【毎日新聞】台湾2・28事件 真相求めて70年/2

【毎日新聞】台湾2・28事件 真相求めて70年/2
台湾2・28事件

真相求めて70年/2 風化を危惧する息子 日本留学組100人被害

http://mainichi.jp/articles/20170223/dde/007/040/049000c

毎日新聞2017年2月23日 東京夕刊

[写真(略)]「二二八国家記念館」に展示されている李瑞漢さんの写真=台北市内で、鈴木玲子撮影

[写真(略)]2・28事件関連の記者会見で、父の李瑞漢さんが犠牲になった苦しみを吐露する長男の栄昌さん=台北市内で、鈴木玲子撮影

 国民党政権が台湾住民を武力弾圧した1947年の「2・28事件」では、日本統治時代に日本の大学を卒業した法曹、政治、言論、教育界の台湾知識人の犠牲も大きかった。事件の被害認定を担う財団法人「二二八事件記念基金会」によると、日本留学組の被害者は約100人に上る。

 大学別では、法曹界に逸材を輩出した中央大学の卒業生が最も多く、十数人が巻き込まれた。今月28日に台北で行われる追悼式には、同大の酒井正三郎総長が初めて出席し、犠牲になった卒業生らに哀悼の意を伝える。

 弁護士だった李瑞漢(りずいかん)さん(当時40歳)も犠牲者の一人だ。台湾中部・竹南の裕福な家庭に生まれ、中央大卒業後、司法試験に合格。31年に台北に戻って弁護士になった。正義感あふれる人柄が信望を集め、台北市議も務めた。

 2・28事件発生後、台北市弁護士会長だった李さんは、台湾の行政長官、陳儀に司法の独立を主張し、政治改革を促した。

 3月10日夕、李さんの自宅で台湾弁護士会長の林連宗(りんれんそう)さん(同41歳)、李さんの弟で弁護士の瑞峰(ずいほう)さん(同36歳)がスルメイカ入りのかゆを食べていた。2人も中央大の卒業生だった。林さんは、台湾住民らによる「二二八事件処理委員会」のメンバーだった。

 「私のボスが3人に会いたがっている」。突然来た憲兵ら4人に呼ばれて出て行った。中学2年生だった李さんの長男、栄昌(えいしょう)さん(84)は付いていこうとしたが「帰りなさい」と制止された。これが父と交わした最後の言葉になった。

 李さんの妻、邱己妹(きゅうこまい)さん(故人)は家財道具を切り売りしながら子ども4人を育て上げた。栄昌さんは、夜、独りで涙を流す母の姿が忘れられない。栄昌さんは「学校では事件関係者の子どもとして避けられ、自分と友人になろうとする人はいなかった」と語る。早稲田大学の大学院に留学した後、台湾に戻って銀行員になった。だが、国民党施政下で出世は望むべくもない。「私の一生にはずっと事件が付いて回った」

 今、栄昌さんが最も危惧するのは事件の風化だ。家族の食卓には毎年3月10日にスルメ入りのかゆのわんが並べられる。「父だけ、おかゆを食べていなかった」。記者の前で栄昌さんが静かに目を閉じた。【台北・鈴木玲子】=つづく

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