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――「劣等な民族が自滅して行くのは是非もないこつたよ」東京高商(9)東京高等商業學校東亞倶樂部『中華三千哩』(大阪屋號書店 大正9年)

【知道中国 1869回】                       一九・三・初九

――「劣等な民族が自滅して行くのは是非もないこつたよ」東京高商(9)

東京高等商業學校東亞倶樂部『中華三千哩』(大阪屋號書店 大正9年)

「一寸したことだが大に注意する必要がある」と船津の挨拶に、若者は次のような感想を持った。

「これは僕も初耳だ。しかも我が内地の状態を見ると、『支那人』どころか、大抵は『チャンコロ』『チャンチャン』の此上ない侮辱的な言葉で、彼等を迎へる者が多い。之れは日清戰爭などの結果として、國内に廣まり、今に及んで居るのであらうが、此一語が如何に日支親善を害して居るかを考ふる時、吾人は大に言葉を愼まなければならぬ。口は禍の門と云ふが如斯言葉を發する日本人は、大抵は中國人輕蔑の心裡を抱いて居る」。だから日本人と「接する中國人、殊に敎育ある支那留學生の如きは極端に不快の念を植えつけられ、幾度かその言動を繰返さるゝ時は、遂には日本の凡てを嫌厭するに至り歸國の後は排日派の先鋒と化するに至るのは當然である」とした。そして最後に「僕は一人でも多くの國民が此點に注意せんことを望んでやまぬ」と記す。

さて「僕」の願いは、果して実現したのだろうか。

じつは船津総領事は「大學出の銀時計組でもなく、一介の書記生から、今日の運命を開拓した外交官」だというから、現在でいうならノンキャリ組ということになる。「支那に居ること廿餘年、複雜多岐なる支那政界の裏面は勿論、經濟界隈の方面にもよく精通して居る」。ことに「支那の如く、凡ての方面に於て組織なく秩序なく其眞相を捕捉することの困難な場所にあつては、凡庸の徒なれば兎に角、一かどの人物なれば多年其地にあつて、表裏に通じ、實情に徹したる外交官を必要とする」。「支那に居ること廿餘年」を長いというかも知れない。だが「彼の英國公使ジョルダン氏の如きは、滯支既に四十年に垂んとし、支那のこと知らざるなく通ぜざるなしと云はれてい居るのを以て見ても明らかである」。

翻って現在の日本外交を考えた時、外交官の間のキャリアとノンキャリの権限の違いは歴然としているといえよう。はたして現在の我が外交において往時の船津総領事のような条件を備えた外交官がいるのか。存在したとして、彼に存分な働きの場が与えられるように政治が機能しているのか。あるいは外務省内の外交政策意志決定のシステムが彼らの考えをとりいれるようなシステムになっているのか。外面から判断するしかないが、どうやら悲観的にならざるを得ないように思える。つらつら考えるに、日本には「彼の英國公使ジョルダン氏の如き」外交官は、金輪際生まれそうになさそうだ。

では、その背景には何があるのか。あるいは中央一極集中であると同時に横並び一線のという構造の日本型組織が醸し出す“ゆる~い土壌”が与かっているようにも思える。

じつは天津は「排日の本場」でもあった。「排日の思想が第一に具體化して現はれるのは排日貨であり、隨つて排日貨が貿易港で熾に行はれ、特に日本の物資を多額に輸入し、日本と經濟上最も密接な關係ある港にしては當然である」。そこで南の上海と並んで北の天津が「常に排日及排日貨の本場となるのは已むを得ない」。加えて「上海天津邊の支那學生は、その良否は兎に角、他都市に比して所謂新思想に觸れるものが多い上に、米國から歸朝した留學生等はReturned student associationを設けて團結し、盛んに親米を唱へ」ている。そればかりか、「裏面には之を操る糸があるのであるから、其の排日運動及宣傳に、根底に持久力あるを確知することが出來る」。

いわば一連の排日運動・宣伝の背後には親米派留学生を介してのアメリカの工作が見え隠れするということ。ならば「我國に於ても之を永く現状に放任することなく速に對抗策を講じなければ後日に悔を殘すであらうと思はれる」。

その後の推移を見るに、「速に對抗策を講じ」なかったということか。何故に・・・。《QED》

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