【産経新聞「正論」:2021年4月19日】https://special.sankei.com/f/seiron/article/20210419/0001.html
◆米司令官発言のリアリティー
3月25日付の産経新聞1面の主見出しは「中国の台湾侵攻迫る」であった。バイデン大統領から次期インド太平洋軍司令官に指名されたアキリーノ氏の上院指名承認公聴会での証言の核心である。
同氏は中国による台湾侵攻は「大多数の人たちが考えるよりも非常に間近に迫っている」ことを強調した。これに先立つ上院の公聴会で現司令官のデービッドソン氏は、中国は今後6年以内に台湾に侵攻する可能性が高いとの見通しを述べた。海峡有事となれば最前線での指揮者となるインド太平洋軍司令官の発言である。縦横に張り巡らされた情報網から得られた無数のデータを多元方程式で解いて得た結論なのであろう。
2012年に党総書記となり「中華民族の偉大なる復興」という執政原理を繰り返してきた習近平氏は、19年に入る頃から台湾統一のためには「武器の使用を放棄することを約束せず、あらゆる必要な措置を取る」と明言するようになった。「幻の合意」としてその存在自体が疑問視されてきた「九二共識」(1992年コンセンサス)についても、これは台湾も認める「一個中国」原則であり、「一国両制」以外に台湾の選択肢はないという発言が目立つ。香港の民主政治を力でねじ伏せた後の共産党最大の政治的事業が台湾統一だとする硬論を隠すところがない。
中国の軍機・軍艦が台湾周辺に出没する事態が恒常化しており、台湾海峡の中間線を越えて台湾側への侵入回数は、昨年1年間に6回に及んだという。冒頭に記した新旧インド太平洋軍司令官の発言のリアリティーが浮かび上がる。
中国は果たして台湾侵攻の挙に出るのか。いや、なぜここまで周到な準備を重ねながら中国はなお台湾に手を伸ばさないでいるのかと問うた方がいい。答えを言えば、「台湾関係法」という国内法により米国が台湾を同盟関係とみなしているからである。
◆「台湾関係法」と米台関係
1979年1月1日の米中国交樹立にともない、米国は台湾との断交を余儀なくされたものの、4月に入り国内法たる台湾関係法を制定、同年1月1日に遡及(そきゅう)して同法を施行すると宣明した。断交の米台関係への影響を最小化し、かつアジア共産化への中国の意図を牽制(けんせい)する橋頭堡(きょうとうほ)を台湾に築こうという米国の意思表明でもあった。
96年3月の台湾初の総統直選に際して中国が弾道ミサイルをもって台湾を威嚇したものの、米国は空母機動部隊を台湾海峡に派し、中国の意気を消沈させたという事実は記憶に新しい。このことが可能だったのは、米台が台湾関係法を通じて同盟関係にあったがゆえである。近年ますます頻度を増す米国による台湾への武器売却は台湾関係法の要諦でもある。米国の対中外交が要所をはずすことはなかったとみていい。
太平洋における米中覇権争いがあらわとなったのがトランプ政権下であった。この政権は以前のどの政権よりも繁(しげ)く台湾関係法を唱道するようになり、2017年12月の「国家安全保障戦略」においては「台湾関係法にもとづいて台湾の合理的な国防上の需要に応え、他からの圧力を阻止するため台湾との関係を維持する」と表明するにいたった。
台湾有事を前にして日本にできることは何か。日本も1972年以来、台湾とは断交状態にある。しかし、断交状態にありながらも日台の経済関係、文化交流、人的往来は途絶えるどころかますます盛んであり、これを促すための投資保護、二重課税防止、民間漁業など30を超えるさまざまな取り決めがなされてきた。しかし、これらは日台双方に設置されている民間窓口機関相互の取り決めであり、したがってこの取り決めが日本という主権国家の法にもとづいて執行されることにはならない。台湾との関係を律する国内法が日本に存在しないからである。
◆「日台交流基本法」制定を
加えて、中国の台湾に対する軍事的圧力や東・南シナ海における軍事的膨張を前にして、日台の安全保障対話、情報共有が日本の安全保障にとっていよいよ重要な課題となっている。安全保障対話や情報共有のためには、それを可能にする日本の国家意思を闡明(せんめい)した国内法が不可欠である。
民間窓口機関の合意で可能となるようなテーマではない。米国の台湾関係法に類する国内法が日本で制定されることを私は念じてやまない。しかし、日本の政府や国会においてその機運が高まっているようにはみえない。
米国の台湾関係法とて、海峡有事に際しての米軍による台湾防衛義務を規定しているわけではない。米中軍事力の相対関係は96年とは様変わりしており、海峡の一朝有事に際して米国の判断に逡巡(しゅんじゅん)が生じないとはいい切れない。日本の安全保障空間を少しでも広げておくためには、日本李登輝友の会が「日台交流基本法」と名づけるところの日本版台湾関係法の制定を欠かすことができないことを認識されたい。
(わたなべ としお)
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