本誌10月2日号で報告したように、本会副会長でもある浅野和生・平成国際大学副学長には去る9月27日の台湾セミナーにおいて、台湾におけるロケットとドローンの開発と徴兵制復活までの経緯などについて講演していただいた。
浅野氏は「中華民国兵役法」全文に目を通しており、この兵役法を踏まえて徴兵制復活までの経緯などを詳しく説明し、聞き応えのある講演だった。
浅野氏は昨日の産経新聞「正論」欄に、2014年のロシアによるクリミア併合と2022年のウクライナ侵略を契機に、バルト三国をはじめとするヨーロッパで徴兵制が復活し、台湾でも復活したことを取り上げて紹介した。
ここまではほぼ台湾セミナーで話していただいた。
正論欄では、翻って日本を顧みると、いまだに徴兵アレルギーが蔓延しており、それならまずフランスに倣って「南海トラフ地震や台風・線状降水帯など、大規模もしくは激甚な災害への対策として、15〜20歳の若者に1カ月ほどの社会訓練を課してはどうか」と提案している。
若者に「非常時訓練キャンプ」を浅野 和生(平成国際大学副学長)【産経新聞:2025年10月13日】https://www.sankei.com/article/20251013-6SRLWNJA7BLKDBQ6Q6FFWKXXMM/
◆世界に広がる徴兵制復活
日本と同じ80年前の敗戦国であるドイツでは現役18万人と予備役10万人の国防兵力を、2030年代に各26万人、20万人へと約1・5倍にする計画が進行中だ。
去る8月27日、志願兵だけで達成できない場合に備え、議会の承認を得ることで徴兵制を再開できる法案を閣議決定した。
可決されれば、11年以来15年ぶりにドイツで徴兵制が復活する可能性がある。
今、世界ではドイツに限らず、各国で徴兵制の復活、徴兵対象の拡大、あるいは大幅な兵力増強が進められている。
欧州における軍備増強の潮流は15年から始まった。
その嚆矢(こうし)となったのはリトアニアで、08年に廃止した徴兵制をこの年5月に復活させた。
さらに27年までに徴兵数を年間3800人から5000人に増員して兵力を拡大する。
ノルウェーでは15年に男子のみだった徴兵制を男女の徴兵制に変えた。
24年に9000人だった年間徴兵数を27年までに50%増の1万3500人に拡大する。
スウェーデンでは18年から18歳男女の徴兵制が復活した。
同国は10年に徴兵制を廃止したが、復活にあたり女性も徴兵対象に含め、徴兵数は4000人から始め35年に1万2000人まで増員するとした。
7年目の24年には8000人が入営した。
なお25年に、徴兵制に基づく戦時の再招集年齢の上限を47歳から70歳に引き上げた。
ポーランドは22年に兵員15万人を30万人に倍増させると決定した。
さらに25年3月、トゥスク首相はすべての男性が有事に備えた訓練を受けることにし、兵員数を20万人から50万人に増員したいと述べた。
ロシア軍130万人を相手に闘うウクライナ軍80万人の姿を見て、自国を守るには軍の拡大が必要だと決断したものだ。
ラトビアは07年に廃止していた徴兵制を24年から復活させた。
なおエストニアは徴兵制を継続しているので、これでバルト三国すべてで徴兵制が施行された。
◆露侵略の現実に直面し
今年9月にはクロアチアも08年に停止した徴兵制の復活を決定した。
26年からは18歳から30歳の男性すべてに2カ月間の軍事訓練が義務付けられる。
またデンマークでは18歳男性に兵役義務があったが、25年7月から徴兵の対象に女性を加えた。
訓練期間は4カ月だが、26年には11カ月に延長する。
このほか欧州では、オーストリア、ギリシャ、トルコなどで徴兵制がある。
フランスでは01年に徴兵制を廃止したが、19年に15歳から17歳の若者に1カ月の訓練を課す制度を導入した。
このプログラムは軍や警察、消防などでの活動と、ボランティア・慈善団体などの奉仕活動を各15日間行うもの。
なおマクロン大統領は25年3月、予備役4万人を35年までに10万5000人に増員すると発表した。
欧州以外で、一度停止した徴兵制を再開したのが台湾である。
台湾では18年に1年間の義務兵役制を終了したが、22年2月のロシアのウクライナ侵攻、同年のペロシ米下院議長訪台時の中国による台湾包囲演習により、国民の間で国防力強化を求める世論が高まった。
24年1月から1年の兵役訓練義務が復活している。
このように14年のロシアによるクリミア併合が契機となり、ロシア周辺国で徴兵制復活・強化が始まり、ロシアによるウクライナ侵攻によってそれが加速、拡大した。
他国に向けて軍事力を行使する大国があるという現実に直面し非常時への備えを強化しているのである。
振り返って我が国は、ロシアと中国の両大国に隣接しているのに、切迫感が見られない。
◆「徴兵アレルギー」の日本で
世界の国々にとって「徴兵制」は数ある政策の一つであり、必要とあれば選択して執行する。
社会福祉・男女同権について、多くの日本人が先進モデルと考える北欧において、男女平等の徴兵制が導入されている。
若い世代に各種訓練を体験させ、非常時の備えとして自国の防衛・社会の安全のための適応力を持たせることは、人権侵害でも国家権力の乱用でもない。
しかし日本には、憲法問題とともに「徴兵アレルギー」が蔓延(まんえん)していて、これを議論の俎上(そじょう)に載せることは難しい。
それならフランスに倣い、南海トラフ地震や台風・線状降水帯など、大規模もしくは激甚な災害への対策として、15〜20歳の若者に1カ月ほどの社会訓練を課してはどうか。
現行の避難訓練に替えて、災害弱者の避難補助や被災者・帰宅困難者の避難誘導、避難所の設営や運用、傷病者の応急措置や搬送を、地域と一体となって訓練する。
さらに自然災害や各種犯罪についても、座学だけではなく体験的に学ぶ機会とする。
これにより、日ごろスマホの画面に封じ込められている若者の意識を、地域に、日本に、世界に広げさせ、非常時に率先して行動できるようにする。
そのために、一定期間のキャンププログラムに参加させるのである。
世界の現実とかけ離れた低い目標だが、まずは一歩を踏み出すことである。
(あさの かずお)。
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