立法委員選挙でも、野党第1党の中国国民党は3議席を増やして38議席を得たものの、与党の民進党は過半数の57議席を上回る61議席となり、総統と立法委員のダブル選挙を制した。
私ども日本李登輝友の会も「2020年 総統・立法委員選挙視察ツアー」に39人が参加し、台南と高雄を訪問して立候補者の話を直接伺い、また蔡英文候補の10日の夜の集会も視察した。
蔡英文氏は当選が決まってから、夜9時(台湾時間)より国際記者会見に臨んで選挙の意義などについてコメントするとともに、記者の質問にも答えた。
私ども一行はテレビで記者会見の模様を見ていたが、実際どのような話をしたのか、その詳細について正確には理解できなかった。折よく『週刊現代』特別編集委員の近藤大介氏がその詳細を紹介している。現場で実感した感覚がよくよく伝わってくる近藤レポートの全文を下記にご紹介したい。
比例区の当選者と得票数では民進党13人(33.97%)、中国国民党13人(33.35%)と、民進党と中国国民党の票数にほとんど差はなく、中国国民党の地力を見せつけられたが、近藤氏が「台湾人の中国離れは、前回4年前の総統選の頃に較べても、相当進んでいる」と述べているように、台湾の人々の中国への距離感はいっそう広がったという印象が強い。
また、今回の民進党の勝利の一因に内政の安定化も挙げられるが、この記者会見で蔡氏が蘇貞昌・行政院長の名を挙げ「この一年間、蘇貞昌行政院長には、深く感謝する。国内の政策も多く実現できたし、国際社会への貢献も増えた」と述べていたことも分かった。1月13日、内閣は慣例により総辞職したものの、蔡氏は蘇貞昌院長を慰留、早くも続投が決まった。
—————————————————————————————–蔡英文総統「圧勝」の現場で目の当たりにした「台湾人の中国離れ」近藤 大介(『週刊現代』特別編集委員)【現代ビジネス:2019年1月14日】https://gendai.ismedia.jp/articles/-/69781
◆天国と地獄が入れ替わった夜
1月11日夜9時、台北市北平東路にある民主進歩党(以下、民進党)本部前に設けられた仮設テント。そこで「2020民主進歩党 総統副総統及び立法委員選挙国際記者会」が開かれた。
その少し前、外の広場を取り囲んだ数万人の支持者たちが、「オーッ!!!」という大歓声を上げ、私がいたテント内にも響き渡った。「蔡英文総統の得票数800万突破」という速報が、大型の電光掲示板に示されたのだ。
予定より1時間遅れて、「主役」の蔡英文(さい・えいぶん)総統(63歳)が、頼清徳(らい・せいとく)次期副総統(前行政院長)、陳建仁(ちん・けんじん)副総統、呉釗燮(ご・しょうしょう)外交部長を引き連れて登壇すると、待ち受けていた約100人の台湾内外の記者たちが、スタンディング・オベーションで迎え入れた。それは、817万231票という台湾憲政史を塗り替える未曽有の票数を獲得し、再選を決めた蔡英文総統に対する、記者たちの「敬意」だった。
「謝謝、謝謝! 記者の皆さん、私たちの勝利の会見に来ていただき、ありがとうございます……」
思わず、蔡総統の表情が緩む。
彼女は、いつもの黒シャツに灰色のジャケットを羽織い、空に照る今宵の満月のような、まんまるの笑顔を見せていた。63年の半生の中で、「最高の一夜」だったに違いない。
私は、そんな「世界一幸福な政治家」から、わずか15mほどの距離に腰掛けていた。そして一記者として、この歴史的な夜の目撃者となった――。
思えば、蔡英文総統は、わずか1年2ヵ月ほど前の2018年11月24日夜9時5分、やはりこの民進党本部に姿を見せ、統一地方選挙敗北のお詫び会見を開いた。その時は俯き加減で、絞り出すような声で語ったものだ。
「執政党の主席という身で、まずは本日の地方選挙の結果に対して、私は完全に責任を負っています。いまこの場で、民主進歩党の主席を辞任します。われわれの努力が足りませんでした。それによって、一緒に戦ってきた支持者を失望させたことについて、この場で真摯に謝罪します……」
この時の統一地方選挙は、首長選挙で6勝16敗。与党としてはありえないような惨敗だった。「敗戦投手蔡英文」「民主退歩党」「藍緑版図大洗牌」(青=国民党と緑=民進党の版図がガラガラポン)……。台湾メディアは、容赦なく蔡英文総統を叩いた。
この時、最も大きな勝利の雄叫びを上げたのが、民進党の絶対的基盤と言われてきた南部の副都・高雄で、「奇跡の勝利」を収めた国民党の韓国瑜(かん・こくゆ)新高雄市長だった。「韓流」と呼ばれてヒーローとなった韓国瑜新市長は、「高雄市のために4年間尽くす」とした公約を反故にし、今回の総統選挙に出馬。国民党候補として蔡英文総統と対決したが、552万2119票で、蔡総統の3分の2しか取れなかった。
韓国瑜候補は高雄市長を「3ヵ月休職中」で、「月曜日(13日)から公務に復帰する」とコメントした。だが、市長辞任は必至との見方も出ている(1月12日付『自由時報』他)。蔡総統は10日夜の高雄市での決起集会で、「あなたたちは2度、騙されるつもりですか?」と高雄市民に問いかけ、副都で109万7621票も獲得した。それに対し、韓候補は61万896票と惨敗したのだった。まさに今回、天国と地獄が入れ替わったのである。
◆台湾で地殻変動が起き始めている
同時に行われた立法委員(国会に相当)選挙でも、蔡総統率いる民進党は、全113議席中、過半数を超える61議席を獲得して、ライバル国民党の38議席を圧倒した。中国語で言う「双贏」(シュアンイン=ダブルウイン)である。全22地域の得票数を見ても、民進党の16勝6敗で、完全に統一地方選の屈辱を晴らした。これによって、今後の台湾政局は事実上、蔡英文総統のフリーハンド状態となる。
逆に国民党は、分裂の危機に陥るのではないか。まるで中国の「ゾンビ企業」のような存在になり果てた。蔡英文総統の「勝利宣言」の前に、呉敦義(ご・とうぎ)国民党主席の辞任発表の方が先に速報で流れたのが象徴的だった。韓国瑜候補に至っては、会見をドタキャンしてしまった。
9日夜に台北で開かれた国民党の決起集会にも参加したが、集まって来たのは爺さん婆さんばかりで、婆さん歌手が演歌を歌って盛り上げていた。翌10日夜の民進党の決起集会が若者で満ち溢れ、ラップやロックで盛り上げていたのとは対照的だった。
実際、私は今回、30人以上の台湾の若者に話を聞いたが、「国民党に投票する」と答えた人はゼロだった(国民党の決起集会の参加者を除く)。特に118万人の「首投族」(恐そうなネーミングだが「初めて投票に行く若者たち」の意)の多くが、民進党に入れた模様だ。
台湾では、いまや民進党が「国民政党」になり、国民党はこのままでは内紛→分裂という道を辿る気がする。内部から有力な若手政治家が出て、党をまとめ上げることができれば別だが。何せ「民進党の機関紙」とも囁かれる『自由時報』(1月12日付)にまで、「国民党は初心に返って『反中路線』を貫いて出直せ」とアドバイスされる始末なのである。
そうした中、仮設テントの中に蔡英文総統が現れてから、9時40分に会見が終了するまで、私の脳裏をぐるぐると、一つの疑問がよぎっていた――「なぜ蔡英文総統は、地獄から天国に這い上がれたのだろうか?」
翌12日付の『自由時報』の社説は、こう分析している。
<今回の選挙は、外的要因が間違いなく、最大の特色だった。特に中国の形成判断の誤りが、台湾の有権者の激烈な反感を買った。民進党は中国共産党に感謝すべきである。習近平その人が、蔡英文の最有力のサポーターとなったのだから >
『自由時報』が論じているのは、政治的な要因として、習近平主席が2019年1月2日に、「『台湾同胞に伝える書』40周年」の演説で、「『一国二制度』による早期統一」を強く促したこと。6月以降、香港のデモを弾圧して「一国二制度」への幻滅感を与えたこと。加えて経済的な要因として、米中貿易戦争で「台商」(中国大陸でビジネスする台湾商人)が台湾に戻ってきたことなどである。
たしかにこうした要因も大きいのだろうが、今回台湾で取材していて、台湾全島で根本的な地殻変動が起き始めているような印象を受けた。
ピッタリくる喩えになるかは分からないが、それは日本の新聞購読と似ている。新聞各社は、どうやったら若者に新聞を購読してもらえるかと、試行錯誤を繰り返しているが、すべてうまくいっていない。なぜなら、いまの若者たちは、新聞購読という「行為」そのものを拒否しているからだ。
同様に、中国がアメをチラつかせようがムチをチラつかせようが、いまの台湾の若者たちは、絶対に中国には靡(なび)かないのである。だから、中国がどうしても台湾を統一するというのなら、それは武力行使によって有無を言わさず統一するしかないことになる。1895年に日本が入ってきて、1945年に国民党が入ってきたように、20××年に共産党が乗り込んでいくしかない。
だが、その過程は悲劇的なものになるだろう。ましてやアメリカ軍も入ってきて、「台湾発の第3次世界大戦」など、アジアの誰も望んでいない。
◆「これが両岸関係の答案だ」
さて、蔡英文総統は、1年2ヵ月前の「党主席辞任会見」の時とは打って変わって、太い声で切り出した。
「今日、投票に行ってくれた人に感謝する。誰に投票したとしても、民主と自由の国家・台湾を世界に示したのだから。韓国瑜候補にも宋楚瑜候補にも感謝する。
今日、台湾人は、投票という行動によって、私がこの4年間やってきた方向は正しいのだということを示してくれた。そして今後4年間、自信を持って、台湾を正しい方向に導いていくと保証する。
台湾人民は、さらに良くなり、さらに多くのことを成し遂げていくことだろう。就業を増やし、経済や教育を良くしていく。改革を続けて、台湾を発展させていく。国家も安全にしていく。
私は台湾人民を代表して、台湾の民主の証人になってくれた皆さんに感謝する。私たちは国際社会に向けて、民主の価値を示したのだ。
中華民国台湾は、国際社会の仲間入りをして、国際社会とともに発展していきたいのだ。われわれは、独立した国際社会のメンバーなのだ。われわれを国際社会のパートナーにしてほしい。台湾は主権と民主を持っているのだ。
この3年間というもの、(中国との)ボトムラインを守ってきた。中国のプレッシャーに負けないできた。『一国二制度』の政治的圧力、台湾海峡の軍事的圧力……。これからも民主の力によって、保衛していく。平和的な政策は変えないが、それには両岸双方が責任を持たねばならない。
平和・対等・民主・対話の4つが、唯一の道だ。平和とは、北京が台湾への武力行使を放棄すること。対等とは、双方が互いの存在を認め合うこと。民主とは、台湾の前途は2300万台湾人民が決定すること。対話は、双方が膝を交えて、未来の関係発展について話し合うことだ。
北京当局は、民主の台湾は動かないことを知るべきだ。今日の選挙の結果を認めるべきだ。それが両岸関係の答案だ。
選挙は終わった。これからは、すべての人が平常に戻ろう。団結して、民主を進めていこう。明日からすぐに努力して仕事にとりかかる」
テントの中は、外の支持者たちの喧騒がウソのように、静まり返っていた。われわれ記者団は、蔡総統のひと言ひと言を聞き漏らすまいとして、耳を傾けていた。蔡総統が言葉を区切るたびに、傍の男性が英語に通訳した。
それにしても、「勝者の言葉」というのは、重みがあるものだ。まるで蔡総統の言葉の背後で、「817万人のこだま」が聞こえてくるようだった。
◆「北京は、台湾の民意を尊重すべきだ」
質疑応答は、私も含めて大勢の記者が挙手したが、内外の6人の記者が指された。その要旨は、以下の通りだ。
BBC記者:今回の選挙結果に、香港のデモは影響したと思うか?
蔡総統:それは当然、あったと思う。われわれは香港のような「一国二制度」は受け入れない。台 湾総統は、台湾人の民意に従って行動していく。そして、台湾人民の期待に応えていく。台湾の 主権を守っていくということだ。 これからは両岸が、関係改善にむけて、共に努力していくべきだ。良心に基づいて、対話を始 めるべきだ。
台湾東森新聞記者:ニューヨークタイムズが書いていたが、今回の選挙は、「親米の民進党」対「親 中の国民党」という構図だったのか?
蔡総統:私が考えているのは、「自由・民主の国家」を目指す者と「自由・民主のない国家」を目 指す者が闘った選挙だったということだ。 いずれにしても、先ほど述べた4つのこと(平和・対等・民主・対話)が大事だ。これから両 岸で「良心の対話」を目指していきたい。
ニューヨークタイムズ記者:中国の強い圧力の中で、今後、国際社会とどう付き合っていくつもり なのか?
蔡総統:たしかに中国の圧力はとても大きいが、この3年余り、われわれは国際社会のパートナー と協力してうまくやってきた。 また、台湾は世界に貢献している。地球温暖化への取り組みでも深く協力している。 われわれは今日ここに、自由で人権を重視する国家であることを、世界に示した。今後は、アメ リカを始め国際社会の国々、それにEUなどとも、協力関係を拡大していきたい。 台湾は、この上なく安全な国だ。インド太平洋の国々とも協力していきたい。 政治問題だけでなく、文化面でも科学技術面でも、どんな分野でも協力できる。台湾は自由で 開放された国家なのだ。
台湾記者:これほど圧倒的な勝利を収めることができた勝因は何だったのか?
蔡総統:それは、この4年近くやってきたことが評価されたことと、次の4年への期待からだと思 う。あと4年で、改革を成し遂げる。第一に、金融サービスセンターの完備、第二に、子供を始 めとするケア・プロジェクト。第三に、国家経済の発展。第四に、台湾のパワーを国際的に示 し、地域の国際的な活動に参加していくことだ。
NHK記者:中国の圧力をどう考えているか?
蔡総統:中国からの圧力は、ますます大きくなってきている。中国は「一国二制度」ではなく、台 湾人の民意に耳を傾けないといけない。国際的責任を考えながら、「文攻武嚇」(言葉で攻めて 武力で威嚇する)を止めて、平和で安定した台湾海峡にしていくべきだ。 台湾の主権、自由、民主。これらは今後4年、変えない。そのことを基本にして、双方が責任 を持って対話を始めるべきだ。双方が良心に則って、健全な両岸関係を築いていくべきだ。 北京は、台湾の民意を尊重すべきだ。そうしたら対話はできるだろう。
台湾記者:「双贏」(ダブルウイン)となったが、今後の内閣はどうするのか?
蔡総統:この一年間、蘇貞昌(そ・ていしょう)行政院長には、深く感謝する。国内の政策も多く 実現できたし、国際社会への貢献も増えた。米中貿易摩擦の影響など、難問山積の中、引き続き 安定した内閣を築いていきたい。
◆「台湾には民主と自由がある!」
テントの外は、民進党の勝利を蔡総統とともに祝おうという台北の若者たちが、何万人も繰り出していて、広場も街頭も立錐の余地もない。蔡総統の姿が見えると、群衆は興奮の坩堝(るつぼ)と化し、
「蔡英文!!!」(ツァイインウェン)「総統好!!!」(ゾントンハオ=総統いいぞ)
の大合唱が始まった。
私は最前列から、その様子を見守ったが、まるでロック歌手のコンサートのようだった。若者たちは目をウルウルさせながら、民進党が作った「台湾要贏」(タイワンヤオイン=台湾勝つぞ)の旗を振ったり、携帯電話をライトにして翳したりしている。
蔡英文総統は、先ほど台湾内外の記者たちの前で見せた威厳を崩し、母親が息子や娘に言い聞かせるように語りかけた。
「謝謝! こんばんは。今晩は台湾人の夜だ。この自由の土地で、民主を守っていこうではないか。
先ほど国際記者会で、私の心情を述べた。台湾人は世界のメディアがこの地に参集している中で、勇敢な態度を示したのだ。私たち一人一人が『主役』なのだ。
今日は嬉しいことに、香港の朋友たちも来てくれた。中華民国台湾は、ここにある! そして私は、この地のリーダーであることが、最大の喜びだ!(「蔡英文!」の大合唱)
韓国瑜・宋楚瑜の両候補にも感謝する。二人は台湾の民主を、さらに一歩進めてくれた。たとえ国民党が勝っても、親民党が勝っても、同じ民主だ。これからは同じ台湾人として、団結していこうではないか。
改めて、皆さんが私にくれた信任と支持に感謝する。この一年は、本当に苦しかった。だがもう安心した。
何人来たのか分からないが、今晩は実に多くの人たちが、ここへ集まってくれた。もう遅いし、帰って寝ましょう。
私たち民進党は、一度失敗した。そしてその後、こうして復活した。民主と自由、そして改革への努力がなければ、今日の姿はなかったでしょう。
台湾人民に対して、最大の感謝を示したい。すべての若者に感謝する。
今日の投票のために南部から台北へ来て、帰りのチケットが買えない人もいる(投票は戸籍のある場所で行わねばならないため、台湾人の「民族大移動」が起こった)。投票のために、皆が頑張った。これが民主と自由というものだ。
あなたたちは、勇敢な台湾人だ。皆々様に、いまここで奏でている音楽隊も含めて、感謝を申し上げる。
だが今日は、まだ一里塚に過ぎない。あと4年で、さらに素晴らしい国にしてみせる。これから4年、私は台湾人のために奮闘する。
その4年、ともに歩んで行く副総統が彼だ(横の頼清徳次期副総統を指す)。台湾は永遠に、あなたを必要としている(一度は蔡総統を裏切った頼次期副総統は人気がなく、代わりに庶民派の蘇貞昌行政院長へのコールが沸き上がる)。
今日は私に投票しなかった人にも感謝する。われわれは皆、台湾人だからだ。彼らに対しては、4年後には私たちに投票してもらえるよう頑張っていく。
過半数をいただいた民進党は、絶対に裏切らない。厳粛に、一つ一つの政策を実現していく。改革を断行していく。
(中国は)民族の声望、台湾人の声望を聞いたろう。今日の結果が台湾人の選択だ。両岸関係の改善には、双方に責任がある。民主的な対話が必要だ。双方が発展するようにしていこうではないか。
選挙は終わった。これからは団結の時だ。明日、太陽が東の空から上がったら、また皆で努力しよう。団結して、すべての困難を乗り切ろうではないか。
台湾には民主がある! 台湾には自由がある! 今日の2300万人の団結に、全世界が感動している!」
◆台湾人の中国離れが止まらない
間近で蔡英文総統の大群衆へのスピーチを聞いていて、政治家とは成長する人種なのだと再認識した。「歩く機械」「棒読み総統」などと揶揄された蔡英文総統は、完全に「脱皮」を果たしていた。
加えて、「民主」と「自由」を、何十回というほど連呼する姿は、野党時代のミャンマーのアウンサン・スーチー女史のようだった。日本にいると「民主と自由」は「水と空気」のようだが、アジアの近隣においては、中国語で言うところの「宝貴的東西」(貴重なもの)なのである。このことも再認識させられた。
蔡英文総統本人は、2016年5月の総統就任から2018年11月の統一地方選大敗までを「蔡英文1・0」、それから今回の選挙までを「蔡英文2・0」と呼んでいる。だとすれば、これからの4年間は「蔡英文3・0」である。前述のように、圧倒的パワーを持った総統の誕生であり、彼女の自由に「台湾の絵」を描ける。
スピーチが終わると、再び群衆の大合唱が沸き起こった。
「2020、台湾要贏!」「団結台湾!」「民主勝利!」……
蔡英文総統がスピーチした壇の真下では、「台湾独立グッズ」が堂々と売られていた。2個で100台湾ドル(約370円)だが、若者たちの間で飛ぶように売れている。
買ったカップルに聞くと、「私たちの時代には必ず台湾独立を実現する!」とはっきり答えた。別の「TAIWAN」バッジを買った女子大生たちは、「台湾独立なんて言わなくて、どんどん独立していけばいいのよ」「すでに独立しているんだから、いまの道を進むべきよ」などと笑った。
それぞれ言い方は異なるが、「中国NO」であることは共通している。今回、4日間にわたって台北の各層を取材したが、台湾人の中国離れは、前回4年前の総統選の頃に較べても、相当進んでいるというのが実感である。
広場を出た紹興北街の通りは、散会した人々で立錐の余地もないほどだった。だが、ほどなくして、「香港加油!」(香港頑張れ)の大コールが沸き起こった。見ると、香港から駆けつけた黒服姿の若者たちが、通りの両脇に「光復香港 時代革命」の旗を掲げて立っていた。そこを台湾の若者たちが、ハイタッチをしながら通り過ぎていく。
「香港加油!!」「感謝台湾!!」(台湾に感謝する)「香港加油!!」「感謝台湾!!」……
満月が照らす深夜の通りに、100回以上にわたって、台湾と香港の若者たちのコールの応酬が響き渡った。