるだろう。「台南開府400年」にあたり頼清徳総統の誕生が、台湾史に輝かしい一ページを刻むものとなることを願う。
(あさの かずお)
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浅野和生(あさの・かずお)昭和34年(1959年)、東京都生まれ。慶応義塾大学経済学部卒業後、同大学大学院博士課程修了。関東学園大学講師、同大助教授、平成国際大学助教授などを経て2004年、同大教授に就任。2022年4月、同大副学長に就任。法学博士。同大学大学院法学研究科長。2005年10月、日本版「台湾関係法」の私案として「日台関係基本法」を発表。
主な著書・共著に『大正デモクラシーと陸軍』『君は台湾のたくましさを知っているか』『日米同盟と台湾』『馬英九政権の台湾と東アジア』『台湾の歴史と日台関係』など。編著に『日台関係と日中関係』『台湾民主化のかたち─李登輝総統から馬英九総統まで』『親台論─日本と台湾を結ぶ心の絆』『中華民国の台湾化と中国』『1895-1945 日本統治下の台湾』『民進党三十年と蔡英文政権』『日台関係を繋いだ台湾の人びと(1)』『日台関係を繋いだ台湾の人びと(2)』『台湾の民主化と政権交代』『日台運命共同体』『台湾と日米同盟』『「国交」を超える絆の構築』『台湾の経済発展と日本』など。
現在、日本法政学会会理事・事務局長、日本地方政治学会・日本地域政治学会副理事長、日台関係研究会事務局長、日米台関係研究所理事、日本李登輝友の会副会長。
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