上田篤盛『兵法三十六計で読み解く「中国の軍事戦略」』(書評)

上田篤盛『兵法三十六計で読み解く「中国の軍事戦略」』(書評)

 「宮崎正弘の国際情勢解題」 より転載

 中国のあくどい戦術は三十六計の兵法で解ける
  遠交近攻、無中生有、笑裏蔵刀、指桑罵根から次の一手が見えてくる

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上田篤盛『兵法三十六計で読み解く「中国の軍事戦略」』(育鵬社)

 著者は元自衛隊情報分析官である。

孫子の兵法に代表される中国の軍略には「遠交近攻」、「無中生有」、「指桑罵根」など三十六計があり、これらを理解すれば、習近平の「次の一手」が見えてくる。

もっとも重要なのは「闘わずして勝つ」ことにある。

そのためには情報、諜報が絶対に必要で「敵を知りおのれを知れば百選すべて危うからず」だ。

現在の諜報世界には伝統的な「ヒューミント」に加えて、「シギント」(信号諜報)、「イミント」(画像諜報)、「マシント」(計測特徴諜報)などがあり、AI開発が当該国の諜報の実力を左右する。

情報(インフォーメーション)はニュースのことではない。

中国語では「情報」とは「諜報」のことである。

ならば日本語の「情報」は中国語に置き換えると、「消息」である。

またインフォメーションとインテリジェンスは異なるのであって、情報にはフェイクが一杯。

現在のSNS空間をみれば偽情報、偽造、陽動作戦、攪乱情報により敵を威嚇したり、混乱させたりする。

そのフェイク情報は陰謀論からAIで作成した偽画像まで。

ネット空間はいまや情報の戦場である。

またスパイには五種あって、孫子は「故に間を用うるに五有り。

因間有り。

内間有り。

反間有り。

死間有り。

生間有り。

五間倶に起こりて、其の道を知ること莫し、是を神紀と謂う。

人君の宝なり」
「因間」は敵の民間人を使う。

「内間」は敵の官吏。

「反間」は二重スパイ。

「死間」は本物に見せかけた偽情報で敵を欺し、そのためには死をいとわない。

「生間」は敵地に潜伏し、その国民になりすまし「草」となって大事な情報をもたらす。

これすべて中国が日本に仕掛けている手段である。

この基本に立脚して、本書に挑むことにしよう。

「無中生有」とはなかったことをあったと言いふらし優位に立つ策略で、もっとも卑近な例は「南京大逆殺」と「731」だ。

ともにありもしなかったことを日本を貶めるためにアッタアッタと写真などをでっち上げ、国際社会で日本の孤立化をねらった。

日本政府が反論しないのは、内部に中国の第五列がいるからだ。

「借刀殺人」にみごとに引っかかったのが蒋介石国民党と日本だった。

毛沢東は共産党を温存し、敵の国民党を、他者の力を利用して弱体化させることに成功した。

すなわちシナ事変時代の統一戦線工作で、ソ連が介入して引き起こされた西安事件以後、蒋介石は共産党と共闘して、当時のPKOとして駐留した日本軍に共産党軍が鉄砲を撃ち込んで盧溝橋事件を引き起こし、日本を戦争に引き釣り込んだ。

居留邦人を惨殺した通州事件が重なって日本の世論は激化し、うっかりと戦線を拡大した。

毛沢東の狙い通りであって、自ら闘うことなく、延安の洞窟に隠れてハーレム三昧に耽り、抗日戦争は蒋介石に任せた。

「国民党が日本軍と長期戦で消耗する一方、共産党は農村を拠点とするゲリラ戦で生き残り、戦後の主導権を握るための布石を打っていた」と著者の上田氏は分析する。

広州に開いた軍幹部養成の学校は蒋介石が校長だったが、政治部長は周恩来で教授陣は共産党員がなりすまし将来の軍幹部を洗脳した。

「国共合作」とは国民党を油断させ、表面的に優遇しながら事実上、のっとることにあった。

共産党の最初の蜂起は江西省南昌、ついで「長征」という名前の逃避行はスタート時に、10万人の部隊だったが、延安に辿り着けたのは僅か数千人だった。

この間に共産党は路線対立、内ゲバ、リンチで毛沢東はヘゲモニーを確立する。

評者(宮崎)、この行程を南昌から廬山、鄭義、延安を何回かにわけて見に行った。

西安事件の現場や通州、通化事件の現場も取材したことがある。

ソールズベリーは実際に長征の全行程を取材し、途中、孫悟空なら飛べるかも知れない崖から崖とか、行進するのに無理な箇所がいくつかあって「長征」は疑わしいとした。

国共合作とは、孫子が言う「闘わずして勝つ」路線そのままであり、毛沢東が「漁夫の利」を得た。

毛沢東は「わたしたちが政権を取れたのは日本の御陰です」と感謝した。

『遠交近攻』は江沢政権の折、日本に立ち寄ってにこにこして「友好」などと嘯きながらハワイへ行くと「米国と中国は第二次大戦をともに闘って軍国主義日本を打倒した」と史実を無視した発言をしたが、これら遠交近攻の典型である。

中国はインドと敵対関係がつづいているが、一方で投資をもちかけ、さらにはAIIB(アジアインフラ投資銀行)を通じてインドに融資をする一方で、パキスタンに梃子入れし、軍事的にインドを強く牽制する役を担わせている。

一帯一路、グローバルサウス、BRICS、SCOなどは全て中国の世界覇権構築のための手段だが、基本にある戦略が遠交近攻である。

アメリカと間接的に対峙する政治的装置である。

「その本質は、他国の領土、制度、価値観、さらには世論までも取り込み、対抗勢力を包囲・牽制する静かな戦略的支配にある。

自国の力をあえて正面から振るわず、他国の制度や国際的枠組みを利用して欧米主導の秩序に揺さぶりをかけるーーまさに『借刀』である」(187p)
 トランプはUSAIDを縮小し、VOAも解体方向にもっていく様相を示し、中国人留学生を事実上排斥したばかりかインドのエンジニアにもヴィザ取得に10万ドル手数料とか難題をふっかけている。

高関税政策は多くの国々を失望させた。

この隙間に這入り込んだのが中国である
 デジタルシルクロードと銘打って、通信ケーブルからクラウド、管理機器などを提供し「アジア・アフリカ諸国の情報インフラを押さえ、農業、物流、災害管理といった社会基盤に浸透している」(188p)。

併行して『中国はひとつ』などという虚構を教唆し、援助の傍らでパプア・ニューギニア、バヌアツなどに、台湾との外交関係を断ち切らせ、静かにしかし着実に台湾の国際空間を封鎖してきた。

「笑裏蔵刀」とはにこにこ笑って相手を油断させ、一気呵成の攻め込む手口で古来より中国の内戦での常套手段、これを外交にも用いた。

これは「順手牽羊」とも言い、敵のすきにつけいって小利をえながら、ポジションを高めていくことだ。

尖閣諸島周辺の海域、空域を侵犯しながら、いつしか中国の侵略的示威行動が日常風景となった。

見慣れてしまったのだ。

台湾海峡における物騒な軍事訓練や日常的な侵犯は、相手側が馴致されてしまい、中国軍は隙をみたら一気に攻め入るチャンスを狙っていることになる。

南沙、西砂、そしてスカボロー礁においての中国の侵略行為と居座りは「笑裏蔵刀」であり「順手牽羊」である。

チベットに薄ら笑いを浮かべながら近づいて高官を引き入れ、平和のためには武装はよくないと唆して武器庫を爆破させ、突如豹変して侵略を開始した。

香港は五〇年間「一国両制度」とニタニタと笑いながら、英米が油断したときにいきなり軍を進め、「自由」「民主」「人権」を謳った『リンゴ日報』などを力づくで倒産させ、民主活動家をかたっぱしから裁判にかけ、事実上の併呑をやってのけた。

台湾に物理的な上陸作戦を展開する気はない。

あくまでもにこにこ『平和統一』などと寝言をならべ、台湾を内側から崩すのである。

かくして本書は中国の手口を一覧し体系的に説明した恰好の入門書である。

書店にならぶ「株式投資に孫子の兵法」などのレベルとは違う、まっとうなテキストである。


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