浅野和生】台湾人の参政権行使への強い意志-2018年11月統一地方選挙に示されたもの-

【浅野和生】台湾人の参政権行使への強い意志-2018年11月統一地方選挙に示されたもの-

「インテリジェンスレポート」2月号より転載

平成国際大学教授 浅野和生

 去る11月24日土曜日、4年に一度の統一地方選挙が台湾で実施された。投票の結果として、野党・国民党の躍進と与党・民進党の凋落に注目が集まったが、現場を見た筆者にとっては、それ以上に印象的だったのが台湾人の参政権行使への強い意志であった。
 台湾では、投票は土曜日に行われることになっている。そして、2012年、2016年、2020年には、4年に一度の総統選挙と一院制国会である立法院の総選挙が1月に実施されるが、その中間年である2014年、2018年には、11月末頃に統一地方選挙が行われる。台湾の総統選挙は、前年春頃から各政党の候補者選定が始まるので、統一地方選挙後およそ半年で総統選挙が事実上スタートを切る。したがって、統一地方選挙の結果は、次の総統および立法院総選挙に決定的な影響を与えることになる。だから今回の選挙も、2020年の総統選挙の前哨戦として注目を集めた。
 台湾の地方行政区分は、中央政府である行政院に直属する6大都市、いわゆる中央直轄市と、それ以外の16の県市からなっている。中央直轄市の市長とその他の県市の市長、県長、市議会議員、県議会議員と基層の自治体である里の里長など、合計9種類の公職選挙が同日に実施されたので、今回は、「九合一選挙」と称された。
 また、日本と異なり台湾では、期日前投票の制度がなく、すべて住民票所在地の指定の投票所で、午前8時から午後4時という所定の時間に投票が行われる。したがって、勤務や就学の都合で大都市などに居住している人々は、選挙のために投票日前夜に里帰りをすることになる。

10種類の「公民投票」

 今回の選挙の大きな特色は、統一地方選挙と同日で、10種類(案)の「公民投票」が実施されたことである。「公民投票」は、通常の国の「国民投票」に外ならない。
 台湾で国民投票の制度が導入されたのは民進党・陳水扁政権の時であった。2003年12月に施行された「公民投票」制度は、政府に実施を申請するために、直近の国政選挙の有権者数の1,000分の5を超える署名が必要であり、具体提起にはおよそ82,000人余りの署名が要求された。これが集まるとその提案について審査が行われ、申請が承認されると、今度は6か月以内に有権者の100分の5以上、825,000人余りの署名を集めて提出する。これが審査に通るとようやく、「公民投票」が実施される制度だった。
 しかも成立には投票者の過半数だけではだめで、有権者数の過半数に達しなければ成立しない厳しい制度であった。この結果として、過去に「公民投票」が実施された6案のすべてが不成立であった。
 2017年12月にこの「公民投票法」が改正されて、新「公民投票法」となった。同法では、第一段階は、直近の正副総統選挙の有権者の1万分の1の賛成で発議し、第二段階は、有権者の1.5%の署名で公民投票が実施できることとした。つまり具体的には、第一段階は1,900名程度、第二段階は約28万人の署名である。また、公民投票の成立要件は、投票者の過半数で有権者数の25%以上に緩和された。
この結果、2018年春までに公民投票の提案は37件出され、そのうち18案が第一関門を突破した。その後4月から9月初めまでそれぞれ署名集めが実施され、最終的に11月24日の統一地方選挙と同日で投票が行われた「公民投票」案は前述のとおり10案となった。

統一地方選挙と「公民投票」の結果

 こうして実施された統一地方選挙と「公民投票」の結果は以下の通りである。
 すなわち、中央直轄市の6大都市では、台北市長には現職で無所属の柯文哲が再選、新北市長は、国民党公認の新人、侯友宜が当選、桃園市長は、現職で民進党所属の鄭文燦が再選、台中市長は、国民党公認の新人、盧秀燕が当選、台南市長は、新人で民進党公認の黄偉哲が当選、高雄市長には、新人で国民党公認の韓國瑜が当選した。
つまり当選した市長は、与党の民進党が2人、野党の国民党が3人、そして無所属が1人である。これを選挙前の情勢と比較すると、民進党が5人から2人へ3人減少、国民党が1人から3人へ3倍増、そして無所属の柯文哲が現状維持である。このうち台中市では、現職で民進党の将来を担うはずの若手、54歳の林佳龍が落選して、国民党の立法委員だが行政経験のない盧秀燕にとって代わられた。
高雄市の場合、民進党蔡英文政権を支える総統府秘書長の陳菊が、2006年から2018年まで市長を務めており(2010年までは合併前の旧高雄市)、それ以前も1998年から民進党の指導的政治家である謝長廷が市長を務めていた。つまり、民進党市政が20年続く民進党の基盤が高雄市なのである。それにもかかわらず、高雄市とは縁がない国民党の落下傘候補である韓国瑜に市長の座をさらわれたのである。
これだけで民進党としては、次期政権の帰趨に暗雲を投げかける大敗であった。
 その他16ある県市では、選挙前の9から選挙後には4へと半減以下、国民党は5から12へと2倍強という結果であった。このうち、北部の宜蘭県では、1989年からのおよそ30年のうち国民党市長は2001年からの4年間だけで、残る25年間は民進党市長という北部で例外的な民進党の金城湯池であったが、今回は国民党の新人に市長の座を明け渡した。
 また、従来、台湾では濁水渓以南は民進党の基盤と言われており、実際、彰化県、雲林県、嘉義県、嘉義市、台南市、高雄市、屏東県は民進党の強い地盤であった。しかし、今回の選挙では、彰化県で民進党の現職、魏明谷が敗北、雲林県でも現職の李進勇が落選、嘉義市では、現職の涂醒哲が落選して以前に2期市長を務めた国民党の黄敏惠が返り咲いた。つまり、前回2014年には上記7県市はすべて民進党が勝利したが、今回は、高雄市を含めて国民党が4勝、民進党が3勝という結果となった。
 以上を通算してみれば、選挙前には与党民進党が13、国民党が6、無所属その他が3であった県市長が、選挙後には与党民進党は6議席へと半減以下、国民党は15と2倍超、無所属が1という、民進党の大敗、国民党の躍進の結果である。
 一方、公民投票については、全10案のうち、国民党提出の3案はすべて可決、その他の7案のうち、民進党の支持母体であるいわゆる台湾独立派が提出した、「2020年東京オリンピックに、『台湾』の名義でチームを出場させる」案が否決され、残る6案については4案が成立、2案が不成立の結果となった。つまり、与野党で分類すれば、国民党の3勝、民進党は1敗、その他は4勝2敗である。ここでも、国民党が良い結果を得たことがわかる。

民進党大敗と国民党躍進の要因

 前回の統一地方選挙では、2014年3月からのいわゆる「ひまわり学生運動」による立法院(国会)本会議場占拠事件に明らかなように、中国との経済統合に邁進するように見えた国民党政権に対して台湾人の批判が高まり、反国民党意識から民進党が躍進した。その余勢をかって、2016年の大統領選挙では民進党公認の蔡英文が56%余りの得票で、国民党公認の朱立倫に300万票の大差をつけて当選、同日の立法院総選挙でも、民進党は全113議席中の68議席、過半数を11議席上回る大勝となった。
 その後、民進党の蔡英文政権は、戦後一貫して公務員、軍人からの国民党支持の基礎となった過剰ともいえる手厚い年金制度にメスを入れ、急速に進む高齢化に対応できる合理的な年金制度への切り替えを図った。また、敗戦に伴う日本統治の終焉の際に、日本関連資産を、国家ではなく国民党が接収して、不当にも党の資産にしていた問題の清算を進めた。さらには、不合理な労働事情をただすべく労働基準法の改正に着手した。しかし、これらの政策は、国民党支持者の反発を高めたばかりでなく、受け取る年金額が減ることになる公務員、軍人一般からの政府への反発を高めた。また、労働者の休日取得をめぐって混乱が起こり、さらに労働時間短縮で収入が減るため、企業経営者を利して一般労働者に不利益を与えるという不満の声が噴出した。いずれも合理的な目的をもった政策であっても、執行において多数派からの理解を得ることができず、逆に不利益を被る人々の反対の声が高まった結果、蔡英文政権への支持率は急落した。
 さらに、中国が主張する「一つの中国」原則を受け容れず、対中関係の「現状維持」を掲げた蔡英文政権の外交政策は、アメリカ政府からの支持があるものの、中国の強い反発を招き、一切の話し合いが行われていない。さらに中国は、台湾が国交を保っていた22か国のうち5か国との国交を樹立させ、台湾と断交せしめて、台湾の国際生存空間を狭める圧力を加えてきた。また、2008年からしだいにブームになっていた中国から台湾への団体観光客は激減し、台湾の観光産業に打撃を与えた。中国による台湾農家の生産品買い取りも減少した。政権発足二年を過ぎても、対中関係について、蔡英文政権は将来の改善の見通しが立っていない。
 この結果、2016年5月に60%を超える支持率でスタートした蔡英文政権は、2017年秋には支持率が30%を切り、その後は多少の増減はあるものの20%台後半の低空飛行が続いてきた。
 他方、2014年、16年の選挙で大敗した国民党には、8月末まで復活の兆しがなかった。このため民進党は、もはや国民党を台湾人が支持することはないと考え、将来の国民党の長期低落、あるいは解党的政党再編の可能性を思い描きながら、民進党の長期政権を想像し始めた。
 2018年4月時点では、6大都市の市長選挙情勢は前回と大きくは変わらない予想だった。すなわち台北市では前回同様に民進党単独での勝利は難しく、柯文哲市長の市政満足度は55%程度なので再選の可能性が高かった。このほか、民進党市政の桃園市、台南市、高雄市は再戦が有望、台中市は接戦の見方もあるが基本的に現職の林佳龍が優位。国民党市政下の新北市では、国民党候補の侯友宜が有利だが、民進党が実力者の蘇貞昌を立候補させてどう巻き返すか、という情勢だった。
 6大都市の状況は、9月初めまであまり変わらなかった。台北市では柯文哲の当選確率は9割とみられたほか、新北市は国民党候補有利で世論調査で57%対43%で侯友宜が蘇貞昌に先行していた。その他、桃園市、台南市、高雄市では民進党が安泰、台中市は接戦だが、52対48で民進党やや優勢というところだった。
しかし、その他の県市では、彰化県、宜蘭県、澎湖県という民進党現職市長で再選に赤ないし黄色信号がついていた。そうなると現行の9県市が6に減少して、台湾全体では民進党はへたをすれば9、あるいは10の獲得にとどまる情勢だった。一方、国民党は選挙前の6から10程度に増大する可能性が出てきた。それでも、新北市の市長維持を除けばまだ情勢は流動的で、決戦は中部の台中市と彰化県と見られた。この2県市はそれぞれ280万と130万の人口を擁する地域で、この両者を国民党が確保すれば、台湾の政党勢力図が塗り替わる。
 しかし実は、2018年半ばまでに基本的な政党支持情勢に変化があった。民主化とともに定点観測で政治意識調査をしてきた国立政治大学選挙研究センターの世論調査で、二大政党の支持率が2015、16年には民進党およそ30%、国民党およそ20%だったのが、2018年6月にはそれぞれ21.7%と25.3%となって逆転していたのである。それでも個々の市長選挙情勢が上記のようであって、民進党支持は確かに下がっているが、国民党の支持も上がってはいないから選挙で情勢は大きく動かないという感覚だった。
 従来の選挙では、最後には国民党が党資産にものをいわせて選挙民に働きかけ、いわば票を買い取って勝利をえてきたが、不当な党資産を国庫に返納させる政策が実施されてきたため、もはや従来のように国民党が追い込みをかけることはできない、という判断も民進党の何とはなしの自信の背景となっていた。
 こうした状況が一変する契機となったのは、高雄市の国民党公認候補、韓國瑜人気の急上昇だった。8月下旬の大雨で、台湾の中南部で大規模な水害が発生したとき、民進党政府の対応は鈍いという印象を与えていた。また長年民進党市政が続いていた地域での広域水害は、民進党市政で治水対策が不十分だとの印象を持たせる原因となった。そのとき、韓国瑜の言動が注目を集めるようになった。
 台北市青果市場運営会社の経営者だった経歴を、自分は「八百屋(売菜郎)CEO」だと表現し、高雄の野菜を東南アジアや中国に販売するといい、「古くて貧しい高雄(高雄又老又窮)」を変えると訴えた。さらには、自らの禿げ頭を武器にした自虐ネタで庶民、若者の支持を集めた韓国瑜の人気は、ネット世論を通じて急速に盛り上がった。伝統的な国民党政治家とはかけ離れたイメージが奏功して、10月下旬までには世論調査の支持率で陳其邁候補を逆転、11月初めにその差は10%に広がったのである。
 民進党批判を増幅し、韓国瑜ブームを後押ししたのは、台湾の多数派マスコミとネット世論である。台湾では、主要テレビ局と新聞の大半が国民党系ないし中国系資本である。また、秋以後の高雄市関係のネット書き込みを遡及すると8割が中国発だったという情報もある。つまり、台湾人の間に民進党政権に対する不満があったのは事実で、政党支持情勢に変化の兆しがあったことも間違いないが、韓国瑜ブームをきっかけに一気に世論の転換が進んだ背景には、マスコミの後押し、さらには中国の影も見えるということである。
 台湾の駐日代表の謝長廷は、12月8日の日台関係研究会で、今まで台湾の選挙に対して、中国はさまざまな手段で干渉を試みたが、逆効果になることが多かった、しかし今回は表面にあまり出ずに裏から世論に影響を与える戦術で成功を収めたのではないか、と私見を語っている。
 いずれにしても、韓国瑜の選挙集会には、若者を含む大勢の選挙民が集まるようになったことは間違いない。一旦、「韓国瑜現象」「韓流ブーム」(韓国瑜のやり方が「韓流」として注目され、「韓流」ブームが起きた)の様相を呈すると、それまでの国民党支持は「カッコ悪い」ような雰囲気が無くなった。
 元来、国民党の傍流の政治家であった韓国瑜は、一躍時の人となり、国民党の救世主となって、各地の候補者の選挙応援に招かれることになった。
 こうした情勢に対抗するため、民進党が高雄市へのテコ入れを図ることになったのは、10月頃からである。陳菊ら幹部が何度も足を運んで下支えを図った。結果的に、国民党と民進党双方の盛り上がりで投票率がかさ上げされ、台湾全体の投票率65.5%に対して高雄市の投票率は73.5%に達した。最終的に、国民党の韓国瑜の得票率は53.9%で、民進党の陳其邁は44.8%、得票数は89万対74万、15万票の大差で韓国瑜が勝利した。
 「韓国瑜現象」は決戦と見られた中部の各県市にも波及して、台湾中部を流れる濁水渓以南の民進党地盤の崩落につながったと見られる。

いわゆる台湾独立派の不満

 また、「台湾」の名前で2020年東京オリンピックに参加しようという「公民投票」案が否決された背景に、本来は民進党支持勢力であるいわゆる台湾独立派と蔡英文政権との間の感情的軋轢があった。
 2016年の選挙で行政府と立法府をともに掌握したことで、長年の夢が叶えられると思った民進党支持者、とりわけ国民党一党支配、戒厳令下で自由と民主、台湾独立のために戦ってきた民進党の核心的支持者は、「現状維持」の継続に不満であった。蔡英文政権が世界に向けて「台湾」としての存在をアピールすることに期待して、中華民国憲法を改正し、国名を中華民国から台湾へ変えたいと願う人々もいた。しかし、国際情勢を冷静に認識する蔡英文政権は、こうした言動をとらないまま、政権掌握から2年を経て、いわゆる独立派の不満が鬱積することになった。
 そこで、2018年2月に、喜楽島聯盟が発足して、憲法改正や国名変更を問う「公民投票」が実施できるようにと法改正を求め、「台湾」の名義で国連に加盟する要求を掲げるようになった。具体的には、「公民投票」法の改正で、「台湾正名」を求める集会を、春から秋へと、台湾の南部から北部に移りながら順次開催し、10月20日には台北で大集会を実施した。これに対して、蔡英文政権は、政府関係者、民進党幹部に対してこの集会に参加しないよう指示を出した。
 これと並行して、台湾は台湾であるという声を台湾人が世界に届けようという意図を込めて進められたのがオリンピックへの「台湾」名義での参加を問う公民投票の実施だった。4月から署名活動が進むと、IOCではこれに否定的な対応を表明し、これに圧力をかけようとした中国は、2019年に台中市で開催が決まって会場整備が進められていたアジアユースゲームを強引に中止に追い込んだ。こうした外部の動きから、「公民投票」が成立すると、そもそも台湾選手がチームとしてオリンピックに参加できなくなるのではないかという懸念も広がった。蔡英文政府では、この問題には困惑を示しただけだった。
 以上のように、一方に国民党側は「韓流ブーム」による勢力復興の潮流があり、他方で民進党側に、本来の核心的支持勢力の中に、蔡英文政権への不満が燻って、積極的な集票並びに投票にブレーキがかかっていたのである。
 さらに、一部の「公民投票」のテーマが民進党に不利に作用した。
 今回は、LGBTの結婚や人権、それについての学校教育の実施を問う「公民投票」が5案で一番多かった。すなわち、同性婚を民法で認めるか、民法では婚姻と認めずに他の諸法で権利を擁護するか、小学校から同性愛を含む性的平等教育を実施するか、それはすべきではないか、などが「公民投票」で問われた。
 この問題で、キリスト教会を中心とする宗教グループが、「両性による結婚のみを民法上の婚姻として認める制度を守る」、「学校教育で同性愛を含む性的平等教育を推進しない」などの複数の「公民投票」案を支持するよう積極的に国民に呼びかけた。このグループは各種選挙集会や街頭で活発に活動した。実は、蔡英文政権は、LGBTの権利拡大に寛容な政策をとってきたから、これら宗教グループの主張は政権批判の意味を帯びた。「公民投票」での署名運動は、統一地方選挙が本格化する以前の4月から台湾全土で展開されたから、その影響は長期的に浸透した。ところで、戒厳令下からの民主化運動や独立運動を進めたグループと、一部のキリスト教会や宗教団体はオーバーラップするところがあるので、これらの「公民投票」の呼びかけもまた、民進党支持へのブレーキになった可能性を否定できない。

投票所の長蛇の列が意味するもの

 上述の通り、今回の選挙は「九合一選挙」であったため、地域毎に、少ない人で3種類、多ければ5種類の投票をしなければならなかった。これに加えて10種類の「公民投票」もあったから、合計すると、一度の選挙で有権者は13票、あるいは15票を投じることになった。
 投票所に到着した有権者は、身分証などで本人確認を終えると、最初に地方選挙の投票用紙を受け取り、記入ボックスに入ってそれぞれに記入、用意された投票箱に1枚ずつ分けて投票する。次は「公民投票」であるが、1案ごとに別の用紙で投票することになっており、本来は用紙を受け取るか受け取らないか選択権があるが、事務上は10枚セットで用意していた。10枚の束で渡されるから、皆が10枚を受け取って記入ボックスに入ることになる。そこで、一枚一枚を判断ながら記入する。このとき、自分が10種類の公民投票案のどれに賛成、反対するかを予め記載した紙を用意して持ち込むことは認められていた。実際には、各種団体が配布した、「公民投票」の賛否の指示のカードやチラシを投票所に持ち込んで、チラシに沿って投票した人も少なくない。
 記入を終えた10枚の「公民投票」用紙をもって投票箱に向かった有権者は、最初の3案、次の3案、残りの4案の3つの箱に投票するので、そこで改めて投票用紙の仕分けをしなければならない。間違った箱に入れれば無効票になってしまう。有権者各人は、そこで初めての経験に戸惑い、時間がかかることになった。
この結果、一人当たりの投票時間が過去の選挙とは比較にならないほど長くなった。しかし、台湾の選挙は、当日限り、登録した住所通りの投票所限り、そして朝8時から午後4時だけ投票が可能である。こうして各投票所には、長蛇の列ができることになった。実際、蔡英文総統でも、自宅近くの投票所に朝8時30分頃に現れてから投票を終えるまで、たっぷり30分ほどかかった、その様子がテレビで生中継された。
筆者の知り合いは、朝ご飯を済ませてから投票所を訪れたが、行列の長さに驚いて一旦家に戻ってしまった。昼食後に改めて投票に赴くと、前より列は長くなっていたため、覚悟を決めて最後尾についたが、結局、投票を終えるのに2時間がかかった。投票が1時間待ち、2時間待ちという話はSNSを通じて飛び交い、巷に溢れていた。
 中央選挙委員会は、当日の昼頃になって、4時までに投票所に到着した有権者は終了時間を過ぎても投票できる(下午4時前已到達投票所之選挙人及投票権人仍可投票)という公告を出した。午後4時までに投票が終了するはずがないが、国民の参政権は守らなければならないからである。
 結局、台北市で最後の投票者が票を投じ終えたのは午後7時46分であった。この人は少なくとも投票のために3時間46分並んでいたことになる。
 人気の遊園地で楽しい乗り物のために行列を作るとか、おいしいと評判のラーメン屋に2時間待ちの行列ができることは日本でも珍しくないが、ただ統一地方選挙と公民投票の投票だけに、1時間、2時間待ちの行列が台湾の各地に現出した。
 誰もがスマホを持つ現代、列に並びながらも時間潰しに困らなかったかもしれないが、週末の貴重な時間を投票の列に並んで過ごしながら、反政府的マスコミやネット情報を目にして、より一層民進党批判票が増大した可能性もある。
 午後4時の時点でも、有権者の多い投票所では道路にまで伸びた行列が解消されなかったが、一方では当初の規定通り、投票が終わった投票所では、準備が整えばそのまま開票が実施された。つまり、まだ投票が続いているのに、開票も進められた。台湾では、投票箱を移動せず投票所がそのまま開票所になる。各政党の立会人が見守る中、一票ずつ人々に見せてから読み上げ、票が数えられていく。立会人は、各候補者の得票数をつぶさに見ることができる。その状況報告を集めて、マスコミでもネットでも、開票が始まると各候補の得票状況はただちに報道される。
 この結果、投票所で行列に並んでいる人は、その選挙区でどの候補者が得票を伸ばしているか、伸びずに当選可能性がないのか、開票経過をスマホで見ながら投票することになった。
 公表された開票終了時間によると、台北市の場合、一番早いところは午後5時34分に開票が終了したが、一番遅いところは午前2時35分であった。台北市内の地域毎に見ると、萬華区では午後10時までに99%の投票所で開票が終了していたが、士林区では30%の開票所で午前0時迄に開票が終了しなかった。文山区でも22%が午前0時を回り、大安区で19%、北投区で15%の開票所で午前0時を回った。そうした投票所では、午後4時以後に投票した人たちが多数含まれるだろう。
 ところで、台北市長選挙は、今回は史上稀に見る接戦であった。当選した無所属の柯文哲は58万,820票、次点となった国民党の丁守中は57万7,566票で、その差わずかに3,254票であった。一方、与党民進党の姚文智は24万4,641票で大敗した。二人の接戦と一人の脱落という状況は、開票が始まるとすぐに明らかになった。つまり、民進党の楊文智の当選可能性がない一方で、柯文哲と丁守中は大接戦で、画面の開票状況が更新されるたびに1、2位がわずかな差で入れ替わった。時にその差は8票、あるいは100票、せいぜい1000票である。これを投票所の行列に並びながら見ている有権者はどうするか。国民党支持者は、国民党の丁守中に間違いなく入れるが、民進党支持者は楊文智に入れることをためらうかもしれない。国民党候補の当選を望まない人は、当初の投票予定を変えて柯文哲に投票することがあるだろう。つまり、開票状況が分からなければ姚文智に入れたかもしれない人が、行列に並びながら開票状況を知った事で柯文哲に投票を変えたかもしれない。わずか3000票余りの差は、午後4時以後に投じられた票だけで当落が変わり得たレベルである。丁守中陣営はそう考えて、不公正な選挙だとして選挙無効を主張している。
 
統一地方選挙と「公民投票」に示された台湾の民意

 台湾の人びとは、過去2年間の民進党蔡英文政権の施政に不満が高まっていた。国民党系の有権者は、それでも当初は元気がなかったが、「韓国瑜現象」が起きると一気に元気になり、その波は高雄市を起点に北へと押し寄せた。終戦後2000年まで政権を手離さなかった国民党は、例え党資産を削減されても、選挙時に機能する組織があり、根強い支持層がある。それは戦後に中国から台湾へ国民党とともに移って来た、いわゆる外省人ばかりではなく、台湾人も含んでいる。だから、民進党批判が高まれば、批判票の受け皿はやはり国民党であった。
 ただし、そこにはマスコミやインターネットの偏向、そして中国からの影響もあったと考えるべきだろう。
 さらには、2014年以来の大勝に自信をつけた民進党の慢心と内部の不一致が、一方的な国民党の躍進と民進党の凋落の要因として指摘できる。公民投票が民進党に不利に働いた可能性も上述の通りである。この点では、国民党が「公民投票」を選挙に利用する戦術をとったのに、民進党はそれをしなかったことも影響したかもしれない。
 国民党案の中には、原発による汚染の可能性を指摘して、福島県ほか4県からの生鮮食料品の輸入禁止を継続するかどうかを問う「公民投票」もあった。これも圧倒的過半数の賛成で成立した。この結果、現政権が続く間、食料品輸入解禁は困難となった。日本とのFTAの締結を希望し、CPTTPへの参加意思を表明した蔡英文政権としては、この政策が足踏みすることを余儀なくされた。しかし、今回の選挙はあくまで統一地方選挙であって、国政選挙ではない。その他全体的な情勢として、反日のスタンスをとらない民進党政権の台湾の対日姿勢に大きな変化はないだろう。
 それにしても、台湾の人びとが、自分たちの市長、議員を選び、公民投票を通して政治的意思を表明するために、強い意志を示したことは特筆に値する。一人一人の投票に手間と時間がかかるにもかかわらず、投票率は全土で65.5%に達した。中央直轄市全体では、投票所の長蛇の列にも関わらず66.11%で、前回の66.31%とほとんど変わらなかった。この中には、前日夜までにわざわざ住民票所在地に帰省して投票したビジネスマン、学生も少なくない。日本の場合、有権者の20.1%は期日前投票をした上に、当日に長い行列もなかったが、昨年の衆議院総選挙の投票率は54.7%に過ぎない。
 いわゆる「台湾独立」を党是とする与党・民進党の凋落を見て、中華人民共和国の台湾事務弁公室・馬暁光報道官は11月25日、「広範な台湾の民衆が両岸(中台)関係の平和的発展がもたらす利益を望んでいることの表れだ」と民進党政権の対中政策を批判して嬉々とした声明を発表した。今後は習近平の中国が、台湾併合に向けた圧力をさらに増し加えるという観測もある。そうした中で、台湾の人びとが今回の選挙を通じて示したのは、与党支持であれ野党支持であれ、選挙のために貴重な一票を投じようとする強固な意志ではなかったか。このことは、国民の意思と関係ないところで国家主席が選出され、また国家主席の任期の上限を撤廃する憲法改正が簡単に決まる国とは相容れないものである。
いずれにしても、2020年1月の総統選挙、立法院総選挙まで1年ほどしかない。わずか2カ月で巻き起こった「韓流ブーム」を契機とする国民党の復活は地に足が着いたものとなるのか、敗戦の衝撃からの民進党の再建が間に合うのか、予断を許さないところである。


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