香港の次は「台湾独立」派を取り締まる中国  黄 文雄(文明史家)

【黄文雄の「日本人に教えたい本当の歴史、中国・韓国の真実」:2020年12月2日】*読みやすさを考慮し、小見出しは本誌編集部が付したことをお断りします。

◆中国の「台湾独立派リスト」作成は独裁国家ならではの手法

 中国当局が「台湾独立分子」のリスト、いわゆる「ブラックリスト」を作成し、リストに名前が載った人物には「生涯責任を追及する」と公言しました。以下、報道を一部引用します。

<中国系香港紙の大公報(電子版)によると、リストに記載された人物は刑法が定める「国家分裂罪」のほか、台湾独立阻止を狙った2005年の「反国家分裂法」や15年の「国家安全法」違反に問われる恐れがある。

 一方、香港紙サウスチャイナ・モーニング・ポスト(電子版)によると、リスト化は2年前から検討されていたが、ポンペオ米国務長官が12日に「台湾は中国の一部ではない」と発言したことなどを受けて実施を決定した。米国の次期政権誕生後に公表される見通しという。

 中国共産党機関紙、人民日報系の環球時報は17日付社説で「(リストアップされた人物は)香港やマカオ、大陸(中国本土)の地を踏めなくなり、他国訪問も危険な旅となる」と警告した。外国人がリスト化された場合、中国入国時に拘束される恐れがある。>

<サウスチャイナによると、次期米政権の始動後にリストを公表する見込み。台湾事務弁公室は報道を受けた談話で、リスト作成を明言しなかったものの、国家主権と領土の保全への挑戦を「絶対に許さない」と主張。共産党機関紙、人民日報系の環球時報英語版(電子版)は蘇貞昌行政院長(首相)らがリストに入ると伝えた。これに対し、蘇氏は「国(台湾)と人民を守り、威嚇に屈しない」と述べた。>

 ずいぶんな脅しです。しかし、こんな脅しやブラックリスト作成は、中国共産党のお得意分野で、今さら公言するまでもなくこれまでも行われてきました。なぜ今、わざわざこのようなことを公言するのでしょうか。

 上記の報道にもあったように、トランプ政権になってから台湾とアメリカの距離が縮まりました。バイデン政権がどう出るか、まだ具体的には分かりませんが、コロナ対策なども含めて台湾が世界で存在感を増しているのは事実です。そこで、焦った中国が今さらこのようなことを公言しているのではないか、というのがメディアの論調です。

 報道によれば、バイデン米大統領の誕生とあわせてリストを公表するとありますが、そもそも公表しないから「ブラック」なわけで、公表してしまったら「レッドリスト」です。

 独裁国家にとってブラックリストは重要です。反乱分子となる人物を根絶やしにするための重要な手法です。かつて、国民党が独裁政治を敷いていた台湾にもブラックリストは存在していました。このニュースを見たとき、私はかつての台湾を思い出しました。

◆国民党が「ブラックリスト」を作成していた台湾の暗黒時代

 国民党による戒厳令下の台湾では、ブラックリストとセットになって旧刑法100条が使われていました。旧刑法100条とは、内乱罪を規定したものであり、主に表現の自由を制限したものです。これを口実に多くの罪なき人が逮捕、投獄され、時には死刑にされました。

 そんな情勢下でも、自由と民主を渇望した人々は、台湾独立活動をやめませんでした。彼らは当然ながら国民党のブラックリストに載り、旅券を剥奪されたため、日本に亡命しました。許世楷、黄昭堂、金美麗などのほか、かくいう私もその一人です。表現の自由を求め、『自由時代』という雑誌の編集長を務めた鄭南榕は、抗議の焼身自殺を図り、この世を去りました。台湾の暗黒時代、白色テロ時代です。

 その後、1988年に李登輝が総統になり、1992年にブラックリストは解除され、私も台湾に戻ることができました。台湾は民主化に向けて急速に変化し、国民党は野党となり、若者は「天然独(生まれながらにして独立志向)」といわれる時代となりました。わずか30〜40年の間に、激動の変化を遂げました。同時に、かつてのブラックリストに載った人々は年を重ね、次々とこの世を去っています。

 以前、このメルマガでご紹介した台湾の政治ドラマ『国際橋牌社(アイランド・ネーション)』第1シーズンが、2020年5月、台湾の公視テレビで放送されました。製作者の予想以上に評判がよく、続編の製作が予定されているとのことです。

 このドラマは、台湾が民主化へ舵を取り始めた1990年代を舞台にしており、製作側は物語はすべてフィクションだと言っていますが、実際は実在の政治家をモデルにしていると言われています。

 台湾人初の総統となった李登輝、李登輝の側近の王燕軍、軍人出身で行政院長を務めた●柏村などです。彼ら政治家と実際の歴史上の出来事をベースに、総統侍衛長、白色テロ犠牲者の娘、陸軍トップの令嬢、与党青年幹部、女性新聞記者、フリーランスカメラマンの若者6人それぞれの人生が描かれています。テレビドラマでは初めて総督府で撮影が行われたこともニュースになりました。このドラマは、台湾の民主化を描いたものであることから、一部報道では、中国でのブラックリスト入りを恐れて出演を辞退した俳優もいたとのことです。(●=都の者が赤)

◆李登輝元総統や蔡焜燦氏が日本に望んだこと

 長くなりましたが、私からしてみれば政治思想的ブラックリストとは白色テロ時代の遺物であり、2020年の今、台独分子のブラックリストを作るぞと公言して脅すなど、時代錯誤も甚だしいということです。中国共産党がどれほど強権を用いて台湾人を脅しても、その脅しの手が古ければ恐れるに足りないし、むしろ失笑ものです。中国のやることはいつもそうですが、まるで存在している時代が違うかのような錯覚に陥ります。かと思えば、デジタル監視社会という最先端の一面も持っています。中国社会は実にアンバランスな社会です。

 2020年11月時点で、米の主流メディアは、民主党のバイデン氏が「当確」と伝えていますが、共和党のトランプ側は選挙の「不正」を主張していて、まだ決着はついていません。もしバイデン大統領が登場したら、台湾の「国家承認」の可能性は消えるでしょう。バイデン氏は、クリントン氏とオバマ氏の民主党の「協調外交」を継承しているからです。

一方、日本は米中からの挟み撃ちで困難を極めるとの論調もあります。アメリカが台湾の「国家承認」に積極的でなくなれば、日本も同調します。日本のリベラル派は「平和」を声高に叫んでも、「有言実行」はしません。それがリベラル派の限界です。

  むしろ、台湾が中国の言いなりにならないと、「中国を怒らせるな。迷惑だ」との論調です。これには私もがっかりしました。李登輝氏や蔡焜燦氏が望んだような、日本政府の毅然とした態度を切望します。

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