――「支那は日本にとりては『見知らぬ國』なり」――鶴見(35)鶴見祐輔『偶像破壊期の支那』(鐵道時報局 大正12年)

【知道中国 1942回】                       一九・八・仲八

――「支那は日本にとりては『見知らぬ國』なり」――鶴見(35)

鶴見祐輔『偶像破壊期の支那』(鐵道時報局 大正12年)

『偶像破壊期の支那』も最終の「結論」に至り、思いのほか長かった鶴見の旅も、ようやく終わりに近づいてきた。

「現代支那を大觀することは、大膽なる企である」。「あの大いなる國を南北に旅しながら、あの大勢の人々に面接しながら、自分は、夜となく、晝となく、現代支那の大觀の結論を腦中に築いてはこぼち、こぼつてはまた根氣よく築いてゐた」。だが、どうにもうまく描き出せない。

そこで現地で得た印象と感想のすべてを持ち帰り、東京で改めて考えてみたという。ソの結果が、以下に続く「現代支那の大觀」になる。

「六千年の人文史と、四億の民衆とを有する大國が、いま二十世紀の最大問題として、全世界の面前に投げ出されてゐる。そのうちには革命の底流が沸き立ちかへり、その岸邊には外國人の侵略が明日の運命としてさし迫つてゐる」。そして、その隣に「東洋人にのこされた、たつた一つの自主獨立國としての、日本がある」。

日支両国はこのような環境に在るが、「日支親善といふ標語し對して、自分は敢て何等の異存を挾むものではない」。だが「單に概念的なる一標語をもつて、千萬の關係を律し去ることは困難である」。じつは「政治的標語は、人間の心魂の底までも動かすやうな力のないものである」。

目の前の両国関係は「政略的關係、經濟的關係のみではないのではあるまいか」。また「古代のように一部特權者流」が「一種の遊戯として玩んだ時代ではないやうである」。ならば「我々は今日虛心坦懷に日支兩國民の關係を、恐るゝところなく正面から凝視して然るべきものではあるまいか」。そこで「自分たちは、色々のものが、其の踰え難き墻壁として存在することを發見する」。

「その最も大なるもの」が、「兩國民の中に存する相手方の心裡状態に對する無理解といふことであると思ふ。ことに、相手國の地理と歷史と習慣と人生觀の閑却であると思ふ」。

じつは「己れの好むところを人に押し賣りするのは、押賣される方に取つて、頗る迷惑なる場合が少なくない。ことに日支兩國民のごとく性格を異にする者に於て然りである」。じつは「最近の日支關係は(中略)日本が色々なものを支那に押し賣りした形になつてゐる」。

 ここで鶴見はアメリカ人が「手製のデモクラシーを日本に押賣せんとする態度」を喜ばない日本人が、じつは「日本手製の國家主義を支那に押賣りして居ないであらふか」と疑問を呈す。

 在支日本人の誰もが帰国に際し「支那人には國家觀念がない」と感想を述べる。その場合、「『だから支那人は駄目である』といふ倫理的批判が隨伴してゐるならば――隨伴してゐない場合はほとんどない――それは、明らかに、日本手製の國家主義の押賣であ」る。

 やはり「支那には、支那自身の人生觀がある」。だから両国民の関係は「その第一條件として、お互の人生觀、倫理觀をもつて、相手を裁判し、價値判斷をしないといふところから出發しなければならぬ」。「この第一の障害を、我々の腦中から取りのぞくならば」、「兩國民の諒解は餘程容易なものとなつてくる」。

 次に「日本國民は男性の特徴と缺點とを有し、支那は女性の特長と短所とを具へてゐる」という「相異なる國民性について反省しなければならぬ」。一方が「氣が長く」「無頓着で」「生に安んじ」、一方が「氣が短く」「潔癖で」「變化を好む」などといった対比は「悉く善惡正邪の問題には關係がない」。このことを互いに諒解していなかったら、「概念的な日支親善論を、何度食卓で演説して見ても初まらない」のである・・・ズバリ、その通りだ。《QED》

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