大砲は無き道理を造る器械なり  渡辺 利夫(拓殖大学顧問)

 本日9月29日は、日本と中華人民共和国が「日中共同声明」をもって国交を樹立してから50年のその日であり、同時に、当時の大平正芳外務大臣による一片の談話により台湾の中華民国と断交した日でもある。大平外相は、日中共同声明への調印直後に開いた記者会見で「日華平和条約は存続の意義を失い、終了したものと認められる」と述べ、一方的に台湾との断交を宣言した。

 中華民国と日本は「日華平和条約」を締結していた。この条約は国会で批准した国際条約でもあったが、外務大臣の談話だけで破棄したのだった。法治国家にあるまじき非法な措置だった。

 本日は、このような非法行為をもって台湾の中華民国と断交したことに思いを馳せ、中国の太平洋への浸出を食い止めている台湾への思いを深める日でもある。

 節目の日の本日、本会会長でもある渡辺利夫・拓殖大学顧問は産経新聞「正論」欄に寄稿し、福澤諭吉の箴言を引きながら、8月の台湾周辺における演習の様から「いかにも手荒な国交樹立50年」と感懐を述べつつ「我が国人よ、日本を変えることができるのは日本人だけなのだ」と、日本の奮起を促している。

 一方、東京外語大学の小笠原欣幸教授は、日華断交後において「日台関係は大きく発展した。双方の交流は、貿易の量であれ、人の往来数であれ、国交があった時代より断交後の方がはるかに活発になった」と指摘し、台湾孤立化による統一という中国の期待は大きく外れた状況を具体的に挙げている。

 下記に、台湾の帰趨(きすう)と日本の対応をテーマとした2人の碩学の論考をご紹介したい。小笠原教授の論考は後編もあるそうで、発表され次第ご紹介したい。

—————————————————————————————–大砲は無き道理を造る器械なり  渡辺 利夫(拓殖大学顧問)【産経新聞「正論」欄:2022年9月29日】https://www.sankei.com/article/20220929-TK4SMXPLGJKNVAIHCX2MKX4M34/?394696

◆日中国交50年に際して

 ソ連崩壊にともないベラルーシ、カザフスタン、ウクライナの3国は保有核を放棄し、その代わりに米国、ロシア、英国が彼らの安全を保障するという国際合意が1994年に成立、「ブダペスト覚書」といわれる。2月以降のロシアによるウクライナ侵略はこの合意のあからさまな侵犯である。国際合意は専制主義国家の暴力的で覇権的な行動を抑止する力をもたなかったのである。

 中国の香港における狼藉(ろうぜき)は「香港国家安全維持法」により正当化されてしまった。1984年に中英合意が成り、中国全人代で「香港基本法」が成立、1997年以降の50年間にわたり香港の高度自治を維持する「一国二制度」が保障されることになった。しかし、道半ばでこの国際合意は弊履(へいり)のごとくに捨て去られてしまった。

 台湾は、中国が核心的利益と呼ぶところのそのまた核心だという。中国の台湾侵攻を抑止する国際的な合意はどこにも存在しない。ウクライナはロシアにより、香港は中国により、合意が存在していてもあたかも存在していないかのように振る舞われている。台湾海峡で何が起こるか。中国の専制主義的な体制と意思決定のありようを思うと身が縮む。

 台湾有事は日本有事であろう。中国は尖閣諸島の領有権はみずからにあると主張、しかも尖閣諸島を台湾の付属島嶼(とうしょ)群だとしている。台湾統一は尖閣諸島の領有と「ひと?(つな)がり」である。海警局船の領海侵入、中国海軍の軍艦や潜水艦による接続水域航行が頻繁化している。尖閣諸島は他国の支配がここに及んでいないことを確認したうえで、明治28(1895)年の閣議決定により標杭(ひょうぐい)を設置して以来、南西諸島の一部として日本の領有となった。中国が尖閣諸島の領有権を主張し始めたのは、その周辺に石油が豊かに埋蔵されていることが国連機関によって報告された1970年代以降である。近年の尖閣諸島への中国の接近と侵入はあまりにも威圧的であり、一触即発の危険がある。

◆中国の恫喝と福澤諭吉の箴言

 福澤諭吉は、明治11年の『通俗国権論』において次の箴言(しんげん)を残していた。「百巻の万国公法は数門の大砲に若(し)かず、幾冊の和親条約は一筺(いっきょう)の弾薬に若かず。大砲弾薬は以(もっ)て有る道理を主張するの備(そなえ)に非(あら)ずして無き道理を造るの器械なり」。習近平氏を仰ぐ中国共産党の振る舞いを見事に言い当てているかのごとくである。

 8月初旬のペロシ米下院議長の訪台への報復として実施された中国軍の軍事演習は、海峡中間線越え飛行の急増、台湾周辺への9発の弾道ミサイル発射を含む過去最大規模のものであったという。9発のうち5発が日本の排他的経済水域に撃ち込まれた。8月4日のことであったが、日本の国家安全保障会議が開かれたのは8日後の8月12日、わずか20分であったと報道されている。

 台湾海峡における中国の軍事的恫喝(どうかつ)のレベルが一段と上がり、これを既成事実として常態化させるというのが中国の狙いだと、日米の軍事専門家の何人かが語っている。今年9月29日は、昭和47(1972)年の日中共同声明の調印からちょうど50年である。いかにも手荒な国交樹立50年ではないか。

 アジア太平洋の地政学を顧みて、焦点はやはり台湾の帰趨(きすう)である。台湾社会はその深層部分にいたるまで民主主義が浸透している。市場経済を原則とし、分厚い中間層を擁して人々は台湾への帰属意識を格段に強めている。台湾住民の対日感情は世界のいずれに比較しても強く、台湾に深い思いを寄せる日本人は私の周辺のマジョリティである。もう一段高いリスクに対し米国には「台湾関係法」がある。これにもとづいて台湾有事に際して米国は台湾防衛に参戦するであろう。台湾が中国に?(の)み込まれるのを阻止することができなければ、米国は周辺諸国により?自由と民主主義を守る気はないのだ?とみなされて、彼らは一挙に中国に阿(おもね)る外交政策を採用することであろう。清朝以前の「華夷秩序」体系の再現であり、「海の中華帝国」が構築される蓋然性が高い。米国がこの状態を黙認すれば、米国自身のアイデンティティ・クライシスでもあろう。

 日本はどうか。平成27(2015)年に成立した平和安全法制によって、ようやく日本も同盟国との集団的自衛権行使を容認するにいたった。とはいえ大変に手の込んだ法律であり、有事においてこれが果たして即座に有効性を発揮するかどうか。少なくない懸念が私にはある。いや、私の懸念などどうでもいい。中国が日本の平和安全法制をそのようなものとみなしているとすれば、どうか。日本は排他的経済水域への弾道ミサイル発射を受けてなお平和安全法制の「事態認定」さえ行わなかった。中国による日本侵攻の、もう一段と高いリスクの既成事実を積み上げられたのではないか。

 我が国人よ、日本を変えることができるのは日本人だけなのだ。

(わたなべ としお)

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