日本の中学生が学校で使う地図帳では、台湾が中国(中華人民共和国)の一部とされていることから、日本李登輝友の会が本格的に中学校地図帳問題に取り組んだのは2005年(平成17年)だった。
地図帳を発行していた帝国書院と東京書籍に対して質問状を送り(2005年7月)、台湾と中華人民共和国の間に国境線が引かれておらず、台湾が中国の領土に組み込まれているかのような表記の問題や、いずれも台湾が中国の領土として描かれている「中国の資料図」引用の問題などについて質した。
しかし、帝国書院も東京書籍からも「教科書は文部科学省の検定済みであり、日本国政府の見解に基づいて取扱っている」とのにべもない返答だった。
理解を示していただいた国会議員の一人、笠浩史・衆議院議員もこのような地図帳問題を憂え、小泉純一郎総理にかなり長い質問主意書を提出し、台湾の領土的地位に関する「日本国政府の公式見解」や「中学校の地図帳における資料はすべて中国のものを使用しているため、台湾は中国の一部として表記されている。
このような資料を使用する中学生は台湾を中国の一部であるとしか認識できないと思われるが、政府の見解はどうか」などと質した(2005年10月31日)。
小泉総理からは「どのような資料を用いるかは教科用図書の発行者の判断」「検定基準に照らし、教科用図書検定調査審議会の専門的な審議により、教利用図書として適切であると判断された」とする旨の答弁書が返ってきた(2005年11月15日)。
ほぼ予想された通りの内容だった。
当時の李登輝元総統(故人)もこの地図帳問題について「日本の社会科地図の問題は、両国間のいびつな関係の象徴だ」と指摘し、また「台湾を中国領土とする地図帳を検定で合格させたことは、中国の台湾侵略の正当化、台湾人民の人権蹂躙に等しく、平和愛好国家の日本にとっては道徳的汚点だ」(2005年11月3日、第3回日本李登輝学校台湾研修団における修業式でのスピーチ)と批判していた。
本会の田久保忠衛・副会長(故人)も同じころ、産経新聞「正論」欄で「安易に過ぎる台湾の地図上表記」と題して問題点を指摘し、関心を促した。
その後も本会は、講演会や署名活動などで広くこの問題を訴え、また外務委員会で質疑し、質問主意書を提出していただいた国会議員も出てくるようになった。
文部科学大臣宛にも何度か「「中学校社会科地図帳の記述内容に関する訂正要望書」を出し、当時の小田村四郎会長は文部科学省で記者会見をして実情を訴えた。
しかし、それでも一向に記述は訂正されないままだった。
今年3月、文部科学省は中学校の歴史や地理など社会科教科書の検定合格を発表した。
産経新聞大阪正論室参与の小島新一氏が検定に合格した地図帳について、かなり詳しく内容を取り上げ、「生徒たちは台湾が中国の一部だと誤解するだろう。
台湾は中国の不可分の一部とする『一つの中国』という中国の主張を信じかねない」と指摘している。
驚いたことに、本会が関与した笠浩史・衆院議員の質問主意書も紹介し、「この地図帳や地理教科書は、『台湾は中国の一部』だと叫ぶ人々に反米運動の根拠を与えかねない。
わが国が中国の情報戦にやられている証(あかし)に思えてならないのだ」と警鐘を鳴らしている。
今から約20年前の地図帳と問題点がほとんど変わっていないことに、まず驚かされた。
また、現在、本会が取り組んでいる戸籍問題でも、日本に帰化したり日本人と結婚した台湾出身者の国籍や出生地が「中国」とされていることの最大の危惧は、政府がいかに「一つの中国」を容認していないと言い張ったところで、戸籍で台湾出身者の国籍を「中国」、すなわち台湾出身者を中国人としているのだから、中国が主張する「一つの中国」を日本が容認している証と見做されかねないことにある。
そうだとすれば、台湾有事の際に、中国が日本の戸籍の取扱いを盾に「中国の内政問題に立ち入るな」と突っぱねてくる可能性は決して低くない。
むしろ高いというべきで、「国家安全保障戦略」など安保関連三文書を制定しても、この戸籍問題は日米同盟に楔を打ち込む梃子として中国に利用されかねない。
台湾有事に際し、日本と米国の動きを縛りかねない危険性をはらんでいる。
もちろん、小島氏が指摘するように、台湾有事の際に台湾を助ける米軍は日本国内の基地を使用する可能性は高く、「そのとき、この地図帳や地理教科書は、『台湾は中国の一部』だと叫ぶ人々に反米運動の根拠を与えかねない」という危惧は、戸籍問題ほどの深刻さはないと思われるものの、懸念はよく理解できる。
危惧や懸念はできるだけ早く取り除いておきたい。
「台湾は中国の一部」誤解生む地理教材が検定合格 適正を欠く教科書が散見小島 新一(大阪正論室参与)【産経新聞「教科書と共産主義・上」:2024年6月22日】https://www.sankei.com/article/20240622-RYHH4CVJSFIHLOTEWDPNTHNK64/
共産主義の礼賛にその罪の隠蔽(いんぺい)、そして中国へのおもねり─。
今年3月に文部科学省が検定合格を発表した中学校の歴史や地理など社会科教科書・教材には、共産主義の思想や体制に肩入れする内容が目立った。
周辺国への軍事的威圧を強める中国、ウクライナで侵略戦争を続けるロシア、ミサイルの発射を繰り返す北朝鮮。
共産主義をルーツとする独裁・強権体制が国際秩序と平和を乱す世界情勢にあって、共産主義についての教育には「負」の側面を含めることが重要なはずだが、適正さを欠く教科書が多いようだ。
◆台湾の民意に反し
まず取り上げたいのは、地図帳と地理の教科書の台湾をめぐる表記である。
今回検定に合格した地図帳は、帝国書院(帝国)と東京書籍(東書)の2点。
両者には東アジアの地図が数点ずつ掲載されているが、いずれも台湾が中国(中華人民共和国)の領土であるかのような図柄となっているのだ。
中国と台湾の間の台湾海峡に中間線などの線がなく、台湾の東(太平洋)側や南(バシー海峡)側にだけ国境線が引かれているためだ。
さらに帝国の地図帳は、世界各国の面積をまとめた一覧表で、中国について「ホンコン、マカオ、台湾を含む」と注記して、台湾を含めた数字を記述している。
また地理で検定合格した帝国、東書、教育出版(教出)、日本文教出版の教科書4点はいずれも、台湾を中国の一部として色付けした中国作成の統計資料(地域別の人口密度の分布や1人あたりの総生産額など)の簡略地図を掲載している。
これらを読んでいる限り、生徒たちは台湾が中国の一部だと誤解するだろう。
台湾は中国の不可分の一部とする「一つの中国」という中国の主張を信じかねないのだ。
なお、歴史分野でも、中台の現状を「分断」(教出)、「分断状況」(東書)と記述した教科書が今回の検定で合格している。
「分断」とは、「本来は1つの国」だと受け取られかねない表現だが、台湾が現在の「中華人民共和国」の一部であったことは一度もない。
歴史的にみても、清朝時代に大陸側に統治されたことはあったが、その一時期に過ぎない。
台湾の民意も「中国との一体化」を拒否している。
台湾の政治大学選挙研究センターの昨年の世論調査によれば、中台関係についての回答は、「永遠に現状維持」が33.2%▽「当面は現状維持で将来再決定」が27.9%▽「どちらかというと独立」21.5%─となっており、中国との「一体化」を望む「すぐに統一」「どちらかというと統一」は、合わせて7.4%に過ぎない。
「現状」については、歴代総統が、「台湾は主権独立国家である」(陳水扁氏)、「私たちはすでに独立国家である」(蔡英文氏)と表明。
5月20日に総統に就任した頼清徳氏も、就任演説で、「中華民国(台湾)と中華人民共和国は互いに隷属しない」と中国の統一攻勢を拒否する姿勢を明確にし、「高慢にも卑屈にもならずに現状維持に取り組む」と表明した。
◆過去にも問題化
中国・共産党政権は1949年の建国以来、台湾を自国領土と見なしてきた。
現在の習近平国家主席は歴代の指導者と比べても併合への意志が強固。
軍事挑発など台湾への圧力を強めており、緊張が高まっている。
実は地図帳や教科書が台湾を中国の領土のように表記するのは今回が初めてではない。
過去にもたびたび問題視され、平成17年には、笠浩史衆院議員が政府に質問主意書を提出している。
問題になったのは今回同様、帝国と東書の地図帳。
質問主意書は、台湾をめぐる図柄を両社側が「日本政府の見解に基づいている」と説明していたことを受け、政府の見解などを問うている。
それにしても、中国が台湾に武力侵攻する「台湾有事」が日本を巻き込む形で起きるかもしれないとの予測が各方面でなされる現状に至ってなお、中国の言い分だけに従うような教育が許されるのだろうか。
◆政府見解が「根拠」
今回の地図帳の表記の根拠について尋ねると、帝国書院は「日本政府の見解に準じた」と説明。
東京書籍は「回答は差し控える」とした。
「日本政府の見解」とはどのようなものか。
前述の質問主意書に対し、当時の小泉純一郎内閣が閣議決定した回答書によれば、「昭和四十七年の日中共同声明第三項にあるとおり、『台湾が中華人民共和国の領土の不可分の一部である』との中華人民共和国政府の立場を十分理解し尊重するというものである」─。
この「十分理解し尊重する」という表現は、「承認」ではないとされている。
「(台湾は自国領土だという)中国の立場」を認めたわけではない、ということだ。
一方で、日本政府は過去、中国への「おもねり」も繰り返してきた。
靖国神社の首相・閣僚参拝を見送ったり、尖閣諸島を奪いにきているのに毅然(きぜん)とした態度を取らなかったり。
今回見た教材の台湾表記もそんな政府の姿勢が反映されているように思える。
台湾をめぐる情勢は悪化の一途だ。
中国による軍事挑発のレベルは上がり、フェイクニュースなどを使った認知戦や世論戦でも台湾が屈服するよう揺さぶりをかけているとされる。
中国が台湾に武力侵攻をしても、米国は台湾を助けない─という「疑米論」の浸透などがその代表例だという。
中国の武力侵攻に対し、台湾を助ける米軍は日本国内の基地を使用するだろう。
そのとき、この地図帳や地理教科書は、「台湾は中国の一部」だと叫ぶ人々に反米運動の根拠を与えかねない。
わが国が中国の情報戦にやられている証(あかし)に思えてならないのだ。
(大阪正論室参与)
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