――「彼等の中心は正義でもなく、皇室でもない、只自己本位でゐる」服部(16/16)服部源次郎『一商人の支那の旅』(東光會 大正14年)

【知道中国 2034回】                       二〇・二・廿

――「彼等の中心は正義でもなく、皇室でもない、只自己本位でゐる」服部(16/16)

服部源次郎『一商人の支那の旅』(東光會 大正14年)

 

『一商人の支那の旅』の最後を、服部は「有色人種の奮起」と「日支兩國の提携」で締め括っている。

 「支那の先驅者廣東の思想界は、昨年來著しく變化し」、「東洋搾取の頭目英國は中國を亡ぼすものなりと之を極端に排除」し始めた。その代りに、「將來の中國としては何と言ふても同文同種の日本と相提携して東洋の安寧を圖らねばならぬ」との自覚が見られるようになった。加えて「純潔なる學生團の國家復興運動」が全土に漲り、北京大学や広東大学では「從來の排日方針」から「排白運動に傾きつゝある」。これは当然のことであり、「中國として最も慶賀すべき事だ」。

 「從來支那の社會民衆は政治に頗る冷淡であつた、極めて少數の遊民的政治家に外交的政治を放任して全く頓着せなかつた」ことで、亡国の危機を招いてしまった。こうなったのは「政府當路者の責任は勿論」だが、じつは「大體社會民衆が各自休戚に關する大問題を少數の者に放任してをつた無智の結果であると言い度い」。だから「此の危機を救濟するには、政治及外交を從來の政治職業者の手より奪い、社會民衆が自ら起つて國家復興の運動をする」べきである。

 そのためには先ず「從來の國民組織を根本より革め、完全なる立憲的國家を組織するのである」。立憲国家が完成すれば、「支那は幾年ならずして東亞の覇權を握り、再び唐宋時代の全盛を再現」できる。「要は社會民衆の奮起如何に歸するのである」。中国人が挙って立ち上がるなら、「我日本は朝野擧て物質上精神上、力の限りを盡して、中國復興の爲め援助することゝ信ずる」とした。

 かくて「我等日支の民は此信仰の上に起つて、喜び勇み堅く相提携し、大いに東亞の天地に活動し其與へられたる共存共榮の實を擧ぐべく努むべきものであると思ふ」と結ぶ。

「此信仰」とは「天は自ら助くるものを助く」「求めよさらば與へられん」を指すようだが、その前提として服部は「神は何の目的あつて我等九億の民生を東亞の天地に産んだのであらうか」と設問した後、「白色人種の餌食となるべく造られたものでは無」く、「天は東亞の天地を支配するが爲めに東亞民族を造られたのである」と説いた。

末尾に「本編は商人の余が見た支那觀である、恐らくは識者の嗤を買ふことであらうが、支那民族研究の一端として頂きたい(大正十四年六月三十日稿)」と付記し、自分の見解は飽くまでも「商人の余が見た支那觀である」ことを強調している。

ところで、アホな政権のトンマな外務大臣から指名され駐中国大使となったものの、商売とは勝手が違うのか数々のチョンボを重ねた元大商社の経営トップがいる。任を解かれた後は「元」の肩書を“売り物”に世間を誑かしているが、どうにもイタダケナイ。同じ「商人」とはいえ、自らを知る点において服部に信を置きたい。

そんな服部だが、やはり最後の最後に青臭い限りの信仰やら神やらを持ち出してしまったことから、「識者の嗤を買ふこと」を危惧した。そこで「商人の余が見た支那觀である」ことを強調したかったのだろう。だが、そうだとしても『一商人の支那の旅』の結論が「天は自ら助くるものを助く」「求めよさらば與へられん」の信仰告白では情けない限りだ。

たしかに「我等九億の民生」は「白色人種の餌食となる」ためではなく、「東亞の天地を支配するが爲めに東亞民族」は生きている。だが、ここで日本が「朝野擧て物質上精神上、力の限りを盡して、中國復興の爲め援助」した結果、「支那は幾年ならずして東亞の覇權を握り、再び唐宋時代の全盛を再現」した場合の彼らの振る舞いを振り返るべきだろう。やはり歴史は「日支兩國の提携」は百害あって一利もないことを物語っている。《QED》


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