――習近平少年の読書遍歴・・・“あの世代”を育てた書籍(習18)
第3は、共産主義道徳の質と弁証法的唯物主義世界観の基礎を培うことで、
(1)愛国主義の思想感情(「多くの算数の応用問題には、例えば先進的生産者の生産記録、英雄の模範的事跡、増産節約の具体例、児童の社会貢献など、祖国の社会主義建設と5カ年計画達成への奮闘努力の事例が反映されている。それゆえに応用問題の回答を通じて、児童は強烈な教育的影響を受ける」と主張する)。
(2)弁証法的唯物主義世界観の基礎(「算数の概念と知識の凡ては、客観的事物・事象が脳内に反映し抽象・概括化の過程を経て生まれるものである。それゆえに人びとの認識をより高め、生産に寄与する手段となる」とする)――を学習する。
――こう説明されてはいるが、どうにも分からない。だが、次のことだけは分かる。
要するに「愛国主義の思想感情」を芽生えさせ、「弁証法的唯物主義世界観の基礎」を脳内に定着させるためには、小学生向けの算数の応用問題であろうが無理にでも利用してしまえと言う姿勢である。このような教育でどんな人格が形成されるのか。後世、恐るべし!
「数年来のソ連の先進的経験を学習し」て編まれたこの本が出版される4か月前に、すでに何回か記しているが、ソ連ではフルシチョフによって激しいスターリン批判が秘密裏に行われていたのである。
スターリン批判が後に中国からする激越で執拗なソ連社会帝国主義攻撃の発火点となったことを考えるなら、中国で「ソ連の先進的経験」を最も深刻に学習したのは子どもなどではなく、誰あろう毛沢東ではなかったか。
『翹尾巴的火鶏』はソ連の作家(漢字音で「勒・班台莱耶夫」と綴る)の3編の小説集。「諾言」は戦争ごっこで歩哨兵となった少年の話。遊びに飽きた仲間は彼を忘れて家に帰ってしまった。上官役から任務解除の命令を受けていないことから、彼は忠実に任務を遂行する。不思議に思ったホンモノの少佐が任務解除命令を下したことで、少年は嬉しそうに家帰ることになる。「将来、どんな大人になるのかは分からない。だが彼がどんな仕事に就こうとも、真っ正直な人物になることを私は保証する」との少佐の言で物語は終わる。
「小手絹」は独ソ戦、つまりスターリンが説く「大祖国防衛戦争」の時代が舞台。戦線に赴く兵士に小さな絹のハンカチを差し出しながら少女が、「ベルリン占領を果たした時、祖国の方に向かって、このハンカチを振ってね」「ベルリンに突き進め、祖国のため、スターリンのために」と。兵士は小さなハンカチをお守りのようにして戦った。
どうやら少女は孤児だったらしい。いま彼女は8年生で優秀な共産主義青年団員である。
「(戦争が終わった)1945年夏、私は彼女を養女として迎えた。なんらの後悔もない。私の娘は愛おしいばかりだ」との元兵士の呟きで物語は閉じられている。
「翹尾巴的火鶏」は、どうしようもないイタズラ小僧が学校をサボって遊びまくるのだが、空しさに堪らなくなって前非を悔いる物語。そっと学校に戻った少年は先生に向かった「ボクが間違っていました。心の底からボルシェビキのように・・・先生、ボク、もう金輪際サボりません」と素直に詫びる。教室に戻った少年の目に飛び込んできたのは、黒板に書かれた「ファシストを撃ち殺せ!」との真っ赤な文字であった。
――以上の3編の物語からソ連における少年教育の一端が伺えそうだが、それをそのまま中国に持ち込もうとしていたのだ。ソ連式教育で中国の子どもを鍛えようとしたらしい。
『整数』は「ソ連の先進的経験を学習し、教師が教学の質を積極的に高めることを手助けするため、現在の高校と中学での教学における実際の需要に基づいて」出版された。「序言」に代数、幾何、三角関数などテーマ別に次々と出版が計画されていると記されているから、この本が中国数学会上海分会中学数学研究委員会による叢書第1号であた。《QED》