台湾統一地方選挙「九合一」はここに注目  福島 香織(ジャーナリスト)

【JBpress:2022年11月24日】https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/72853

 11月26日に、台湾にとって重要な統一地方選挙「九合一」(9つの選挙を同時に行うの意)選挙の投開票が行われる。

 いずれの選挙も、国政に関わる政治家を選ぶ場ではなく、本来なら住民に身近な暮らしの問題を託す地元のリーダーを選ぶ選挙なのだが、習近平の3期目の総書記続投が決まり、「中国の脅威」をどのように台湾有権者が考えているかのリトマス試験紙的役割も果たす意味で注目されている。

 また与党に対する満足度が投票結果に表れるとして、現政権、つまり蔡英文執政の成績表的な意味合いも持つ。この選挙で民進党が良い結果を収めると、2024年の総統選挙で、習近平が敵視する民進党政権が勝つ可能性がそれだけ高まるということだ。

 民進党は92年コンセンサス(「一つの中国」原則の合意)を認めず、中国側から「台独(台湾独立)を画策している」と批判されている政党。国民党は党是として中国共産党と和平協議を行うことを掲げている平和統一派。そして、台北市長の柯文哲が2019年に創設した新党の民衆党は、米国とも中国ともビジネス上うまくやっていきたい友中親米を謳う日和見路線。

 そういう意味では、台湾の安全保障にも直結する重要な選挙だ。あと2日に迫る九合一選挙の注目点を解説したい。

◆2018年の九合一選挙では国民党が圧勝

 九合一は4年に一度行われる台湾の統一地方選挙である。6直轄市(台北、新北、桃園 台中、台南、高雄)市長、直轄市議員、県市長、県市議員、郷鎮首長(日本の町村長に相当)、郷鎮市民代表(日本の町村議員に相当)、里村長(日本の町長に相当)、山地先住民区長、先住民区民代表を選ぶ9つの選挙が行われる。

 22市県の首長と、910人の市県議、204人の郷鎮首長および先住民区長、2139人の郷鎮市民代表および先住民区民代表、7748人の里村長(嘉義市長選は候補者急逝のため12月18日に延期)が選出される。当選者は12月25日より就任することになる。

 有権者はおよそ1930万人。11月26日は午前8時から午後4時までの間に指定の投票場に赴き投票する。同時に、選挙権年齢を今の20歳以上から18歳以上に引き下げることの是非を問う公民投票も実施される。

 選挙の注目点は22市県の首長選挙だ。台湾地図の中で、この22市県のうち首長が民進党系であれば緑、国民党系であれば青に色付けされ、緑と青どちらが多いかということで民進党勝利、国民党勝利と報道される。

 2018年の九合一選挙では、高雄市長選で国民党候補・韓国瑜の選挙運動が一大ブームを引き起こし、台湾が青に染まり国民党圧勝となった。22市県首長の内訳は国民党15、民進党6、無所属(台北市の柯文哲)1。この時、国民党の救世主となった韓国瑜は2020年の総統選で国民党候補となったが、わずか2年で高雄市長の責任を投げ出した無責任さを含め、政治家としての資質のなさが有権者にもばれて、この時は現職候補の蔡英文が圧勝した。

 2018年の韓国瑜ブームには中国の「ネット水軍」と呼ばれるオンラインコメンテーターらによる台湾世論誘導があり、2020年の総統選では民進党が中国のこうしたネット世論誘導対策をうまく行えていた、という評価もある。韓国瑜が総統選出馬のために高雄市長を辞任したあとは、民進党の陳其邁が補選で選ばれ就任している。

 今回の九合一選挙だが、22市県の首長選挙で本来なら民進党が盛り返すことが期待されていた。だが、選挙直前の状況からみるに、民進党の盛り返しは期待できない。それどころか惨敗の可能性も言われ始めた。要因の1つは、柯文哲・台北市長が総統選出馬を念頭に作ったといわれる新党・民衆党の推薦・公認の候補が加わり、票の流れを複雑にしている部分がある。

◆桃園市長選、民進党と国民党の候補者が一騎打ち

 注目すべきは、まず6直轄市の市長がどうなるか。目下のところ台南、高雄、桃園の市長は民進党の緑、台中、新北は国民党、そして首都の台北が柯文哲の民衆党。台南と高雄は民進党候補が有利とされ、台中、新北は国民党が牙城を守るとみられる。

 焦点は、桃園と台北の激戦を誰が勝ち抜くかだ。

 北部はもともと国民党の票田だ。だが、桃園が県から直轄市に昇格した直後の2014年の九合一選挙で民進党の鄭文燦が当選し、2018年選挙もその行政手腕を評価されて再選した。

 鄭文燦は1990年3月に台湾の民主化を推し進めた野百合学生運動の呼びかけ人の一人。桃園市長就任後、県の財政を住宅問題や交通インフラ整備などに重点的に振り向け、市のGDPを急成長させた。それまで民進党の政治家は実務手腕がない、という評価を鄭文燦は覆したのだが、この鄭市長の遺産が、次の民進党候補に受け継がれるか。

 桃園市長選での民進党の後継候補は、民進党団幹事長の鄭運鵬、49歳。有名なSF作家である鄭運鴻氏の弟で、日本のガンダム好きであることでも知られる。桃園選挙区で二度にわたり立法委員(国会議員)選を勝ち抜いてきた有望株だ。

 対抗馬の国民党候補、張善政は68歳で、台北市長を務めた馬英九時代には行政院長を務めたベテラン。韓国瑜の2020年総統選出馬のときは副総統候補として並び立ったが、「蔡英文総統は子どもを生んだことがないため親の気持ちが分からない」といった未婚女性に対する蔑視と受け取られる発言をしたりして物議を醸した。最近、大手パソコンメーカー、エイサーの副社長時代、報告書で剽窃を行ったことが暴露されるスキャンダルも発生している。また張善政が有権者に送ったインスタントラーメンの価格が、選挙運動に使用してよい限度額30ニュー台湾ドルを超えていると鄭運鵬から指摘される「贈賄」問題も起きている。

 11月15日に発表された「ETtoday新聞雲」の調査では、鄭運鵬支持が35.3%、張善政支持が38.2%とほぼ互角で、一騎打ちの形となる。

◆女性有権者の不評を買った台北市長選候補者

 そして最大の注目選挙は台北市長選だ。無所属の現職・柯文哲市長が後継として推す女性候補・黄珊珊と、民進党候補の元厚生福利部長(厚生相)の陳時中、国民党候補で蒋介石の曾孫にあたる蒋萬安の三つ巴選となっている。

 ETtoday新聞雲の民意調査によれば、黄珊珊が22.5%、陳時中が29.4%、蒋萬安が37.9%で、イケメンで血統のよい国民党プリンスの蒋萬安有利の予測がでている。

 民進党の陳時中は、蔡英文政権の新型コロナ防疫政策の陣頭指揮をとり、その誠実で温厚な人柄から支持を得るという期待が民進党側にあったようだが、オミクロン株拡大で、その「ウリ」であった「台湾新型コロナ防疫政策の成果」の印象が薄らいでしまった。国民党からは「中国からのワクチン輸入を妨害した」として、蔡英文の新型コロナ防疫政策は失敗と批判されている。

 ちなみにBBCによれば、オックスフォード大学のデータベースを基に世界38カ国のOECD国家の百万人口単位の累積死亡数は443.38人で、台湾より少ないのはニュージーランド(384.43人)、日本(351.83人)、シンガポール(294.85人)だけ。強制措置をとって市民に我慢を強いた台湾の厳格な防疫政策に比して、この数字を成功とするか、失敗とするかは意見の分かれるところである。

 さらに陳時中の支持率が伸び悩んだのは、選挙戦があまりに下手であったことも一因だ。最大の失敗は9月3日、台北市が管轄する7200の公衆トイレを将来的にスマートトイレ(ウォッシュレット付き、自動洗浄の高機能トイレ)に更新するという記者発表時に流したPRビデオだ。男性タレントがトイレで紙がないことに気づいて、ドア越しに紙をくれるように焦って呼びかける。すると陳時中がトイレのドアの上から痴漢のようにのぞいて、にこやかにスマートトイレの便座を渡すというものだった。その様子が「気持ち悪い」と女性有権者の不評を買ったのだ。

 その後、懸命に謝罪するも、一度広がった「痴漢みたい」という印象はなかなか払拭できなかった。このPRビデオを作った陳時中PRチームも、ゴーサインを出した陳時中自身も、ユーモアのセンスに欠け有権者心理に疎いことが判明してしまった。

◆新竹市長選、女性候補者がスキャンダルで潰し合い

 もう1つの注目点は、台湾で最も金持ちが集まる都市、新竹市の市長選だ。

 2014年から民進党の林智堅が市長を務めていたが、市長任期は最大で2期8年なので、桃園市長選に出馬するつもりだった。だが出馬のために新竹市長を辞任した直後、過去の台湾大学と中華大学の修士論文剽窃スキャンダルが暴露され、学位を抹消される騒ぎとなり、立候補を辞退する羽目になった。この事件は桃園市の民進党候補への評判を悪くするだけでなく、元新竹市副市長で新竹市長選の民進党候補、沈慧虹を失速させることにもなった。

 新竹では、民衆党公認の女性候補の高虹安、国民党候補の林耕仁、民進党候補の沈慧虹による三つ巴選となっているが、現状では高虹安と沈慧虹の女性候補同士が収賄スキャンダルで潰し合っている。高虹安が、沈慧虹と前市長の林智堅が汚職していると発言し、沈慧虹がこれを名誉棄損、選挙妨害であると刑事告訴。これで国民党候補の林耕仁が今のところ有利になっている。それまでは高虹安が有利とみられ、新竹市と台北市で民衆党公認・推薦候補が勝利すれば、柯文哲が2024年の総統選に出馬する可能性も高まるとみられていた。

 今の情勢を冷静に見れば、民進党は新竹を失い、下手をすれば台北と桃園を落とすかもしれない。確実に首長を取れるのは22市県中、台南市、高雄市、嘉義県、屏東県の4市県のみ。台北と桃園が取れれば、むしろ民進党大勝利と見出しを打つだろう。桃園を死守できても台北を国民党に奪われれば、それは蔡英文執政にケチがついたということになり、2024年の民進党総統選候補にも影響を与える。

◆蔡英文政権は「中国の脅威」を追い風と見て油断?

 選挙戦が始まる前に中国がさんざん台湾に対して軍事恫喝めいた行動を行ったことで、「抗中保台」(中国に抵抗して台湾を守る)が争点になれば民進党有利と言われていた。蔡英文政権は「中国の脅威」を追い風と見て油断していた部分があったかもしれない。

 だが、中国の脅威が高まれば、与党としては徴兵制度延長議論や防衛費増問題に向き合わねばならず、野党側の「青年たちを戦場に行かせるのか」という訴えは現実味を帯び始める。そんな重いテーマは、国政と関係のない九合一選挙で争点化とするのも難しかったようだ。

 ただ、台湾の選挙は一夜で空気が変わることがたびたびある。この選挙が2024年の総統選にどのような影響をもたらすかについては、選挙の結果を見てから考えてみよう。

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