◆台湾が日本へ初めて安全保障対話を要請
本年3月2日付の産経新聞1面のトップ記事は、台湾の蔡英文総統が日本政府に安全保障問題やサイバー攻撃に関する対話を求める衝撃的な内容だった。台湾がこのような要請をしたのは、断交後、初めてのことだ。
台湾は、中国の外洋への展開を扼する絶好の場所にあり、地政学的に極めて重要な位置を占めている。中国の軍事力を背景とした覇権的な台頭は、アジア太平洋地域における平和と安定に対する最大の脅威であり、特に台湾が中国の支配下に置かれることは、東シナ海、南シナ海及び西太平洋、即ち日本周辺海域が中国の影響下に入ることを意味し、我が国も深刻な安全保障上の危機に直面する。
日本は国交がない台湾との関係を「非政府間の実務関係」と位置づけ、安倍晋三首相もこれまでの政府発言より踏み込み「我が国との間で緊密な経済関係と人的往来を有する重要なパートナー」(平成28年5月)と表明しているものの、その実、日台間の実務関係を保障する法的裏づけはなにもない。
そこで蔡総統は「安全保障上の脅威の発生源」、即ち、迫り来る中国の脅威に対処するには、日台が安全保障に関する実務協力が必要で、そのために「日本側が法律上の障害を克服し、われわれと相互協力や、有効な情報交換の機会を持つこと」を要請したのだった。法律上の障害とは、台湾を対象とした国内法が日本で制定されていないことを指す。その口吻は柔らかいが、かなり辛辣な現状指摘だ。
◆日本のお寒い関与
日台双方はこれまで、日本台湾交流協会と台湾日本関係協会という窓口機関において「日台民間投資取決め」や「日台民間漁業取決め」など、多くの取決めや覚書を交わしてきている。しかし、この窓口機関は日台ともに政府機関ではなく民間団体であり、取決めや覚書は信頼関係の下に結ばれる当事者間の約束事で、法律と同じような拘束力を持つものの、国家として定めたルール、法律とは異なる。主権国家として締結した国際法ではない。
また民間団体では、蔡総統が求めた「中国の海空軍の動向に関する即時情報の共有」や機密事項が多い防衛に関する諸問題を協議することはまず不可能と言ってよい。
さらに、次のような問題もある。日本は現在、駐米日本大使館に陸・海・空の現役自衛官2名ずつ6名を派遣するなど、82大使館と国連の日本政府代表部など5代表部に総員70名の防衛駐在官を派遣している。台湾とは国交がないという理由で派遣していないものの、2003年から自衛隊を退官した将官級が、日本台湾交流協会台北事務所に防衛担当主任として配置されている。現在、防衛担当主任は元陸将補の1名のみだ。
周知のように、中国は国際法を無視して南シナ海に人工島の造成や軍事施設の建設を急速に進めていることから、日本は昨年、沿岸国であるフィリピン、ベトナム、マレーシアには防衛駐在官を1名増やして2名態勢を取るようになった。しかし、肝心の台湾には防衛担当主任1名というなんともお寒い現状なのだ。ましてや、陸の出身では海や空に関する情報収集に限りがあることは容易に推察できる。日本の生命線である台湾には、陸・海・空出身者による3名態勢を敷くのが望ましいことは他言を要しまい。
◆法的コミットを強める米国 法律が一つもない日本
一方、トランプ氏が大統領に当選した2016年11月以降の米国は、中国の覇権的台頭を危惧し、公平な貿易を求めて中国からの輸入品に高関税をかけるなどの経済措置を講ずる一方、台湾との関係を強化する国内法を次々と制定している。
2018年3月に制定した「台湾旅行法」は、米国の姿勢を如実に反映した法律で、米台双方の政府高官や国防関係者の相互訪問を奨励する内容だ。同年12月に制定した「アジア再保証促進法」も、自由で開かれたインド太平洋の実現を目指し、この地域における米国の国益促進とともに、日本やオーストラリアなど同盟国との防衛協力強化と台湾への武器売却や高官訪問などを要請している。
今年は米国が「台湾関係法」を制定してから40周年という節目の年を迎え、連邦議会を中心に台湾との関係を強化する動きはさらに顕著になっている。4月30日に上院、5月7日には下院も全会一致で「台湾に対する米国のコミットメントと台湾関係法の実施を再確認する決議案」を可決している。これは、米国が「台湾関係法」と、台湾への武器供与の終了期日を定めないことなどを定めた「台湾に対する六つの保証」を米台関係の基盤とすることを再確認することを内容だ。
日米同盟を組む一方の米国がこれだけ積極的に台湾との関係強化を図る措置を講じているにもかかわらず、日本には台湾に関する法律が一つもない。これでは日米同盟のバランスが取れないばかりでなく、これまでに結び、今後も結ばれる取決めや覚書の法的基礎がなく、法律で担保できない極めて不安定な現状なのである。
日本李登輝友の会は2013年の政策提言「日台関係基本法を制定せよ」に続き、今年3月に新たな政策提言として「『日台交流基本法』を早急に制定せよ」を発表した。心強いことに、謝長廷・台北駐日経済文化代表処代表は、日台の良好な関係を次世代に伝えていくための礎となると、日本側にこの法律制定を促したいと公言している。