中国、台湾のWHOオブザーバー参加、認める方針  吉村 剛史(ジャーナリスト)

 産経新聞の台北支局長をつとめ、現在はフリージャーナリストとして活躍している吉村剛史(よしむら・たけし)氏が「台湾がWHOにオブザーバー参加することが常態化する方向ですでに関係各方面との話し合い、調整が始まっている」と、中国の孔鉉佑駐日大使が発言したと伝えている。

 3月27日の日本記者クラブでの会見後、孔鉉佑駐日大使が吉村氏の質問に日本語でそう答えたという。これが事実ならスクープもの、特ダネだ。

 中国が台湾の国際的な孤立化を狙い、世界保険機関(WHO)や国際民間航空機関(ICAO)、国際刑事警察機構(ICPO)の年次総会などへのオブザーバー参加を阻止し、2016年12月のサントメ・プリシンペ民主共和国にはじまり2019年9月のキリバス共和国まで7カ国との断交を仕掛けてきたことは周知のこと。その他にも、台湾への個人旅行を一時停止したり、台湾人向けに中国での居住証を発行するなど、あの手この手で台湾に圧力をかけ続けている。

 中国が米国の裏庭とも呼ぶべきパナマやドミニカ共和国、エルサルバドルが台湾と断交したことから米国も危機感を募らせ、米連邦議会が「台北法案」を発議し、トランプ大統領が3月26日に署名して成立させている。

 吉村氏も指摘するように、中国はこれまで「台湾を『核心的利益』『不可分の領土』とし、台湾の国連機関への関わりについて、厳しく牽制」してきた。なぜなら、これは二つの中国を絶対に認めない「『一つの中国』原則」という核心的利益に基づいている。

 その中国が「『一つの中国』原則」を後退させ、台湾のWHOオブザーバー参加の常態化を認める方向で調整しているというのだ。これが実現するなら画期的なことで、武漢肺炎後の世界は大きく変わる。

 今般の武漢肺炎(COVID-19)問題では、台湾の対応が世界的な評価を受けている。日米やIUなども台湾のWHOへのオブザーバー参加を支持している。

 安倍総理が「政治的な立場において、『この地域は排除する』ということを行っていては、地域全体を含めた健康維持や感染の防止は難しい」(1月30日の参議院予算委員会)と、改めて台湾のWHOオブザーバー参加を支持したように、ウイルスは政治と関係せず、また謝長廷・台北駐日経済文化代表処代表が指摘したように「ウイルスは国籍も人も選ばない」(3月5日付「毎日新聞」)。

 米国は、成立したばかりの「台北法」では台湾が国際機関へ加盟したりオブザーバー資格で参加したりできるよう、大統領が国際社会に働きかけることも促していることから、台湾のWHOオブザーバー参加をさらに働きかけを強めることも予想される。

 いかに中国と言えど、中国寄りのテドロスWHO事務局長と言えど、この世界的な趨勢には太刀打ちできないということなのかもしれない。

 台湾がWHOへのオブザーバー参加が再び実現し、常態化するのなら、これは台湾のこれまでの努力が実ることであり、万人の有する基本的権利である最高基準の健康を享有することを守るべき立場にあるWHOが本来の姿に復することだ。一日も早くその日が来ることを願いたい。

—————————————————————————————–中国、台湾のWHOオブザーバー参加、認める方針孔鉉佑中国大使が見解、「WHOは中国寄り」の批判かわす狙いか吉村剛史(ジャーナリスト)【JBpress:2020年3月29日】https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/59933

 新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)感染症がパンデミック(世界的な大流行)を引き起こす中、中国の孔鉉佑駐日大使は、台湾の世界保健機関(WHO)参加に関する筆者の取材に応じ、今後はWHO年次総会などにオブザーバーとして参加することが常態化してゆく、との見解を示した。「すでに関係各方面との調整が始まっている」という。

 台湾の蔡英文政権は中国の圧力の中、ここ数年中国が強い影響力を持つWHOから締め出されていたが、中国湖北省武漢市に端を発した新型ウイルスの感染拡大をめぐって、防疫における地理的空白地帯の存在が国際社会から疑問視されるなか、今後はこの問題で中国が柔軟な姿勢をとっていく方向性を示唆した。国際社会の批判をかわす狙いとみられる。

◆蔡英文政権になるとWHOから締め出されるように

 孔氏は27日、東京都千代田区内幸町の日本記者クラブで会見し、中国における新型コロナウイルス対応の現状などについて話した。

 しかし台湾のWHO加盟問題には触れられないまま時間切れとなったため、終了後、筆者が補足の質問として直接、孔氏に問いかけたところ、応じた。

 台湾がWHOから締め出されてきた状況が世界的に疑問視されている中、「今後は台湾がWHOにオブザーバー参加することが常態化するとみていいか」との質問に対し、「おそらくそうなるだろう。その方向ですでに関係各方面との話し合い、調整が始まっている」と日本語で答えた。

 台湾は中国の国連加盟に伴い、1971年に国連機関を脱退。このため国連の専門機関であるWHOも「一つの中国」の原則を掲げる中国の圧力により、加盟できない状態となっている。

 しかし、2002年に中国で端を発し、翌03年に台湾などで流行した重症急性呼吸器症候群(SARS)の問題を機に、政治問題に由来する防疫面の地理的空白地帯の存在は、国際社会の問題の一つとして認識されるようになり、台湾のWHO参加は課題となっていた。

 台湾は、中国との関係強化を推進した馬英九政権(中国国民党)当時の2009年から16年までは、8年連続でWHOの年次総会にオブザーバー参加が認められていた。しかし、中国と距離をおく蔡英文政権(民主進歩党)が発足した後の2017年以降は、中国の反発、圧力などで総会から招待されなくなっていた。

◆「WHOは政治的中立保てていない」との批判高まる

 台湾のWHO参加については常に中国との間の政治問題が障壁としてつきまとう。国連常任理事国である中国は、国連の活動資金となる各国の分担金拠出額において米国に次ぐ第2位で、台湾への圧力を加えやすい立場にある。このため台湾はWHO専門家会合への参加も容易ではなく、19年に台湾が参加を申請した専門家会合のうち、7割近くがWHOから出席拒否されており、蔡政権は「WHOから情報が提供されず、感染症の封じ込めに失敗すれば、多くの命が犠牲になりかねない」などと強く訴えていた。

 しかし、今回の新型ウイルス問題では、英紙フィナンシャル・タイムズなどが、中国湖北省武漢市当局による感染拡大の報告が遅れや、隠蔽もあったなどと報じるなか、WHOのテドロス事務局長が「中国が何を知っていたか性急な推測をすべきではない」などと、同紙インタビューの中で中国をかばう姿勢が浮き彫りに。

 テドロス氏は、中国から巨額の投資を受けるエチオピアの元保健相でもあり、「WHOは政治的な中立を保てていない」という国際社会の疑念も浮上し、米国発の署名サイトではテドロス氏の事務局長辞任を要求する署名活動に署名が殺到した。

◆批判かわすため態度を軟化させた中国

 一方、今回の新型ウイルス問題で台湾は、2003年のSARS感染拡大時の封じ込めの経験をもとに、迅速かつ厳格な水際の防疫対策を展開し、国際社会で高く評価されている。加えて台湾を締め出してきたWHOに対し国際社会は「中国寄り」「台湾を排除している」と疑問視。これにWHOも配慮せざるを得なくなったことが追い風となったかっこうで、2月11〜12日にスイス・ジュネーブで開催された、新型ウイルスによる肺炎の治療法やワクチンについて話し合う、WHO緊急専門家会合には、台湾の専門家も「台北」からだとして、テレビ会議の形式で参加が認められた。

 台湾の外交部(外務省に相当)はこれについて、台湾とWHOとの直接交渉の結果で、中国の承認は必要なかったと表明。一方、ロイター通信によると、中国外務省は中国が台湾の出席を承認したため、としており、双方の見解は食い違っていた。

 ただ、今後の台湾のWHO参加について、馬政権当時のようにオブザーバー参加することが常態化する、との孔氏の見解は、台湾を「核心的利益」「不可分の領土」とし、台湾の国連機関への関わりについて、厳しく牽制してきた中国が、国際社会の批判の矛先をかわすために、この面で柔軟な姿勢に転じたことを示しているといえそうだ。

 日本記者クラブでの会見では孔氏は、新型コロナウイルスの中国での感染ペースは減速傾向にあるとして、「中国本土の感染拡大は遮断できたと考えている」と述べる一方、コロナウイルスの呼称や発生源をめぐって応酬が展開された米中関係に関する質問については、「発生源がどこかは専門家の間では定説がない。専門家以外のいかなる議論も今は意味がない」などとする見解も示している。

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吉村剛史(よしむら・たけし)1965年(昭和40年)、兵庫県明石市生まれ。日本大学法学部卒後、1990年、産経新聞社に入社。阪神支局を初任地に、大阪、東京両本社社会部で事件、行政、皇室などを担当。夕刊フジ関西総局担当時の2006年〜2007年、台湾大学に社費留学。2011年、東京本社外信部を経て同年6月から、2014年5月まで台北支局長。帰任後、日本大学大学院総合社会情報研究科博士課程前期を修了。修士(国際情報)。岡山支局長、広島総局長などの担当を経て2019年末に退職。以後フリーに。主に在日外国人社会や中国、台湾問題などをテーマに取材。共著に『命の重さ取材して─神戸・児童連続殺傷事件』『教育再興』、『ブランドはなぜ墜ちたか─雪印、そごう、三菱自動車事件の深層』)、学術論文に『新聞報道から読み解く馬英九政権の対日、両岸政策−日台民間漁協取り決めを中心に』(2016)など。日本記者クラブ個人会員。YouTube番組『デイブ&チバレイの新・日本記』『巨漢記者デイブのアジア風雲録』(Hyper J Channel、2019〜)でMCを担当。

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