日本台湾交流協会台北事務所には、2003年から軍事専門家として自衛隊を退官した将官級1名が「主任」として配置されているが、実はこの「第三次台湾海峡危機」を原因としていた。この危機によって国内情勢や関係省庁の認識が変化したからだ。
しかし、いったんは変化したものの、中国の覇権的な台頭で台湾の地政学的な要衝としての重要性が増しているにもかかわらず、また台湾は、日本の南西シーレーンが通過する日本の生命線であることにいささかの変化がないにもかかわらず、その後、台湾を対象とした安全保障関係において日本に変化は見られない。
ただ南シナ海情勢に鑑み、日本は昨年から本年にかけて、フィリピン、ベトナム、マレーシアの防衛駐在武官を1名から2名に増員している。台湾はいまだに1人だけだ。
一方、米国の動きは顕著で、台湾との関係を強化する「台湾旅行法」や「「アジア再保証イニシアチブ法」、「国防授権法」などの国内法を次々と制定し、同盟国として台湾への対応に明確な差が生じて来ていた。世界一の軍事力を誇る米国と同列に日本を比較することはできないものの、歯がゆい思いをしていたのは編集子ばかりではないようだ。
3月2日付の産経新聞に、安全保障問題で日本政府との対話を求める蔡英文総統へのインタビューが掲載された。
産経新聞東京本社の井口文彦編集局長が2月28日に総統府において行ったインタビューの詳細は月刊「正論」5月号に「中国に誤った判断はさせない」と題して掲載され、インタビューに同席した田中靖人・産経新聞台北支局長の「なぜ蔡総統は日台の安保対話を訴えたか」も併せて掲載されている。
また本日付の産経新聞に、インタビューに同席した渡辺浩生・外信部長が「台湾との安保対話は可能か」と題し、日本の台湾との安保対話の可能性について、ほぼ1面を使う記事を執筆している。
この記事の最後の方で「日台関係に法的基盤を与える日本版・台湾関係法の制定を唱える声もある」と、浅野和生・平成国際大学教授が2005年に発表し、それを踏まえて本会が2013年に発表した日台関係基本法の制定を求める「政策提言」のことに触れている。
これまでも国会議員や著名な言論人などが台湾を対象とした法制定について言及しているが、本会は間もなく、「日台交流基本法」の制定を求める政策提言を発表する予定だ。
最近も、月刊総合情報誌「選択」4月号が特別リポートとして「台湾こそ安全保障の『要石』─蔡英文を突き放す安倍外交の愚」を掲載、本会の名前を挙げてこの法制定に言及し「日本では全くの少数意見だが、トランプ政権が積極的に推進しているアジアにおける新しい国際秩序には最も近いアイデアと一言っていい」と、「日台交流基本法」制定に賛意を表す原稿を掲載している。
しかし、渡辺外信部長の記事では、交流協会台北事務所長を務めた池田維(いけだ・ただし)氏の発言として「台湾を地域の多国間協力に導くことが近道だとして『環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)加盟を日本は支援すべきだ』とも語る」を取り上げ、否定的なニュアンスを伝えている。
ここは、台北駐日経済文化代表処の謝長廷代表や有力国会議員など「日台交流基本法」制定を進めようとする人々の見解を紹介してもよかったのではないだろうか。
記事では「台湾防衛に来援する米軍への後方支援など行う事態を想定した当事者間の情報交換や訓練も不可欠となろう」と述べている。この「当事者間の情報交換」を担保する国内法が必要なわけだから、「日台交流基本法」制定の目的はまさにここにあると言ってよい。
本会の「日台交流基本法」制定の意図がうまく伝わっていないようでいささか残念ではあるが、台湾との安全保障対話の可能性を探る貴重な記事だ。下記に全文を紹介したい。
—————————————————————————————–台湾との安保対話は可能か 渡辺 浩生(産経新聞外信部長)【産経新聞「解読」:2019年4月13日】
台湾の蔡英文総統が産経新聞の取材で、安全保障対話を日本に呼びかけた。政府は「非政府間の実務関係を維持する」との立場を強調しただけだ。安保はタブーなのか。可能性を探った。
◆中国の怒り恐れ細々と民間交流 曖昧外交から脱却の時
蔡英文総統が本紙の単独取材に応じた2月28日は、台湾には特別の日だった。戦後台湾に渡った国民党軍が台湾住民を虐殺する契機となった「228事件」から72年。台湾人が自由と民主主義の尊さを確認する一日でもある。
民主化で台湾住民が獲得した「普遍的価値」が今、中国のサイバー攻撃や海洋覇権に脅かされている−。日本と共有する「価値と脅威」に訴えるメッセージは入念に練られたものだった。同席した筆者は、日本へ関係の再定義を迫る蔡政権の覚悟を感じた。
対照的に、日本政府の反応は、そっけなかった。
菅義偉官房長官は3月8日の記者会見で、「1972(昭和47)年の日中共同声明にある通り、台湾との間では非政府間の実務関係を維持していくのが日本政府の立場だ」と述べた。
「非政府間の実務関係」に、安全保障が入り込む余地はあるのか。消極性をにおわせた発言に、実は日本外交の一面が隠されている。
中国の機嫌を損ねぬよう顔色をうかがう一方、国の安全に大きくかかわる判断や対応は米国に委ねる。主体性に欠いた戦後の対外姿勢である。
安全保障は日台間で長年タブー視されてきた。
72年の日中共同声明で、中華人民共和国を「中国の唯一の合法政府」と承認した日本だが、断交後の台湾とは、民間の交流を支援するチャンネルが必要だった。
日本は対台湾の窓口機関「財団法人交流協会(現・日本台湾交流協会)」を設立。台北事務所が在外公館の役割を担い、「民間の貿易および経済、技術交流」といった実務関係の促進に従事してきた。
定期開催される貿易経済会議は関係省庁幹部も出席する事実上の当局間協議だ。しかし、安保に関する協議は「行ったことがないし、できるかできないかという考えを整理したこともない」と協会幹部は話す。
台湾を国家と扱うことになり、「一つの中国」原則に反する−という中国側の怒りを買うことを恐れ、安保面での交流はシンクタンクなどを通じ民間・学術レベルで細々と続けられてきた。
交流協会台北事務所には2003年から退職自衛官も駐在している。日本からも自衛隊OBが訪台し、国防当局者と非公式に接触してきた。
台湾の国防関係者が訪日することもあるが、政府機関の庁舎内で面会することはないという。「民間」の建前を保つためだ。陸上自衛隊のOBは「日台の意思疎通は点でしかない。米国のような常時情報交換できるチャンネルはない」と指摘する。
米国は1979年に台湾と断交後、「台湾関係法」という国内法を成立させ、事実上の同盟関係を維持している。同法は、台湾の将来を非平和的手段で決めようとする試みは「地域の平和と安全に対する脅威」とし、中国の武力行使による台湾統一を牽制(けんせい)した。同法を根拠に米国は自衛に必要な兵器を台湾に供給してきた。
高官の交流も頻繁で、3月にはトランプ政権で東アジア政策を担う米国家安全保障会議(NSC)のポッティンジャー・アジア上級部長がソロモン諸島で、台湾外交部(外務省に相当)の徐斯倹(じょ・しけん)次長と会談した。
「新冷戦」とも呼ばれる米中対決の下、地政学的な要衝としての台湾の重要性が増している証左だ。
「日本は台湾とどうするつもりか」。陸自OBは米国の安全保障専門家からこう尋ねられたと明かす。米国も日台の行方に関心を寄せている。
◆カギ握る日米同盟
台湾と日本は戦略的な利害が一致する。台湾側も中国軍の動向に関して日本との情報交換を求めている。
中国の習近平国家主席は1月、台湾に、香港と同様の「一国二制度」受け入れを迫り、武力行使の選択肢にも言及した。
中国が台湾への統一圧力を強める背景の一つに、「海洋強国」路線がある。海洋権益の拡大が経済発展の持続に不可欠な中国にとって、台湾の役割は「扇の要」にも例えられる。
中国の沿岸部は日本列島、南西諸島、そして台湾に取り囲まれている。外洋進出を塞ぐ台湾を押さえれば、豊富な海底資源が眠り、中東・アフリカからの資源輸送路が通過する東シナ海、南シナ海での自由な航海が可能となる。要(台湾)から広がる扇(外洋)を掌握できるわけだ。
「中国の軍事的脅威は日に日に増している」と蔡氏が訴えるように、3月31日には中国軍機が台湾海峡の中間線を越え台湾本島側の空域に侵入した。来年1月には総統選もある。初の総統直接選への圧力に台湾近海へミサイルを発射した96年のような威嚇を行えば、緊張は一気に高まる。
海上自衛隊OBは「台湾近海はシーレーン(海上交通路)が通過する日本の生命線だ。米軍頼みでよいのだろうか」と語る。
中東から石油を積んだ日本向け船舶の大半は台湾とフィリピンの間のバシー海峡を通過する。不測の事態で海峡が封鎖されれば、船舶は迂回(うかい)を余儀なくされ、日本経済は大混乱に陥るはずだ。
万一、中台の軍事衝突が起きれば、安全保障関連法で定められた平和と安全に重要な影響を与える「重要影響事態」となる可能性がある。台湾防衛に来援する米軍への後方支援など行う事態を想定した当事者間の情報交換や訓練も不可欠となろう。
台湾海峡危機は絵空事ではなく、日本の安全にとって朝鮮半島情勢と並ぶ重大な課題といえる。日本は「中国を怒らせてはならない」という“呪縛”を解き、東アジアの現実を直視すべきときである。
日本は72年の日中共同声明で「台湾が領土の不可分の一部」という中国の立場を「十分理解し、尊重」するとしたが、承認はしていない。
しかも、今日の台湾は直接選挙による政権交代を経て民主主義が定着し、住民の大半は価値観の異なる中国との統一を望んでいない。そうした台湾と日本との関係を決めるのは当事者同士ではないか。
外務省退官後、交流協会台北事務所長を務めた池田維(ただし)氏は「日中間の法的な枠組みの範囲内で、日台間の交流を安保面でも広げる余地はあるはずだ」と話す。
一つのカギは日米同盟にある。米台間の公式、非公式の関係に日米の緊密なパイプを生かし、日米台3者の意思疎通のメカニズムを構築することは極めて有効だ。
特に中国のサイバー攻撃は、米国などに仕掛ける前に、地理的に近く言語が同じ台湾で試されてきた。元防衛審議官で政策研究大学院大学の徳地秀士シニア・フェローは「中国のサイバー攻撃で豊富な知見を持つ台湾との協力は日本に利益だ」と話す。
日台関係に法的基盤を与える日本版・台湾関係法の制定を唱える声もあるが、池田氏は、台湾を地域の多国間協力に導くことが近道だとして「環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)加盟を日本は支援すべきだ」とも語る。
蔡氏が「法律上の障害を克服してほしい」と投げかけたボールをどう受け止めるか。安倍晋三政権にも覚悟が問われている。
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【用語解説】日中共同声明1972年9月、日中間の国交正常化で合意した文書。日本政府は「中華人民共和国が中国の唯一の合法政府」と承認し、「台湾が中華人民共和国の領土の不可分の一部である」という中華人民共和国政府の立場を「十分理解し、尊重」するとした。これにより日本は台湾との外交関係を解消した。