大使の「台湾のWHO参加容認」発言翻す中国の迷走 吉村 剛史(ジャーナリスト)

 本誌3月29日号で、「台湾がWHOにオブザーバー参加することが常態化する方向ですでに関係各方面との話し合い、調整が始まっている」と、中国の孔鉉佑駐日大使が発言したと伝えるジャーナリストの吉村剛史氏の記事を紹介しました。

 そのとき「これが事実ならスクープもの、特ダネだ」「これが実現するなら画期的なことで、武漢肺炎後の世界は大きく変わる」と書きました。

 ところが、その後の経緯はビックリの連続。なんと駐日中国大使館のホームページは「日本メディアの根拠のないフェイクニュース」と断ずる「日本メディアによる虚偽報道に関する声明」を掲載し、果ては吉村氏の抗議の電話に対して「そのような取材自体なかった」と答えたというのです。吉村氏が詳しくレポートしていますので下記に紹介します。

 このレポートを読んで唖然としない人はいないのではないでしょうか。これで思い出したのが、追突事故を起こした新幹線(高速鉄道)の車両を事故翌日に埋めてしまったことです。

 東日本大震災から4ヵ月後の2011年7月下旬に浙江省の温州市で起こった事故ですが、生存者の捜索が完全に終わらず、遺体や遺品も残っていた可能性があるにもかかわらず、高架橋にぶら下がるように垂れ下がっていた先頭車輛を切り離して壊し、大きな穴を掘って埋めてしまいました。このニュース映像を覚えている方も多いかと思います。

 当然のこと、証拠隠滅ではないかという批判が巻き起こりましたが、高架橋の上における救援作業を行うために行ったもの、作業をしやすくするためと嘯いたのでした。なんと、まるで事故はなかったかのように、埋めた後、数時間して新幹線を走らせ、2度ビックリさせられたことを思い出します。

 フェイクニュースだと情報を操作したり、「取材自体なかった」とする中国側の遣り口は、新幹線埋めと同じくなんとも露骨な遣り口です。中国共産党政権にとって都合の悪いことは徹底的に潰しにかかるという、とても分かりやすい事例がまた増えました。

 恐らく、孔鉉佑駐日大使は粛清され、2度と日の当たるポストには就けないのではないでしょうか。

—————————————————————————————–吉村 剛史(ジャーナリスト)大使の「台湾のWHO参加容認」発言翻す中国の迷走大使発言を伝える報道を「フェイク」扱いする巨竜・中国の狭量さ【JBpress:2020年4月4日】https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/60026

 新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)感染症がパンデミック(世界的流行)を引き起こす中、中国の孔鉉佑駐日大使が台湾の世界保健機関(WHO)年次総会へのオブザーバー参加に関し、「今後は常態化してゆく」との見解を示した報道が物議をかもしている。

 筆者は孔氏への直接取材をもとに、3月29日、JBpressにて発信したが、31日になって、駐日中国大使館は突然ホームページでこの報道を「フェイクニュース」だと断じる声明を発表。4月1日夕には中国国務院台湾事務弁公室(国台弁)もこれを受けて同公室ホームページ上で、台湾のWHO総会参加は、「一つの中国の原則の下で対処するのが必須」とする広報官談話の新華社電を掲載。さらに駐日大使館では「取材自体がなかった」との仰天スタンスで筆者の抗議を一蹴しており、中国問題研究者らは「北京と在外公館との意識のねじれや、習近平指導部内の混乱などが垣間見える対応」と分析している。

・参考記事:中国、台湾のWHOオブザーバー参加、認める方針 https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/59933

◆衆人環視の中、流暢な日本語で語ったのに

 改めて経緯を報告しよう。

 孔大使は3月27日、東京都千代田区内幸町の日本記者クラブで会見し、中国における新型コロナウイルス対応の現状などについて話した。しかし台湾のWHO加盟問題に触れず、終了後、筆者が孔氏と名刺交換の際に、補足質問として直接、問いかけたところ、周囲の内外記者らが見守る中、孔氏が応じた。

 近年台湾がWHOから締め出されてきた状況が今回のパンデミックで世界的に疑問視されている中、「今後は台湾がWHOにオブザーバー参加することが常態化するとみていいか」との質問に対し、孔氏は「おそらくそうなるだろう。その方向ですでに関係各方面との話し合い、調整が始まっている」と日本語で答えた。

 台湾は中国の国連加盟に伴い、1971年に国連機関を脱退。このため国連の専門機関であるWHOも「一つの中国」の原則を掲げる中国の圧力により、加盟できない状態にある。しかし、2002年に中国で端を発し、翌03年に台湾などで流行した重症急性呼吸器症候群(SARS)の問題を機に、政治的理由に由来する防疫面の地理的空白地帯の存在は、国際社会の問題のひとつとして認識されるようになり、台湾のWHO参加は常に課題となっていた。

 台湾は、条件付きながら「一つの中国」の建前で中国との関係強化を推進した馬英九政権(中国国民党)当時の2009年から16年までは、8年連続でWHOの年次総会にオブザーバー参加が認められている。

 しかし、台湾の独自性を重視し、中国と距離をおく蔡英文政権(民主進歩党)が発足した後の2017年以降は、中国の反発、圧力などで総会から招待されなくなっており、蔡政権は「WHOから情報が提供されず、感染症の封じ込めに失敗すれば、多くの命が犠牲になりかねない」などと強く訴えていた。

 今回、ポンペオ米国務長官は3月25日の先進7カ国(G7)外相会合で、「一義的な責任は中国にある」「ウイルスが世界に及ぼすリスクを認識しながら早期の情報共有を怠った」などと中国を非難する姿勢を強めているのをはじめ、台湾・蔡政権を締め出してきたWHOの姿勢も国際社会から「中国寄り」「政治的中立性を保てていない」との厳しい批判にさらされている。

◆大使館の中国語ページにだけ「完全否定」声明を掲載

 孔氏が当初示唆したように、中国と距離をおく蔡政権のWHO年次総会へのオブザーバー参加が認められる流れならば、中国湖北省武漢市に端を発した新型ウイルス感染症のパンデミックで国際社会の厳しい視線にさらされている中国の、この問題における姿勢の軟化の表れとみて大使の見解を報じた。例え個人的見解を述べたものであったとしても、その語調は明瞭で、うっかり不用意な発言をしたかような印象は一切なかった。

 しかし、大使発言を報じた筆者の記事はその後、台湾メディアにも転載されて、物議をかもすなど、波紋が広がった。報道から丸2日後の3月31日になって駐日中国大使館は広報官の「日本メディアによる虚偽報道に関する声明」として、「WHOは主権国家で構成された国連専門機関」とし、従来通り「一つの中国」の原則で対処することや、「日本メディアの根拠のないフェイクニュース」に遺憾の意を表明し、孔氏の発言に基づく報道を完全否定。翌4月1日には国台弁もこれを受けてホームページ上で「一つの中国」を原則とする中国の従来通りの姿勢を強調した。報道から一定の時間が経過した後の反応で、大使館と本国とで善後策が協議されたとみられる。

 孔氏の発言は、台湾を「核心的利益」「不可分の領土」とする北京・習近平指導部、国台弁から問題視されたと思われるが、駐日大使館広報官の声明は、大使館のホームページの中国語ページのみに掲載されており、取材時に孔大使と名刺を交換した筆者や、JBpressに対しては現在まで何の反応も寄せられてない。

◆筆者の抗議に対し「明日大使館においでください」

 声明を受けて、筆者は4月1日、中国大使館広報部に電話で「取材にあたった当事者である記者に何の連絡もなく報道を一方的にフェイクニュースだとするのは容認できない」と強く抗議。しかし担当者は「そのような取材自体なかった」と、仰天の理由を掲げて一蹴。「私の孔大使への取材は他の記者の目前で行っており、証言者、内容の記録もある」と説明すると、いったん時間を置いた後、「明日大使館においでください」と態度を一変。

 果たして、2日午前、東京都港区の中国大使館を訪れ、応対に出た広報部参事官に、「大使発言を修正する必要が生じたということであるならば、そちらの事情も汲むので、改めて大使に同じ質問をする機会を設けるべきではないか」と申し入れたところ、「提案は上司に伝えます」と応じた。しかし、同日夕になって広報部員から打ち返しの電話があり、「声明文以上に申し上げることはありません」として取材は打ち切られた。丸1日かけた内部での検討結果を伝達する広報部員の声が、非常に申し訳なさそうなトーンだったのが、大使や大使館の複雑で微妙な立場をうかがわせた。

 筆者が受け取った孔駐日中国大使と広報担当参事官の名刺。 衆目の中で実施した孔氏との質疑応答に関し、大使館は「取材自体なかった」との仰天スタンスだ。

 一連の新型ウイルス感染症に関し、米ブルームバーグ通信は4月1日、米情報機関が「中国が新型ウイルスの感染者数と死者数を過少に報告し、流行の規模を隠蔽してきた」などとする報告書をまとめ、ホワイトハウスに提出したことを報じている。

 また、中国・武漢市で新型コロナウイルス感染症が発生した2019年12月、中国当局の公表前に、ウイルスの危険性について警鐘を鳴らした同市の李文亮医師に対し、武漢市公安局は「デマを流した」として訓戒処分としたが、その後、自身も新型ウイルスに感染して死去した李氏について、国の調査チームが処分は「不当で、法執行の規範に基づいていない」などと認定。公安局は李医師への処分を撤回し、謝罪しており、李氏の死を機に、中国の内外では「言論の自由」を求める声がたかまりをみせているが、当局はこれをけん制する姿勢も強く示している。

 中国における言論は、在外公館においても、また大使クラスであっても、不自由な環境にあることを実感させられた体験だった。

※この記事はメルマガ「日台共栄」のバックナンバーです。


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