先に本会に教科書問題委員会が設置され、副会長で杏林大学客員教授の田久保忠衛氏が
委員長に就任したことをお伝えしましたが、昨日の産経新聞「正論」欄で田久保委員長が
中学校社会科の地図帳と外務省のホームページ問題に論及しました。
これは、笠浩史衆院議員の「質問主意書」とそれに対する小泉首相の「答弁書」に基づ
いてなされたもので、サンフランシスコ講和条約や日中共同声明、あるいは日本ではほと
んど取り上げられることのないアメリカの「台湾関係法」を踏まえ、地図帳や外務省ホー
ムページが台湾の地位をないがしろにしている現状を告発しています。大平外相発言より
後退する政府見解を取り上げ、国際関係における台湾の地位の重要性を剔抉する、まさに
字義通り「正論」にふさわしい内容です。
ここに、改めて笠浩史議員の「質問主意書」と政府の「答弁書」をご参考までに掲載し
ます。中学校社会科の地図帳および外務省ホームページが速やかに訂正されるよう、皆様
方のお力添えをお願いします。
教科書問題委員会
安易に過ぎる台湾の地図上表記−外務省は日本の基本線忘れるな
【11月27日付産経新聞「正論」】
杏林大学客員教授 田久保 忠衛
≪≪≪ ≫≫≫
理解できぬ国境線の位置
伊藤博文、大久保利通の下で知的助言者としての役を演じた井上毅は、日清戦争直後に
伊藤首相に献策書を出し、その中で「もし台湾がどこの国に移るかによって、その利害は
天地ほどの差が出てくる。台湾なるかな、台湾なるかな」と述べた。以来、多少とも地政
学的思考をする政治家であれば、台湾が日本の安全保障にとっていかなる意味を宿してい
るかを知らないはずはない。
にもかかわらず、台湾は中国に属すると言わんばかりの公の文面が二つ目についた。帝
国書院の「新編中学校社会科地図最新版」と東京書籍発行の「新しい社会科地図」で、二
冊とも台湾の東側(太平洋側)に国境線を引き、台湾を中華人民共和国の領土として扱っ
た。二冊の地図帳で使われている資料はすべて中国の資料だ。
両社は、国名を含めた国土・領域の記載は外務省が編集協力している「世界の国一覧表」
(世界の動き社)と日本政府の見解に基づいていると説明している。ところが「世界の国
一覧表」は台湾を独立国として扱ってはいないが、中華人民共和国とは別の「その他の主
な地域」に分類している。
この点に関し、民主党の笠浩史衆議院議員が政府に質問書を出した。ところが、去る十
五日になされた回答では、「中華人民共和国は台湾が中華人民共和国の領土の不可分の一
部であるとの立場を表明しており、日本国政府はその立場を十分に理解し尊重することを
明らかにしている」(日中共同声明)を挙げ、二冊とも検定基準に照らし、教科書用図書
検定調査審議会の専門的な審議により「適切であると判断された」と、木で鼻をくくった
ような説明をしている。
もう一つは外務省のホームページに表されている地図である。ここには中国大陸と台湾
が同じ色で塗られており、どうみても一つの中国になっている。完全に調べたわけではな
いが、米国人が一般に使用する地図や身の回りにある日本の地図で目についたものの中に
、台湾の東側に国境線を設けているものは見当たらない。
≪≪≪ ≫≫≫
全ての決め手は台湾人に
ここで改めて明確にしておきたいのは、台湾の所属に関する日本の立場である。日本は
サンフランシスコ平和条約第二条B項で「台湾および澎湖島に対するすべての権利、権原
および請求権を放棄する」と述べただけで所属については何も言っていない。
一九七二年の日中共同声明第三項は、中国政府は「台湾が中華人民共和国の領土の不可
分の一部であることを重ねて表明した」と述べている。これに対する日本の態度は「この
中華人民共和国の立場を十分に理解し、尊重する」である。相手の立場に理解を示し、尊
重はするが、日本自体の立場は明らかにしていない。はっきり言えば当事者である台湾人
の立場が全ての決め手になろう。
特筆したいのは、日中共同声明に署名して帰国した大平正芳外相は、直後の自民党両院
議員総会で、「台湾の領土の帰属の問題で、中国側は中国の領土の不可分の一部と主張し
、日本側はそれに対して『理解し、尊重する』とし、承認する立場をとらなかった。つま
り、従来の自民党政府の態度をそのまま書き込んだわけで、日中両国が永久に一致できな
い立場をここに表した」と言明している事実である。
台湾の安全保障の支柱というべき米国の「台湾関係法」は、適用範囲を台湾ならびに澎
湖諸島に限定している。金門、馬祖両島は台湾が実効支配しているものの、両島が中国の
福建省に属する領土であることは認めている。「台湾関係法」にいう「台湾当局」は当時
の国民党政権およびそれを継承する「統治当局」を指す。
≪≪≪ ≫≫≫
たかが地図とあなどるな
「台湾関係法」が依拠している七二年の米中「上海コミュニケ」は、「台湾海峡の両岸
の中国人は中国は一つ、台湾は中国の一部と主張していることを認識(アクノレッジ)す
る。中国人による台湾問題の平和的な解決について、重ねて強調する」と記している。「
認識する」は「理解し、尊重する」よりも、中国側の立場から距離を置いていると私は解
釈してきた。当事国のニクソン政権は一貫して沖縄基地と台湾海峡への目配りを強めてい
た。
台湾の地位は、国際戦略上この地域に激震をもたらす重大な意味がある。教科書の審議
会に地図上の国境線の引き方を委ねたり、外務省のホームページで担当官が同じ色にして
しまうには、あまりにも重い問題だ。
(たくぼ ただえ)
【参考資料1】
中学校使用の地図帳及び外務省ホームページにおける台湾の取り扱いに関する
質問主意書
平成十七年十月三十一日
提出者 笠 浩 史
現在、義務教育課程における中学生が社会科で使用している地図帳は帝国書院発行の『
新編 中学校社会科地図 最新版』と東京書籍発行の『新しい社会科地図』の二冊である
が、この二冊がいずれも台湾の東側(太平洋側)に国境線を引いて、台湾を中華人民共和
国(以下、「中国」と略)の領土として取り扱っている。また、この二冊の地図帳で使用
されている資料も全て中国の資料であることから、台湾が中国領として取り扱われている。
この地図帳を発行する教科書会社の説明では、国名を含めた領土・領域の記載について
は、外務省編集協力の『世界の国一覧表』と日本国政府の見解に基づいて取り扱っている
とのことである。
確かに『世界の国一覧表』(二〇〇五年版)において、台湾は独立国家として扱われて
いるのではなく、「その他の主な地域」の項に掲載されている。しかし、その「領有ない
し保護などの関係にある国」の欄には日中共同声明の一文が記されているだけで、どこに
も中華人民共和国が台湾を「領有」や「保護」をしているとは記されていない。
それは、台湾の次に掲載されている「ホンコン(香港)特別行政区」や「マカオ(澳門)
特別行政区」における「領有ないし保護などの関係にある国」の記述と比べてみれば一目
瞭然である。そこには「『一国二制度』による自治が認められた中国のホンコン特別行政
区」「『一国二制度』による自治が認められた中国のマカオ特別行政区」とあり、香港や
マカオが中国、即ち中華人民共和国の領土であることを明記している。もし教科書会社が
説明するように、台湾が中国の領土だとするならば、『世界の国一覧表』では香港やマカ
オと同じように記述するのが当然であるのにも拘らず、そのようには記述されていないの
である。
また、台湾の領土的地位に関する日本の国際法上の立場は二つあり、一つは昭和二十六
年九月八日に署名し翌年四月二十八日に効力が発生したサンフランシスコ講和条約に基づ
くものであり、一つは昭和四十七年九月二十九日に署名した日中共同声明に基づく立場で
あると理解している。
まずサンフランシスコ講和条約においては、その第二条b項において「日本国は、台湾
及び澎湖諸島に対するすべての権利、権原及び請求権を放棄する」と謳われており、これ
を以て日本は台湾及び澎湖諸島を放棄した。
また、日中共同声明においては、その三項で台湾に触れ、中国政府が「台湾が中華人民
共和国の領土の不可分の一部であることを重ねて表明する」としたものの、日本国政府は
「この中華人民共和国政府の立場を十分理解し、尊重する」として、台湾を中国の領土と
は承認していない。
日本が中国の主張を承認していないことは、当時、日中共同声明に署名して帰国した大
平正芳外相が、自民党両院議員総会において、「台湾の領土の帰属の問題で、中国側は中
国の領土の不可分の一部と主張し、日本側はそれに対して『理解し、尊重する』とし、承
認する立場をとらなかった。つまり従来の自民党政府の態度をそのまま書き込んだわけで
、日中両国が永久に一致できない立場をここに表した」と明言していることからも明らか
であると理解している。
即ち、日本は領土に関して「カイロ宣言の条項は、履行せらるべく、又日本国の主権は
、本州、北海道、九州及四国並に吾等の決定する諸小島に局限せらるべし」とするポツダ
ム宣言を受諾するも、サンフランシスコ講和条約の締結によって台湾に対する権利や権原
を放棄した。つまり、サンフランシスコ講和条約の当事国としての日本が台湾の領土的地
位に関して独自の認定を行うことは条約の効果を自ら否定することにもつながるので、日
中共同声明においても「承認できない立場にある」というのが日本の立場であったと考え
る。その結果、台湾の法的地位を未決定とし、台湾を帰属先未定とする日本政府の立場は
現在まで続いていると解釈できる。
一方、現在、外務省のホームページ「各国・地域の情勢」における「アジア」の「各国
情勢」で中国をクリックすると、中華人民共和国とともに台湾が同じ色で表示される。つ
まり、この地図では台湾が明らかに中国の領土の一部として取り扱われているのである。
ところが、同ホームページでは台湾は北朝鮮、香港、マカオと共に「地域情勢」でも取り
扱われており、外務省が台湾についてどのように取り扱おうとしているのか、見るものを
して混乱を生じさせているのである。
従って、次の事項について質問する。
一、台湾の領土的地位に関する「日本国政府の公式見解」とはいかなるものなのか。その
根拠についても明らかにして頂きたい。
二、台湾の領土的地位に関して、サンフランシスコ講和条約の当事国であるアメリカやイ
ギリスなど連合国の見解を政府として、どう理解しているのか。
三、地図帳発行会社は台湾の取り扱いについて、外務省編集協力の『世界の国一覧表』と
日本国政府の見解に基づいて取り扱っているとしているが、そのような指示は文部科学
省が検定の際に出していると考えられる。それで相違ないか。文部科学省の検定基準な
どで定めているとすれば、具体的に提示していただきたい。
四、教科書会社が『世界の国一覧表』の記述をそのように解釈をしているのは、教科書を
検定する文部科学省の指示するところなのか。指示しているとすれば、それは資料を含
めていかなる根拠によるのか。
五、文部科学省の検定において、台湾を中国領と表記する帝国書院発行の『新編 中学校
社会科地図 最新版』と東京書籍発行の『新しい社会科地図』は検定で合格している。
合格は資料を含めていかなる根拠によるのか。
六、来年度から使用される地図帳でも台湾は中国領と表記されているのか。
七、外務省はホームページにおいて台湾を中国の領土の一部として取り扱っていると解釈
できるが、それで相違ないか。
八、台湾に関して、中学校の地図帳における資料は『中国地図集 一九九六』や『中華人
民共和国行政区画簡冊一九九九年版』など、すべて中国のものを使用しているため、台
湾は中国の一部として表記されている。このような資料を使用する中学生は台湾を中国
の一部であるとしか認識できないと思われるが、政府の見解はどうか。
九、台湾が中国領でないという「誤った事実の記載」が明らかになった場合、地図帳の発
行者である教科書会社は「教科用図書検定規則」第十三条第一項に従って「文部科学大
臣の承認を受け、必要な訂正を行わなければならない」し、あるいは文部科学大臣が同
条第四項に従って「発行者に対し、その訂正の申請を勧告」しなければならないと考え
る。政府の見解はどうか。
右質問する。
【参考資料2】
内閣衆質一六三第六六号
平成十七年十一月十五日
内閣総理大臣 小 泉 純一郎
衆議院議長 河 野 洋 平 殿
衆議院議員笠浩史君提出中学校使用の地図帳及び外務省ホームページにおける台湾の取り
扱いに関する質問に対する答弁書
一について
我が国は、日本国との平和条約(昭和二十七年条約第五号)第二条に従い、台湾に対す
るすべての権利、権原及び請求権を放棄しており、台湾の領土的な位置付けに関して独自
の認定を行う立場にない。台湾に関する我が国政府の立場は、昭和四十七年の日中共同声
明第三項にあるとおり、「台湾が中華人民共和国の領土の不可分の一部である」との中華
人民共和国政府の立場を十分理解し尊重するというものである。
二について
米国については、千九百七十八年の米中間の外交関係樹立に関する共同コミュニケ等に
おいて「台湾は中国の一部であるとの中国の立場を認識する」との立場が示され、英国に
ついては、千九百七十二年の英中間の大使交換に関する共同コミュニケにおいて「台湾は
中華人民共和国の一つの省であるという中国政府の立場を認識する」との立場が示されて
いると承知している。
三及び四について
教科用図書における外国の国名の表記については、義務教育諸学校教科用図書検定基準
(平成十一年文部省告示第十五号。以下「検定基準」という。)において「原則として外
務省編集協力「世界の国一覧表」によること」とされているものである。
台湾については、御指摘の「世界の国一覧表」において「その他の主な地域」として記
載され、「中華人民共和国政府は、台湾が中華人民共和国の領土の不可分の一部であると
の立場を表明しており、日本国政府は、その立場を十分理解し尊重することを明らかにし
ている〈日中共同声明〉」との解説が付されており、教科用図書の発行者においては、こ
れらの記載を踏まえ、教科用図書を編修しているものと考える。
五について
株式会社帝国書院発行の「新編 中学校社会科地図 最新版 帝国書院編集部編」及び
東京書籍株式会社発行の「新しい社会科地図」については、検定基準に照らし、教科用図
書検定調査審議会の専門的な審議により教科用図書として適切であると判断され、合格と
なったものである。
六について
お尋ねの「台湾は中国領と表記されている」とはどのような記述を意味するのか必ずし
も明らかではないが、平成十八年度から中学校用の教科用図書として使用される地図にお
いて、台湾と中華人民共和国との間に国境線を示しているものはない。
七について
台湾に関する我が国政府の立場は、一についてで述べたとおりである。
八について
教科用図書としての地図において、学習上必要な各種の主題図を取り上げるに当たって
、中華人民共和国の資料を含めどのような資料を用いるかは教科用図書の発行者の判断に
ゆだねられているところであり、御指摘の「中学校の地図帳」は、検定基準に照らし、教
科用図書検定調査審議会の専門的な審議により、教科用図書として適切であると判断され
たものである。
九について
お尋ねは、仮定の問題であり、答弁を差し控えたい。なお、教科用図書検定規則(平成
元年文部省令第二十号)第十三条第一項において「検定を経た図書について、誤記、誤植
、脱字若しくは誤った事実の記載又は客観的事情の変更に伴い明白に誤りとなった事実の
記載があることを発見したときは、発行者は、文部科学大臣の承認を受け、必要な訂正を
行わなければならない」とされ、同条第四項において「文部科学大臣は、検定を経た図書
について、第一項及び第二項に規定する記載があると認めるときは、発行者に対し、その
訂正の申請を勧告することができる」とされているところである。
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