――習近平少年の読書遍歴・・・“あの世代”を育てた書籍(習20)
「学文化補充読物(文化を学ぶ補充読み物)」シリーズは、『火牛陣』の1冊しか手に入れていないから、はたして当シリーズが以後も続いて出版されたのかどうか。不明だ。
この1冊のみで判断するのは危険ではあるが、あるいは56年という年は相当に自由度の高い文化活動が許容(見逃?)された時代――翌年に巻き起こった反右派闘争から文革まで続く長く激しい政治闘争を前にした“嵐の前の静けさ”。僅かに許された政治的空白期。あるいは政治闘争のエアー・ポケット――であったとも考えられる。
『一晝夜二十四小時(一昼夜24時間)』は、ソ連における全面的なスターリン批判が行われて9か月後の56年11月に出版されている。
「1937年、7月のある爽やかな一日、モスクワは異常なまでの心躍る気分に包まれていた」と書き出される『一晝夜二十四小時』は、じつに不思議な展開を見せる物語だ。
その日、モスクワ発北極圏経由でアメリカまでの航路12,000キロを63時間25分で無着陸飛行に成功した3人の飛行士を、モスクワの街は挙げて大歓迎した。黄昏が迫る午後6時、3人を乗せたソ連製最高級車は天を衝くような歓呼の声がこだまする赤の広場を疾駆する。クレムリンで待ち構えていたのは、もちろん党と政府の最高幹部を従えたヨシフ・ヴィッサリオノヴィチ・スターリンであった。
独裁者は、3人の手を固く握り熱い抱擁を交わす。
徹頭徹尾のスターリン賛歌が感動的に、延々と、そして熱く綴られている。だが、この本の狙いは必ずしも独裁者賛美にあるわけではないようだ。
祖国に無上の栄光をもたらすのはソ連の高い科学技術であることはもちろんだが、じつは「パブロフの高級神経活動学説」(?)に基づく規則正しい生活によって鍛えられた飛行士の心・技・体も重大な役割を果たしている。だから、我われ中国人も規則正しい生活を送るべきだ、と力説する。その一端を上げておくと、
「我われ社会主義国家は一貫して平和を渇望し平和を築く事業をしっかりと守ってきた。だが資本主義の世界には、なんとしてでも戦争を引き起こそうと虎視眈々と狙っている勢力があることを断固として忘れてはならない」
「だから戦争の危機が消え去ることなどない。ソ連の青年は祖国を自らが防衛するという光栄ある責任を全うするための準備を完璧にしておくべきだ」
「先の偉大なる大祖国防衛戦争における経験が、優秀なるスポーツマンこそ優れた戦士であることを明らかにしてくれた」
「戦場では、より遠くまで跳躍し、より高く飛び、どのような障害も飛び越し、長い距離を速く走るなどの能力が求められる」
「祖国防衛のためには規則正しい生活によって心・技・体を鍛え上げなければならない」。それというのも、「我われ社会主義国家は一貫して平和を渇望し平和を築く事業をしっかりと守ってきた。だが、資本主義の世界には、なんとしてでも戦争を引き起こそうと虎視眈々と狙っている勢力がある」から、ということになる。
――これを要するに、ソ連の社会主義は優れているし平和を守ってきた。だが、邪悪な資本主義の世界が戦争を仕掛けるから、平和が侵される可能性は常に存在する。だからこそ社会主義の祖国を守るためには24時間を規則正しく送り、自らを鍛錬し健康を守らなければならない、ということになる。
かくて「生活制度――疾病から身を守るための最も基本的で主要な手段――は任務遂行上の基盤であり、組織性を涵養し、社会秩序を維持するための基礎だ」から、読者である少年に厳格な「規律と自制の生活」を求めた。「若者よ、体を鍛えておけ!」である。《QED》