台湾で国民党独裁からの民主化を描いたドラマ解禁  黄 文雄(文明史家)

【黄文雄の「日本人に教えたい本当の歴史、中国・韓国の真実」:2020年6月10日】*小見出しは、読者の便を考慮して編集部が付していることをお断りします。

◆民主主義が浸透している台湾を証明した韓國瑜・高雄市長リコール

 まずは、6月6日に行われた高雄市長の罷免投票についての結果についてです。みなさんご承知のように、現職の高雄市長である韓国瑜氏のリコールが成立しました。投票の内容は、以下報道を一部引用します。

<高雄市選管当局の最終集計によると、賛成票は93万9090票、反対票は2万5051票で、賛成票がリコールの成立要件だった有権者総数(約230万人)の4分の1(約57万5000票)を大幅に上回った。公選法の規定により、韓氏は7日以内に解職される見通し。>

 リコール投票のきっかけは、韓氏が市長選の際に「総統選挙には出ない」と公約したにもかかわらず、結局、3ヵ月も市長職を休んで総統選に出馬し、結果は惨敗に終わったことでした。

 今後は、韓氏が解職されてから3ヵ月以内に、市長選が実施される予定です。一部メディアでは、国民党候補だった韓氏が罷免されたことで、次の市長には民進党候補が有利だろうとの憶測もあります。

 今回の罷免騒動で証明されたのは、台湾でどれだけ民主主義が浸透しているかということでしょう。リコール投票の成功例は、台湾史上きわめて珍しいことです。きちんと公選法が機能し、投票により民意が決定され、その決定し従って粛々と政治が進んでいます。私は、この様子を見たときには実に感動しました。

◆日台合作のドラマ「路〜台湾エクスプレス〜」など

 高雄市長の話はここまでにしておいて、今週は台湾のエンタメ情報です。

 日台合作のドラマ「路〜台湾エクスプレス〜」がNHKで放送されたのは、皆さんご存じでしょう。日本の売れっ子女優の波留さんと、台湾のイケメンアイドル炎亞綸(アーロン)が主演です。過去に出会っていた2人は、台湾新幹線事業を通じて再開するという淡い恋物語です。

 台湾は韓国ほどエンタメ業界が世界で話題になっていません。しかし、映画やドラマの制作に関しては、ときどき話題になる作品が登場しています。

 2008年に公開された台湾映画『海角七号』は日本でも大きな話題となりました。近年では、『紅衣小女孩』『粽邪』『女鬼橋』などのホラー映画も話題です。人気俳優の邱澤(ロイチウ)が主演した『誰先愛上他的』は、国内外の様々な映画賞を獲得した人気作品でした。

 ドラマ部門でも、近年、台湾で話題になったドラマはいくつかありますが、最も話題となったのは『我們與惡的距離(悪との距離)』です。社会派ドラマとして注目を浴びました。このドラマは、今ネットフリックスで配信されています。

◆台湾初の本格政治ドラマ「国際橋牌社」(アイランド・ネーション)

 これまでの台湾ドラマあるいは台湾映画は、社会問題、ことに政治問題を取り上げることはタブーとされてきました。中国からの横やりが入るからです。社会問題を扱って、中国が気に入らなかったらすぐに中止に追い込まれ、出演者たちは中国大陸での活動を禁止されるブラックリスト入りだったのです。

 しかし、蔡英文時代になってからはそうしたタブーも徐々に薄れていき、制作側の表現の幅も広がっていきました。そしてついに登場したのが、台湾の民主化を描くドラマ『国際橋牌社(アイランド・ネーション)』です。内容は以下、報道を一部引用します。

<5月に放映された『アイランド・ネーション』第1シーズン(全10話)は、1987年に史上最長の戒厳令が38年ぶりに解かれ、翌88年に台湾出身者初の総統に就任した李登輝が民主化を模索し始めた、台湾政治の転換期である1990〜94年が舞台。

 多くの市民を不当逮捕・投獄した言論統制令「旧刑法100条」廃止や、台湾・韓国断交、政治改革を訴える大規模民主化運動「百合学生運動」政党結成解禁、護衛艦蔚山級フリゲート海軍調達事件などの史実をベースに、総統府と行政院(内閣)、与党、国軍の縄張り争い、台湾独立運動、メディアへの露骨な政治介入など世相を反映するエピソードが、総統侍衛長(護衛長)、白色テロ犠牲者の娘、陸軍トップの令嬢、与党青年幹部、女性新聞記者、フリーランスカメラマンの若者6人の生き様を軸に、活写される。

 人物・団体名はすべてフィクションだが、劇中の与党“中国国家党”は中国国民党のもじりで、総統の“黎清波”は李登輝、総統侍衛長の“沈建宇”は李登輝の側近・王燕軍(ワン・イエンジュン、57)、軍出身の行政院長(首相に相当)“楚長青”は陸軍第一級上将(陸軍上級大将)で実際に李登輝政権の行政院長を務め、今年3月に100歳で死去した●柏村(ハウ・ボーツン)をそれぞれモデルにしている。>(●=都の者が赤)

 李登輝が登場し、台湾が民主化への道を歩み始めてからの台湾史をドラマ化したのです。撮影は、2019年3月から始まっており、台湾ではすでに1月に第1シーズンが台湾の動画配信サービス「friDay影音」で配信されていました。報道によれば、1月に全世界向けのリアルタイム配信されたドラマの視聴者数は100万人を超えたそうです。

 李登輝と司馬遼太郎との歴史的対談の中で、私がもっともよく覚えている話題があります。それは、「台湾は西洋からだけでなく日中からも文明的、文化的な影響を受け、これから世界は台湾に大いに期待するようになるだろう」という内容です。

 考えてみれば、モスクワ大公国はタタールのくびきを脱してから、第三ローマ帝国として東進を続け、イベリア半島のポルトガル、スペインを経て海に出て地球を二分する大帝国となりました。

 台湾についても、小国だから世界の主流とはなりえないと考えるのは間違いです。現在すでに台湾は、米中間交渉において需要な位置にあり、香港人にとって最も頼れる場所となり、コロナ禍でもその優秀さを世界に示しました。

◆ポイントは政府から助成金が出たこと

 話をドラマに戻しましょう。

 報道によれば、内容が政治的なものであるため、配信先を探すのが大変だっただけでなく、中国に気を遣う俳優から出演を断られたことも少なくなかったそうです。それでも制作は進められ、予定では、1シーズン全10話、全8シーズンで完結とのこと。製作資金については、以下報道の通りです。

<文化部(日本の文部科学省に類似)から3,000万台湾元(約1億700万日本円)の助成を受け、撮影スタッフが集めた資金4,500万台湾元(約1.6億日本円)を加えた合計7,500万台湾元(約2.7億日本円)を投じて制作された>

 放映後の評判は上々のようですが、一部では国民党の巨悪が描き切れていないなどの不満もあるようです。ただ、こうしたドラマが総統府内で撮影され、政府の資金援助を受けて制作されるということが台湾にとっては重要なことなのです。

 これからは、こうした題材も誰に遠慮することなく制作できるようになるでしょう。国民党との駆け引きを中心にした高雄前市長の韓国瑜氏の半生をドラマにするのも面白いのではないでしょうか。

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