「台湾人意識」の起源と現在  浅野 和生(平成国際大学副学長)

【世界日報「View point」:2023年9月7日】https://vpoint.jp/opnion/viewpoint/225205.html

 1978年10月23日、中国から●小平(副総理)が来日して日中平和友好条約の批准書交換が行われた。あれから満45年。そこには両締約国の、「主権及び領土保全の相互尊重、相互不可侵、内政に対する相互不干渉」が謳(うた)われている。(●=都の左が登)

◆習近平氏が「DV宣言」

 2022年10月、第20回中国共産党全国代表大会の政治報告において、習近平(総書記)は、「台湾問題を解決して祖国の完全統一を実現することは、中国共産党の確固不動の歴史的任務」であるとし、台湾海峡「両岸同胞は血のつながった『血は水よりも濃い』家族である」と述べた。さらに、「われわれは、最大の誠意をもって、最大の努力を尽くして平和的統一の未来を実現しようとしているが、決して武力行使の放棄を約束せず、あらゆる必要な措置をとるという選択肢を残す」と明言した。

 習近平によると、台湾の人々の意向に関係なく、台湾をなんとしても中国に併合することが中国共産党の任務である。そして、台湾の人々は中国人と「血は水よりも濃い」家族だが、併合のためには武力行使でもなんでも手段は選ばない。堂々たるDV(家庭内暴力)宣言である。

 ところで日中共同声明では、台湾は中国の「領土の不可分の一部である」と中国が重ねて表明したのに対して、日本政府は「十分理解し尊重」するとしている。そうすると、台湾問題は中国の内政問題であり、内政不干渉原則により、日本は口出しできないことになる。

 それでは台湾人は、習近平のいう通り、「血は水よりも濃い」中国人だと思っているか。

 もともと台湾の人々に台湾愛国心はなかった。近代以前の台湾には漢人は居住せず、平埔(へいほ)族と高山族と合わせて15以上の原住民部族が居住していたが、部族は相互に敵対的で、台湾としての民族、国家意識は皆無だった。

 1661年に台湾統治を開始した明朝の鄭成功政権、83年の施浪など清朝政権の軍人、官僚は漢人意識であって台湾人意識はない。後に清朝は、台湾統治の責任者として台湾巡撫(じゅんぶ)を置くが、最後の台湾巡撫・唐景●は、1895年の下関条約で台湾の日本割譲が決まると、これに従わずに台湾民主国を宣言して日本の台湾接収に軍事力で抵抗した。しかし、日本軍が上陸後わずか5日ほどで基隆を落城させると、女装して台湾を捨てて清へ逃亡した。清朝の漢人に台湾人意識がなかったことの証左である。(●=崇の宗が松)

 台湾の人々に台湾アイデンティティーが芽生えたのは日本統治下の大正期、ベルサイユ講和会議の民族自決主義からではないか。このころ「台湾文化協会」が生まれ、台湾議会設置請願運動が興った。しかし、日本統治下の台湾で行われていたのは日本人意識の教育であって、皇民化政策も進められた。

 さらに昭和20年に日本が敗戦、蒋介石の国民党政府による台湾支配がはじまると、今度は、中国人化教育が徹底される。学校でも台湾語の使用は禁止され、標準中国語が強要された。1990年代半ばに至るまで50年間、台湾の影は薄くなり中国の歴史と地理、文化が公教育やメディアで喧伝(けんでん)された。

 しかし、台湾人である李登輝が総統に就任すると、台湾の台湾化が積極的に進められるようになる。97年から学校教育で「認識台湾」が始まり、「台湾アイデンティティー」が公認された。98年の台北市長選挙では、「外省人」馬英九を、李登輝は「新台湾人」として当選させた。つまり、台湾では民主化の進展とともに「台湾人意識」が急速に醸成されたのである。

◆30年で「台湾人」3.7倍に

 台湾の国立政治大学選挙研究センターは、「あなたは中国人ですか、台湾人ですか」というアイデンティティー調査を毎年実施している。今年、2023年6月に公表された結果によると、「台湾人」が62.8%で、「中国人」は2.5%、「中国人でもあるが台湾人でもある」が30.5%だった。1992年には、「台湾人」は17.6%で「中国人」の25.5%の方が多く、「どちらも」が46.4%であった。つまり30年間に「台湾人」が3.7倍に増えたのに対して、「中国人」は10分の1に減った。「どちらも」を省くと台湾の人口2300万人のうち、「台湾人」1450万人、「中国人」53万人という計算だ。

 習近平の主張に反して、台湾の多数派は、中国人を「血は水よりも濃い」家族だと思っていないのである。だから中国による台湾への軍事力行使は、今や「DV」ではなく、質(たち)の悪い隣人による暴行である。(敬称略)

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