――「彼等の中心は正義でもなく、皇室でもない、只自己本位でゐる」服部(11/16)服部源次郎『一商人の支那の旅』(東光會 大正14年)

――「彼等の中心は正義でもなく、皇室でもない、只自己本位でゐる」服部(11/16)服部源次郎『一商人の支那の旅』(東光會 大正14年)
【知道中国 2029回】                       二〇・二・十

――「彼等の中心は正義でもなく、皇室でもない、只自己本位でゐる」服部(11/16)

服部源次郎『一商人の支那の旅』(東光會 大正14年)

 ここで些か横道に逸れ、勝海舟の『氷川清話』(講談社学術文庫 2003年)の「海外発展」の項を引いておきたい。

 「海外発展といふ事は、貧乏で小ポケナ島国の日本にとつては最も肝要な事サ。しかもその行く順序がまるで?倒して居るよ」と切り出した海舟は、こう続ける。

 「まづ一番鑓が例の女だよ。お次がソレを顧客とする小商人やナラズ者サ。それからその地方が有望だといふ事でもつて中商人が行き領事館が出来るといふ始末さ。ソコで外国では日本人といふ奴はヒドイ奴ばかりだとなつて到るところ評判が悪く、万事警戒してかゝる。これもミンナ若い男共が意気地なく睾丸がない奴ばかりだからだ」。

 ここで海舟は話頭を転じ「ソコニなると外国の奴らは実に見上げたもの」として、「国外国の奴ら」の海外発展の順序を説く。

 「まづ海外不毛の地には教法師が行つて伝道もすれば、医薬慈善の事をやる一方、地方の物産や事情を本国に報告して何々の商売が有利だなどと報告する。今度は資力余りある富豪が出掛ける、小商人も行く、女も行く、領事館が行くといふ風である。ソレであるから外国人はみなその地方では評判がよく、たとへゴロつきでも紳士となり、婬売でも貴婦人として待遇されるわけサ」。

 かくて海外発展と女性の関係について、日本と外国を対比してみた。

 「一体醜業婦々々と言つて軽蔑するが、それを善用すればたいしたものだよ、日本のケチナ外交官などでは利用法も知るまいよ。ツマリ女などはホツといて構はぬに限るサ。万一事の起つた時は、ソンナ奴は日本人では御座らぬと突放していゝ事サ。日本の役人共は馬鹿正直で公私の区別を明かにせぬから困る。個人としては日本には悪徒も大分居るやうだが、国家としてはまるで馬鹿正直サ」。

 ついでだが勝は「近頃は、殖民論が大繁盛の様子だが、古人は黙つて居てもその実を行ひ、近人はやかましくいつても口ばかりだから困るヨ」と。勝の指摘は今も生きている。

 服部に戻るが、厦門、汕頭、香港から広州に至り、ここで引き返して北上し杭州、蘇州、楊州、南京、九江、廬山、漢口を回り、上海から朝鮮に戻って長旅を終える。各地で反日運動に遭遇した。

たとえば台湾人が多く住む厦門では、「臺灣人は日本人の保護を歡迎して居るから昨年の排日運動の時でも彼等は其反對運動に熱中して居る」。「臺灣の學生團及中國の不平分子が時々排日問題を起して見るが、籍民が多い爲め、大した事はない、その邊は北支那より餘程樂である」。「籍民」、つまり台湾人は大陸の外省人が根っから嫌い、大嫌いなのだ。

「人口約十萬人、日本人は二百人、臺灣人三百人」の汕頭で、日本は「文化事業の一である博愛醫院」を経営している。汕頭着は5月5日。前日(5月4日)には、北京で近代中国初の大規模な反日運動の五・四運動が勃発。そこで「五四記念日で〔中略〕三千人の學生が示威運動を行つた、處が中途から耶蘇學校生徒八百人が參加を拒絶した、彼等同志が分裂したのが頗る可笑しかつた、彼等の主張は今日は排日でない排外である、排英である」。

人口は約100万人で、「日本人は僅かに四百人位よりない」広州では、「街の辻々には『斃帝國主義、葬資本主義』と書いた赤布を引張巻いてある、人目を牽く場所の白壁に國民黨の主義綱領が筆太に書いてある」。

蘇州在住日本人から、「日本人は自國の風俗習慣性のみを尊重して、他國民の生活樣式に就き左程考慮しない、故に〔中略〕上海に於ても他國に卒先して排斥され」るばかりか、「第一番に日本の工場から狼火を擧」げられる――こう聞かされたと記している。《QED》

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