「時局コメンタリー」より転載
「台湾の声」編集長 林 建良(りん けんりょう)
●苦戦を強いられる国民党
11月29日に行われる台湾の統一地方選挙は、台北、新北、台中、台南、高雄、桃園の六つの直轄市市長選挙をはじめとして、各県知事、県会議員、市町村首長、議員、里長(町内会の会長)までをも選出する、今までに経験したことのない選挙である。これは馬英九政権を検証する信任投票であるとともに、2016年に行う総統選挙の前哨戦でもある。当然国民党も民進党も勝利を得て、総統選挙に勢いをつけたいところだ。
現状として、馬英九政権のちぐはぐな政権運営や対中一辺倒政策に対して国民の不満は高まり、与党の支持率はかなり低迷している。航空機の墜落事件、ガス爆発事件、違法食用油事件など、安全にかかわる一連の大事件を処理する際の不手際は、馬政権の無能さを露呈させた形になった。当然国民の怒りは頂点に達し、国民党にとって最悪の情勢に陥っていた。ほとんどの政治評論家は、激変がない限りは民進党が確実に勝利を収められるだろうと観測している。
今回の地方統一選挙は重要ではある。だがしかし、メイン・ディッシュである総統選挙と比べれば前菜に過ぎないのだ。地方選の勝ち負けを見るよりも選挙の結果によって、どのように総統選挙に影響するのかがより重要なのである。二期八年の馬英九政権は2016年に確実に終わる。その後はどの党が政権を担っても政権交代になるのだ。問題は、国民党も民進党も総統候補は未定であることだ。両党ともにこの地方選の結果を待って人選を決めるようである。2014年11月29日の統一地方選と2016年1月に行う総統選挙の間は僅か一年強であるため、この統一地方選が実質的な総統候補選定レースにもなった。
現時点では六つの直轄市の中で新北市と桃園市を除いて、いずれも国民党候補者が大幅に遅れをとっている情勢である。このままでは国民党が今まで盤石なものとしていた台北市と台中市の地盤を失うことになる。政治や経済の重要拠点である台北市、台中市、台南市、高雄市の四つの地盤を失っては、総統選挙において国民党が敗北する可能性が高くなる。国民党がこの不利な状況を挽回するためには、最高のエースを出して総統選挙に臨むしか道がない。一方、有利な状況にある民進党も確実に勝てる人選を選ばなければ生き残れないだろう。なぜならば、国民党政権の支持率が下がる中においてでも民進党の支持率は決して上がっていないのだ。敵失による有利な状況であっても政権をとれないのであれば、民進党は国民から完全に見放されてしまうだろう。
●総統候補になる人物とは
民進党では蔡英文主席が2016年の最有力候補である。とは言え、地方選挙の結果次第で総統候補から降ろされる可能性も大いにあるのだ。蔡英文の党内基盤は決して盤石ではなく、裕福な家庭で生まれた彼女は出世コース一直線でエリート意識が強いので周りの意見もほとんど聞かない。だから彼女は民進党の中では浮いている存在なのである。
実際に彼女は2010年の新北市の市長選挙にも2012年の総統選挙にも負け、選挙で自分のポスト勝ち取ったことがなかった。それは大きな弱点だ。民進党には草莽気質の政治家が多く、トップに対する批判はタブー視されない百家争鳴の伝統がある。選挙に勝てないリーダーは党員からの支持もない。蔡英文は2012年の総統選挙で、有利な状況でありながら80万票の差で馬英九に負けた不名誉な記録を持っている。絶対有利とされる今回の選挙で大勝しなければ、2016年の総統候補の芽も当然なくなるだろう。
その場合、総統候補の最右翼にいるのは台南市長の頼清徳である。炭坑夫の子に生まれ、二才の時で父親を炭鉱事故で亡くし、一人親家庭で人生の辛酸をなめ尽くしてきた頼清徳は、蔡英文とは全く違うタイプの政治家である。世論調査では頼清徳が国民党候補を大幅にリードしており、圧勝はほぼ確実である。市長再選直後に総統選挙に出ることはそれなりの環境作りも必要であろうが、党の運命関わるならさほど問題ではないのだ。
国民党はどうかというと、最有力候補は新北市市長の朱立倫、台北市市長のカク龍斌と副総統の呉敦義である。世論調査では朱立倫が大幅にリードしているものの、市長選直後のレース転換というジレンマは頼清徳と同様である。呉敦義と台北市長二期務めたカク龍斌にはそのような制約はないが、朱立倫と比べれば明らかに人気度が低い。今回の選挙に国民党が大敗すれば、馬政権の一員である呉敦義は当然連帯責任を問われ、体面にそれなりの傷がつく。カク龍斌は台北駅前の再開発事業を巡るスキャンドルを抱えており、総統選挙の候補になるためには、この地方選にかなり貢献しなければならないのだ。
民進党の蔡英文と頼清徳は互角の状況であるが、国民党では朱立倫の一強に呉敦義、カク龍斌の二弱が追っているのが現状である。2016年1月年初に予定される総統選挙の候補者の実質的な選定作業は、今から始めなければならない。その基準とするべきものは、今回の統一地方選挙の戦いぶりによるであろう。