――習近平少年の読書遍歴・・・“あの世代”を育てた書籍(習26)
『第二顆心臓』は「科学幻想小説訳叢」と銘打たれているところからも、同じように先進科学をテーマにした近未来小説が何冊も翻訳されたと考えられる。だが、筆者が手許にしている『第二顆心臓』の1冊だけでは確かなことは言えそうにない。
「中国の中央部に2500万キロワットの電力を送って欲しい」との上司の要請を受け、若い天才は任務に赴く。無限の電力を蓄える可能性を秘めた電離層を使って中国に電力を供給し、「我われの友人」に、我われが享受している豊かな生活を送ってもらおう、という狙いだ。「爺さん世代が貧しいロシアを解放し、父親世代が豊かな国家に生まれ変わらせ」たからこそ、「我われは冬の北極圏でも花々に囲まれるようなリッチな生活環境に生きている」ことが出来るようになった。「爺さん世代」バンザイ、「父親世代」バンザイ、そしてなによりも社会主義バンザイ、バンザイ、万々歳!
若き天才は勇躍と任務に就いたが、いざ実験が始まる直前、関連施設が原因不明の爆発を起こしたばかりか、彼は襲撃され心臓を射抜かれてしまった。犯人は某国のスパイで、秘書として若き天才に仕えていたのだ。どうやら“社会主義版007”らしい。
手術室に運び込まれた瀕死の彼を前に、若いが辣腕の技術を持つ女性外科医がメスを振るうや、ほどなく新しい第2の心臓が鼓動を始める。彼女はソ連版の“女性ブラックジャック”であった。かくて「長き将来に亘って愛する祖国に利益をもたらし、天才は巨大プロジェクトを前進させることが出来た」とさ・・・またしても社会主義バンザイ!
優れた科学技術を誇る豊かなソ連を称える『第二顆心臓』を読んだなら、中国の子どもたちは社会主義先進国のソ連に憧れと敬意を抱いたに違いない。毛沢東が「やはりソ連を学習すべし」と語ったのが『第二顆心臓』出版と同じ57年1月だったわけだから、この時点では毛沢東はソ連に対し敵対感情を持っていなかったとも考えられる。
ところが1月27日(2月説あり)の最高国務会議第一次拡大会議の席上、「人民内部の矛盾を正しく処理する方法について」と題する講演を行い、これを6月に論文として発表したことで、ほどなく反右派闘争が動き始め、露骨なまでの反ソ路線に向かうことになる。
こう見ると、毛沢東の反ソ路線はヒョッとして57年初頭の極めて限られた時期に“突発的”に頭に浮かんだのではなかろうか。つまり考究熟慮・講究詮議の果てに到達した深遠なる外交方針の転換とも思えないのだが。
毛沢東が共産党全国宣伝工作会議で、ありとあらゆる形式を使って「大いに、大胆に共産党を批判すべし」と号令を掛けた3月、アンデルセンの「小さなクラウスと大きなクラウス」を翻訳した『小克労斯和大克労斯』(少年児童出版社)が出版された。
これは貧しいが機知に富んだ小さなクラウスと、強欲だが間抜け気味の大きなクラウスがたどる成功と失敗の物語だ。生真面目にセッセと働いていればいいことに出会し豊かになれる。反対にアコギなことをしてでも簡便に金持ちになろうなどと考えるとロクなことはない。野垂れ死にが待っているだけだ――といった類の話だが、この中国語訳に盛り込まれた死体の頭を叩き割るような残酷なシーンは、日本語訳ではお目に掛かれそうにない。『小克労斯和大克労斯』の方が話しとしても面白そうだから、原典に忠実な翻訳だろう。
ところで『小克労斯和大克労斯』の裏表紙に、「アンデルセンは富農の貪欲で残忍な様子を描いている。カネ持ちはカネのため、どんなことでもやり遂げる。甚だしきは自分のおばあさんでも殺してしまう。もちろん後になって後悔することになる。読者は彼の哀れな末路を痛快に思うし、同時にこの本に描かれている貧しい人々に同情し、その機知に富んだ頭脳に深く感心することだろう」と概説されている。だが、この概説は真っ赤なウソだ。
アンデルセンの童話で階級闘争、敵対矛盾を教えようなどと・・・無理が過ぎる。《QED》