――習近平少年の読書遍歴・・・“あの世代”を育てた書籍(習19)

――習近平少年の読書遍歴・・・“あの世代”を育てた書籍(習19)
【知道中国 2353回】                       二二・四・仲三

――習近平少年の読書遍歴・・・“あの世代”を育てた書籍(習19)

『整数』は「一 自然整数」「二 整数加法」「三 整数減法」「四 整数乗法」「五 整数除法」「六 整数的整除法」で構成され、自然数の説明からはじまり四則計算を「ソ連の先進的経験」に則って判り易く、淡々と解説する。

興味深いのが『整数』が利用した6冊の参考書のうちの5冊――『算術』『算術』『中学算術教学法』『初中学数学教学法』『中学算術教学法』――がソ連のものの翻訳。「ソ連の先進的経験」は相変わらず中国を縛り続ける。

『一個糊里糊塗的人』は、レニングラードの一角に住むアホでおっちょこちょいでズボラな男の物語である。

この男は朝起きると上着とズボンを取り違え、娘の上着に袖を通し、靴を履いた足を靴下に突っ込み、靴は左右別々でも一向に気にしない。フライパンを帽子と取り違え、レストランに飛び込み汽車の切符を買おうとし、駅の窓口でサイダーを注文し、行き先のない列車に乗り込むや寝入ってしまう。翌朝目を覚まし窓を開け「ここはどこ」と尋ねるが、駅員は「レニングラードですよ」。それもそうだ、列車は動いていないんだから。だが、その男は「あら不思議。一晩乗ったのに、また元のレニングラードに戻ってしまった」と。

――これだけ。これでは教訓を引き出そうにも引き出せないし、「ソ連の先進的経験」も感じられない。いったい、どんな教育的配慮から翻訳・出版されたのか。

『長了翅膀的鉛筆』は子ども向けの一幕芝居の台本である。

万事に適当でだらしのない子どもが教室に鉛筆を忘れたまま帰宅する。家の中はハチャメチャで、弟が持って行ったと思い込む。たまたま先生が教室で鉛筆を見つけ、送り届けてやると、やっと気がつく。母親は「自分で自分の持ち物を注意しなさい」と注意し、友達は「落ち着いて、先生の話をよく聞くんだ」と声を掛ける。最後に「みんなは、こういったテキトーな子どもを見掛けたことはないかい」で芝居は終わる。

これまた『一個糊里糊塗的人』と同じように、出版意図がハッキリしない。

『快楽的小家庭』は、鶏のタマゴの孵化作業に従事する少年先鋒隊を描いた「小喜劇」の台本。この芝居から観客は「日々の生活の意義深さ、科学の奥深さ、集団が秘める安心感を痛感するだろう」と出版の狙いが記されている。

『学文化補充読物 火牛陣』の巻頭におかれた「編者的話」には、「学文化補充読物(文化を学ぶ補充教材)」叢書出版の目的を「労働者・農民が最初に学ぶ1500字の常用漢字だけを使って、新時代、新しい時代の新しい人物、祖国建設、労働者・農民の文化学習と生活、ソ連と人民民主国家、歴史故事、歴史知識、歴史人物などを紹介する」と記した後、「文盲教師(識字教育に当たる教師)、民校教師(大人が学ぶ学校の教師)は当シリーズから適当な作品を適宜選び、生徒の読書を導いてもらいたい。併せて当シリーズに対するご意見・要望を寄せていただきたい」と記されていた。

大多数の農民にとって漢字は難し過ぎる。だから漢字を知らない。知らないから無知なままに地主に虐げられ、搾取されたままに人生を送らざるを得なかった。支配・被支配の関係を打ち破るためには農民も知識を身につけなければならない。難解である漢字を誰もが学べるように簡略化し、知識人による知識の独占状態を打破することで、新しい中国を建設しなければならない――この毛沢東の考えに従い、社会が落ち着きを見せ始めた1950年代半ばから本格的な識字運動が始まる。「学文化補充読物」叢書も、その一環だろう。

『学文化補充読物 火牛陣』は、「田単、火牛の計」など戦国時代の歴史物語が分かり易く記されている。唯物史観ガチガチのイデオロギー臭が排され、簡単な表現ながら戦国時代の史実を学ばせようという努力の跡が読み取れ“好感”が持てるから不思議だ。《QED》

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