日本の生存戦略をうらなう一年  渡辺 利夫(拓殖大学顧問)

【産経新聞:2023年1月26日】https://www.sankei.com/article/20230126-KFASVYOD7RKOBFK6UOHKGU7ACU/

◆習「一強体制」の脆弱性

 中国では昨秋の一連の政治日程を通じて習近平の個人独裁体制が確立された。習に異を唱える者はもとより、冷静で公正な立場から習に助言することさえはばかられるような雰囲気が指導部内に漂う。習一強体制は盤石なようにみえながら、危うい政治決定により脆弱(ぜいじゃく)性を露(あら)わにし始めている。

 あの強権をもって進められてきたゼロコロナ政策が一気に廃止された。大規模なPCR検査や住民の行動追跡、広範な市域のロックダウン…長きにわたり住民を不安と恐怖に陥れてきた制限のすべてが最終的に解除された。いかにも唐突な政策転換であった。

 高齢者や農村部でのワクチン接種の加速化、病床確保などの準備を整え、起こり得る事態を想定しての制限解除ではなかった。ゼロコロナ政策に対する政府批判や抗議行動が広がり、工場閉鎖などによる生産活動の停滞、流通の遅滞、失業者の急増などに直面し、これら事態に追い込まれての政策破綻であった。独裁体制下では、手順を踏んで政策を柔軟に修正していくことが難しい。習一強体制という現在の中国の権力政治がいかに破壊的なものかが、この事実の中にはっきりとみて取れる。

 PCR検査を廃止したことにより新規感染者の把握が困難になり、感染者数も発表されないことになった。直近にいたるもコロナ関連の死者数の実態は不明である。喜劇的な悲劇があの巨大国家の中で演じられている。

 昨夏の米下院議長の訪台時には、中国軍が台湾周辺に大規模なミサイル攻撃演習を展開、そのうちの5発を日本の排他的経済水域に落下させた。初めてのことである。最近の中国外交の好戦的で挑発的な発言や行動は、この国の国策映画『戦狼(せんろう)』になぞらえられて戦狼外交と呼ばれる。戦狼外交は果たして成果を得たのかといえば、むしろ周辺諸国の対中政策を硬化させるという、中国の意図するものとは逆のベクトルを作り出している。

◆日本の防衛政策の大転換

 その典型が、昨年12月に閣議決定された国家安全保障戦略をはじめとする日本の「安保3文書」である。安保戦略は次のような認識に立つことを表明している。

「我が国はまず、我が国に望ましい安全保障環境を能動的に創出するための力強い外交を展開する。そして、自分の国は自分で守り抜ける防衛力を持つことは、そのような外交の地歩を固めるものとなる」

 近代日本の最初の本格的な対外戦争が日清戦争であった。戦争外交の全過程を担った外務大臣・陸奥宗光の著作『蹇蹇(けんけん)録─日清戦争外交秘録』にこうある。

「要するに兵力の後援なき外交は如何(いか)なる正理に根拠するも、その終極に至りて失敗を免れざることあり」

 100年以上も以前の外交認識に日本もようやく辿(たど)り着いたということなのか。戦後の長きにわたり日本の防衛政策を方向づけてきた「専守防衛」が転換され、閣議決定により日本の防衛費は対GDP比1.09%から今後5年間で2%となり、敵国のミサイル基地などを叩(たた)く反撃能力の保有が決定された。この反撃能力の保有により専守防衛という戦後レジームの中核を支えてきた観念が崩れて、歴史的転換というべき画期的な政策変更がなされた。

 中国による台湾有事が差し迫った危機として日本人の心を震わせ、これが日本の防衛政策の大きな転換を促すことになった。中国の戦狼外交はまずは隣国日本の、日本人にとってさえ驚きをもって迎えられるほどの大きな転換を実現させてしまった。1月中旬にワシントンで開かれた岸田・バイデン会談において安保3文書が閣議決定されたことを踏まえ、日米同盟の一層の深化がうたわれることにもなった。

◆独裁体制とどう向き合う

 習はその政治生命を賭してみずからへの権力集中に努め、そうして集団指導体制から個人独裁体制へと権力構造の転換を図ったのだが、このことが中国政治と中国外交の安定性と脆弱性を一層深刻なものとしてしまった。

 権力が一人の人間に集中すればするほど、この独裁者の失敗はエリートや民衆の大きな反発を招く。これを抑え込むために独裁者はいよいよみずからの権力を強化しなければならない。だがその過程で不安定性と脆弱性がより深刻なものになるという自己矛盾を独裁体制は孕(はら)んでいる。

 普通選挙を経て手にした権力ではないがゆえに国民の支持を受けられず、社会主義を放棄してしまったがゆえにイデオロギー上の正統性も存在しない。この正統性欠如のゆえに権力をますます「一強」に集中させ、恐怖政治を演出するより他に生き残る道はない。

 いつ崩壊するかもしれない大国の政権と日本はどう付き合うのか。プーチン、金正恩、習近平の個人独裁体制といかに向き合うか。おそらく令和5年は日本の生存戦略をうらなう一年になるのではないか。

(わたなべ としお)

※この記事はメルマガ「日台共栄」のバックナンバーです。


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