台湾の統一地方選が11月24日投開票され、与党民進党が大敗を喫し、党主席を兼務していた蔡英文総統は党主席を辞任した。政権の要である頼清徳・行政院長と陳菊・総統府秘書長も辞意を表明した。
市長選挙で、高雄、台中、台北、新北の4大都市をすべて落とした民進党の敗北ぶりは、「惨敗」以外の言葉では形容できない。
今回の選挙の意義は、台湾の主体性を掲げて優勢を誇っていた民進党の天下が、高雄市長選を制した国民党・韓國瑜氏が巻き起こした「韓流」ブームに象徴されるポピュリズム政治の台頭に打ち砕かれたことだ。
◆「韓流」風に包み直して
台湾では国民党はブルー、民進党はグリーンで分類される。数日間雨だった台湾は、投票日の24日、ブルーの空が広がった。そしてその夜、台湾の政治マップもブルー1色となった。
22ある市と県のトップを決める選挙で、民進党の勢力は13から6に、国民党は6から15となった。2014年の統一地方選では民進党の圧勝でグリーン1色になったものが、一気にブルーの侵食を受ける形となったのである。特に、現職を有していた高雄、台中などで予想外の敗北を喫し、台湾メディアには「崩壊」「壊滅」などの見出しが躍った。
今回の選挙の主役は、蔡英文総統でも、国民党の呉敦義主席でも、台北市長の現職柯文哲氏でもない。高雄の国民党候補・韓國瑜氏だった。韓氏は元立法委員で、前職は台北の青果市場のトップ。人脈が広く、台湾のヤクザとも関係があると言われ、経歴や人間関係を重んじる国民党主流からは排除され、傍流中の傍流だった。
そんな人物が、一時は崩壊の危機にあるとも言われた国民党を救ったのだから、皮肉な事態としか言いようがない。
韓氏は、自らを「賣菜郎CEO(八百屋CEO)」と名付けてネットでのイメージ選挙を発動。従来の組織重視の国民党選挙を覆し、いつもペットボトルの水一本を片手に有権者まわりを続けた。人気の火がついたのが選挙の2カ月前。あっという間に世論調査で対立候補の民進党のホープ・陳其邁氏を上回り、終盤は民進党の必死の追い上げがあったものの、10万票以上の差で逃げ切りを果たした。
韓氏のスタイルは、世界で流行するポピュリズムそのものだ。伝統政党の国民党候補であることを強調せず、生活に苦しむ「民衆の味方」を自称する。経済優先を掲げ、「政治やイデオロギーは一切語らない」とし、「高雄を生まれ変わらせる」と叫び続けた。まともな政策パンフレットもなく、マニフェスト重視の潮流など一切気にかけなかった。
台湾の人たちは、経済優先、という言葉に弱いところがある。その理由は、移民社会である台湾には食い扶持を失うことへの潜在的な恐怖心があるからだとも言われる。
現在の蔡英文政権が拒否する「92年コンセンサス」を受け入れ、中国とうまく付き合いながら経済を伸ばしていく、という韓氏の主張は、事実上、馬英九総統時代の対中政策をほぼそっくり付け替えたものだが、それを経済優先の一手段として「韓流」風のパッケージに包みなおした形である。
◆ポピュリズム選挙を招く土壌
今回の選挙は、ひと言で言えば民進党の自滅であった。
民進党としての最大の敗北理由は、蔡英文総統の不人気だ。当初7割あった支持率は政権発足から2年半で3割に激減していた。
蔡総統の不人気には複数の要因があるが、総統個人の魅力不足は否めない。台湾総統には、台湾のスポークスマンであり、イメージキャラクターであり、セールスマンという役割が課せられている。それは李登輝時代から陳水扁、馬英九に到るまで同じだった。
人口2300万人の小さな台湾が巨大な中国と向き合ううえで、国際社会の声援は大切な応援団で、その国際社会の支持が台湾の人々を安心させる。台湾総統は常に台湾のメッセージを内外に発しなくてはならない。
しかし、蔡英文総統は年金改革や労働法改正など難しい政策課題には必死に取り組んだが、国内外のメディアの取材は滅多に受け付けず、自らの思想や考えを国民に語りかける機会は少なかった。蔡総統にすれば、精一杯総統の任務を尽くしているという気分であろうが、前述した台湾総統の役割を十分に理解していなかったと言うしかない。
そして台湾の有権者も蔡英文総統へのイメージがわかず、面倒な政策ばかりを進めて各方面に敵を作るという一面に注意が奪われ、わずか3年前(2016年1月)の総統選で蔡英文氏に1票を投じた自分を忘れていってしまったのではないだろうか。
加えて、ポピュリズム選挙を招く土壌が、民進党にあったことは大きい。
市長選において、高雄で敗北した陳其邁、台中で敗北した林佳龍、台北で敗北した姚文智 、台南で苦戦した?偉哲らはいずれも民主化第3世代の人々で、学歴が高く優秀で政策に詳しいが、逆に民進党が長年強みとしてきた「草根(庶民性)」に乏しい。それは、民進党が国民党にチャレンジする体制外政党として台頭してからすでに2度も総統ポストを掴み取り、逆に台湾社会では「既得権益者」「エスタブリッシュメント」とみなされるまでに立場が逆転しまっていたことを表している。
その弱点を、庶民性にあふれる韓國瑜氏に突かれてしまい、その「韓流」が全土にまで波及し、民進党の選挙は一気に崩壊してしまった、というふうに理解できるだろう。2014年のひまわり運動以来、2014年の統一地方選、2016年の総統選と立法院選で圧勝し、優勢を誇ってきた民進党の天下は、今回の選挙で事実上終止符を打った。民進党にとっては、党のDNAに刻まれているはずだった庶民性をどのように取り戻すのかが今度の課題に急浮上してくる。
◆深まった「世代間分断」
気になるのは、台湾の選挙の今後の展開である。
本来ならば、ここで蔡英文総統が自らの2年半を反省し、人心を一新して政権運営に当たる、というのがふさわしいのだが、台湾政治の構造がそれを許さない。この統一地方選から次期の総統選挙まで、残された期間は1年3カ月しかないからである。来年の春には総統選が事実上スタートするので、立て直しが間に合わないのは、前回の総統選前に2014年の統一地方選で敗北した国民党と同じだ。
個人的には、蔡英文総統が再選される可能性は低くなったと考えている。それは、総統選挙に勝てない、というのではなく、総統選挙に民進党から出馬できない、ということだ。
民進党の地盤は、何と言っても台湾中南部。高雄・台中で破れ、台南市でも苦戦したその責任は蔡英文総統の不人気にある、というのが党の一致した結論になるだろう。
代わって出てくるのは、行政院長である頼清徳氏だ。年齢こそ蔡英文総統とあまり変わらないが、清新なイメージ、独立派からの支持、政権運営の実力など資格は十分にある。ただ、蔡英文総統が再任にこだわった場合、党内の内部対立が複雑化する危険もある。
一方、国民党も決して楽観できる状態ではない。本来ならば、党を率いる呉敦義主席や、前回の総統選候補だった朱立倫氏が候補になるのだが、2人とも人気が高くなく、「賞味期限切れ」のムードがつきまとっている。かと言って、次の世代はまだまだ育っていない。高雄市長になったばかりの韓國瑜氏を担ぎ出せるかどうかも微妙だ。今後、国民党は世代交代の問題をはらみつつ、候補者決定に苦労することになるだろう。
今回の選挙ではっきりしたのは、台湾における民進党・国民党の二大政党に対する信頼の低下である。今後も二大政党の主導で台湾政治は進むだろうが、世代間の分断は逆に深まった。
今回の韓國瑜氏や柯文哲氏の活躍を見て、党を割ってポピュリズム的手法を掲げて第三勢力として打って出るダークホースが出てくるかもしれない。ただ、第三勢力の筆頭格であった柯文哲氏自身は台北市長選がぎりぎりの票差での危うい勝利となり、2020年の総統選は難しくなったとの見方が強い。
台湾政治は来年の総統選挙まで、先の読めない不透明な時期に入っていくのではないだろうか。