――「劣等な民族が自滅して行くのは是非もないこつたよ」東京高商(7)東京高等商業學校東亞倶樂部『中華三千哩』(大阪屋號書店 大正9年)

【知道中国 1867回】                       一九・三・初五

――「劣等な民族が自滅して行くのは是非もないこつたよ」東京高商(7)

東京高等商業學校東亞倶樂部『中華三千哩』(大阪屋號書店 大正9年)

若者は蘇州、南京など訪れる先々で壊れたままの名勝古跡を目にする。「中華の民は古蹟には、いゝにも惡いにも手を入れることをせない人種である」と、「東夷の學生」は呟く。

 南京郊外にある歴代皇帝の陵からの帰路のことだ。

 「附近の農家の子であらう、三四人、眞裸體の儘、返り路の馬車を追ひかけ來つて、金をねだる。試みに一錢を地上に投ずれば、拾つたものは去つて、他のものは更に何處までもと逐つて來る。獨り此地に止まらぬが、この現象を果してどう見ていゝのやら、無氣力、無敎育・・・・・・そんなありふれた言葉では足らぬ。哀れむべき彼等よ!」。

 南京城内に残る科挙試験場であった貢院の跡に立って「其官僚的な、杓子定規な樣子」に思いを馳せながら、「かくして支那の官吏や政治家は、實際を離れて空論に走り、經世的人物を失なひて偏屈なる迂儒を生じ、餘殃の根ざす處深く今日に及んで居るのである。古臭ひ試驗制度や、窮屈なる文官任用令などの囚はれて居る我國あたりも大に鑑みて可なりだ」。さて共産党の理論官僚に御用学者、それに変節知識人を現代の「迂儒」というのか。

 話は大冶鉄鉱山に戻るが、じつは若者は同鉱山における「獨逸の暗中飛躍」の姿を知ることとなったのである。

 清朝末期における近代化を進めた高官の1人である張之洞は長江中流域を管轄する湖広総督在任時、古書から管轄区域内の湖北省大冶県一帯に鉄鉱床があろうかと睨んだ。そこで「一八九〇年獨逸技師ライノンを聘して、實地踏査をなさしめた」。すると古書の記述に間違いはなかった。「ライノンは三旬の探査の後、古代製鐵の遺跡を發見し、次いで世界に有名なる本鐵山の發見するに至つた」。ところがライノンもさるものである。「單なる支那の忠實なる一傭技師に甘んぜんや、我が本國への忠義立ては此時と、張之洞へは知らぬ顔の半兵衛をきめこんで、裏面では早速北京の獨逸公使を通じて本國政府に密電を發し、利權の獲得を慫慂した」。かくてドイツ政府は“カモ葱”と判断したのだろう。即刻、在北京公使に訓令して一帯の採掘権と鉄道敷設権を「支那政府に要求せしめた」のである。

 寝耳に水の清国政府、飼い犬に手を噛まれた張之洞が烈火のごとく怒りまくったことは、やはり想像に難くはない。

 「當時獨逸のやり方が如何に狡猾であつたかは、大冶に行つたものは、素人でも直ぐ氣付く程」だったという。それというのも「殊更鐵路を迂回せしめて、距離を延長し」、なんとかして「機械材料などを少しでも多く買はせやうかとする根膽だつたのだ」。

 こうみてくると確かにドイツはセコイ。極めてセコイ。だが、これが国際社会では極く当たり前のことだと考えるべきだろう。

 時間を一気に一世紀ほど先に進ませた現在、ドイツのメルケル政権の中国経済への過度に傾斜を危惧して「中国に騙されるな」と忠告する声も聞かれる。だが、「獨逸技師ライノン」を中心とするドイツの動きを振り返ってみれば、それは要らぬオセッカイであり、ドイツにはドイツの魂胆があるのかもしれない。かりにドイツが騙されているとするなら、江戸の仇を長崎ででなはいが、「獨逸技師ライノン」の仇を21世紀で、といったところか。どちらにせよキツネとタヌキのバカ試合・・・おっと化か仕合といったところか。

 再び『中華三千哩』へ。幸運にも若者たちは大冶鉄山の経営者から招待を受ける。「精選した支那料理に、二十年も經つたと云ふ老酒(中略)を盛に飲ませられる」。「日本排斥の聲いたる處に起つて居る今日、支那人側でこんな盛な歡迎を受け樣とは」と、一杯が二杯、二杯が五杯。かくて「一行愉快まぎれに大いにメートルを擧げ、校歌を謡つたり」まではいいのだが、「支那料理の小間物屋の陳列はチト鼻に應え過ぎた」。確かに・・・。《QED》

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