【産経新聞「陳銘俊の一筆両断:2022年4月25日」https://www.sankei.com/article/20220425-C3HUDG2NKROSNALOEXVZOG4DVI/
半導体世界大手の台湾積体電路製造(TSMC)グループが今月、熊本県で工場建設に着手しました。九州経済産業局がリードする「九州半導体人材育成等コンソーシアム」が始動するなど、受け入れ準備も進んでいます。これに呼応して台湾と九州の大学や研究機関の間で連携を模索したり、台湾のIT企業の中で九州を目指したりする動きが出ているとも聞いています。
これらの動きは、もともと縁が深い台湾と九州、台湾と日本を一層強く結びつけるだけでなく、さらには世界の民主主義圏の経済安全保障にも貢献するものと考えています。ロシアの石油エネルギーに頼る欧州諸国がウクライナへのロシアの侵攻でどれほど苦しんでいるかを目の当たりにするにつけ、経済安全保障の重要性を痛感せざるを得ません。
経済安全保障に関連して、TSMC以外にも日本の方々にぜひとも理解し、応援していただきたいことがあります。それは台湾の環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)への加入です。
TPPは、11カ国が参加するFTA(Free Trade Agreement=自由貿易協定)の一つです。アジア太平洋地域の人口5億人をカバーする一大貿易圏で、参加国の国内総生産(GDP)は10兆ドルを超え、世界全体の1割程度を占めています。お互いの関税をなくしたり、投資のルールを透明にしたりすることで貿易や投資を活発にするだけでなく、データを扱う電子商取引や知的財産などの分野でもルールを定めてサービスや投資の自由化を進めることも大きい特徴としています。経済の中国依存を減らし、多国間貿易で生きていこうとする台湾にとって、TPP加入は死活問題なのです。
台湾の加入申請を見越すように、中国は先手を取って昨年9月16 日に加入を申請しました。結果的に台湾の加入申請は約1週間遅れの22日になりましたが、台湾の加入を阻止しようとする中国の意図は明らかです。
欧州連合(EU)から離脱したイギリスは、TPP発効後初めての加入申請国として昨年2月1日に加入申請を行い、すでに交渉が始まりましたが、台湾の加盟交渉はまだ始まっていません。われわれは今年2月8日に、2011年の東京電力福島第1原発事故後から続けてきた福島県など5県産の食品輸入禁止措置を解除することを決定するなど、TPPの加入基準をクリアする努力を続けていていますが、いまだに交渉が始まらないのは残念でなりません。
聞こえてくる話では、TPP加入のための条件(ハードル)面で大きい開きがある中国と台湾を同時加盟させようとする考えもあるとのことですが、そうなった場合には、国の補助金などを多く得た中国の国有企業の存在が既存加盟国のメリットを失わせることは明らかです。また、最先端技術に対する知的財産権の取り扱いに関しても、民主主義圏の経済安全保障に悪影響を及ぼすことが予想されます。
TPPをリードする日本には、厳しいルールに基づく加盟条件やTPP本来の在り方を考えたうえで、台湾と中国を同列視するのではなく、一刻も早く台湾の加盟交渉を進めてもらいたいと思っています。
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陳銘俊(ちん・めいしゅん)1964年3月、台湾東部、花蓮県生まれ。台北市の中国文化大韓国語学科を卒業後、台湾外交部入り。大阪外国語大(現大阪大)や慶応大への留学経験がある。カリフォルニア大学バークレー校、ハーバード大学客員研究員。許世楷・台湾駐日代表(当時)の補佐官や台北駐ボストン経済文化弁事処の副処長などを歴任し2018年7月から日本の内閣官房にあたる台湾総統府で機要室長を務めた。2021年10月1日、台湾の総領事館に相当する台北駐福岡経済文化弁事処の処長(総領事)として着任。趣味は語学研究。
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