【産経新聞「正論」:2024年2月23日】https://www.sankei.com/article/20240223-NNUBQ4XSP5OAXG4TTDYKHGHDIY/
台湾総統選において民進党の頼清徳氏が当選した。
氏は対等な立場で対中交渉を進めるという態度を鮮明にしている。
◆「現状」の3つの側面
国民党の侯友宜氏は中華民国憲法を堅持して台湾の自由と民主主義を守ると言い、民衆党の柯文哲氏は米中対立の橋渡しの役割を担うと明言していた。
中台統一に活路を求める候補者はいなかった。
台湾住民の民意に関する政治大学選挙研究センターの2023年調査によれば、台湾の「現状維持」を望むものが61%、自らを「中国人」ではなく「台湾人」だと認識するものが63%だという。
現在の台湾において親中的な候補者が立ち振る舞う政治的空間はほとんどない。
大国中国の度重なる軍事的挑発に見舞われながらも、「小国寡民」の台湾はなお「現状維持」路線を踏襲しながら、中国に対峙(たいじ)していくものと思われる。
ところで、「現状維持」において維持すべき「現状」とは何か。
このことを改めて3つの側面から考えておきたい。
第1に、日米が中国との国交樹立に際して台湾をいかなる存在として位置づけたのかである。
日中国交を開いた1972年の日中共同声明では「中華人民共和国政府は、台湾が中華人民共和国の領土の不可分の一部であることを重ねて表明する。
日本国政府は、この中華人民共和国政府の立場を十分理解し、尊重」する、とある。
この「理解し、尊重」するの意味を、外務省条約局条約課長として交渉に参加した栗山尚一氏は後に次のように敷衍(ふえん)した。
この指摘は今日いよいよの切迫感をもってわれわれに迫る。
「台湾が中華人民共和国の不可分の一部であるとの中国の主張を受け入れた場合は、台湾に対する中国の武力行使は国際法上内戦の一環(正統政府による反乱政権への制圧行動)として正当化され、他方、台湾防衛のための米国の軍事行動(中国の国内問題への違法な干渉)をわが国が支援する法的な根拠が失われてしまう」(『霞関会会報』2007年10月号)
日中共同声明発出の直前に訪中したニクソン大統領が中国と交わした米中共同声明「上海コミュニケ」にはこうある。
「米国は、台湾海峡の両岸のすべての中国人は、中国は一つであり、台湾は中国の一部であると主張していることを認識する」である。
ここでいう「認識する」はacknowledge という中立的な外交用語であり、「承認する」recognizeでも「同意する」agreeでもない。
日本の「理解し、尊重」するは米国の「認識する」に比べてやや踏み込んだ表現になっているが、ここでも「承認する」とか「同意する」との意味はまったく含まれてはいない。
この日中、日米の立場表明は台湾の「現状」をみるうえで第一に不可欠のものである。
◆「幻の合意」の中身は
第2に、中台が直接に統一問題について論じあって得られたものとして「92年コンセンサス」(「九二共識」)が存在するといわれる。
ここでは中台双方が「一つの中国」を求めるものの、その内容については台湾側が「中華民国」、中国側が「中華人民共和国」を意味する、というものだったらしい。
合意文書はなく、当時の総統の李登輝氏や台湾側代表として交渉に当たった辜振甫氏もその存在を認めていない。
しかし中国側はこの「幻の合意」が両岸交流の基礎であり、認めなければ両岸同胞の利益は大きく損なわれるとして頑強に譲ることはない。
中国を代表する国際政治学者の時殷弘氏は、頼清徳氏は事実上の「台湾独立」論者であり、「中国が頼政権と対話することは絶対にない。
対話の条件は、“一つの中国”原則を中台双方が確認したとされる“92年コンセンサス”を台湾側が受け入れることだ。
これがない限り、中台はいかなる意見疎通もあり得ない」(日経2014年1月29日付)と言う。
中国共産党においては、「92年コンセンサス」は2021年11月の六中全会における重要文書「歴史決議」の中で「我々は“一つの中国”の原則と、“92年コンセンサス”を堅持し、“台湾独立”をもくろむ分裂活動に断固として反対」すると表明されている。
これは今後の台湾政策の要となろう。
“92年コンセンサス”の「現状」は台湾にとって厳しいが、タフに対応するより他ない。
◆「生まれながらの独立派」
第3に、冒頭に引用した世論調査において「私は台湾人である」としたものの比率は63%と記したが、1992年時点では同比率は18%であった。
逆に「私は中国人である」と答えたものはそれぞれ26%、46%あった。
台湾に生まれ、人間形成期を民主化の時代に過ごした人々、香港の一国二制度の滅滅たるありよう、専制化を極端にまで進める習近平体制への絶望的な眼差(まなざ)しが、台湾アイデンティティを強化する不可逆的な力となっているのであろう。
「現状」を維持する最大の力は、この「天然独」(生まれながらの独立派)の中から生まれてくるのにちがいない。
(わたなべ としお)
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