台湾統一地方選挙、本当の敗北者は習近平だった  黄 文雄(文明史家)

【黄文雄の「日本人に教えたい本当の歴史、中国・韓国の真実」2022年12月1日】https://www.mag2.com/m/0001617134*読みやすさを考慮し、小見出しは本誌編集部が付けたことをお断りします。

◆統一地方選挙で民進党が負けたワケ

 11月26日に台湾で行われた統一地方選挙で、与党民進党が大敗したことは、日本でも大きく報じられています。

 今回、民進党は全22県市の主張ポストのうち、獲得したポストは5つ。これは国民党に大敗した前回の2018年選挙からさらに2つポストを減らしたことになります。

 人口の約7割を占める6つの直轄市では、国民党は台北市、新北市、桃園市、台中市の4つを獲得、一方で民進党は台南市と高雄市の2つに留まりました。

 この結果を受けて、蔡英文総統が民進党の党主席を引責辞任しました。

 民進党敗北には、さまざまな理由があります。

 もともとこうした地方選挙においては現職が強いものですが、国民党陣営が現職11人、民進党は現職3人と、最初から国民党有利だったということもあるでしょう。

 とはいえ、民進党がここまで大敗したのは、支持基盤でもあった若者層が民進党に投票しなかったことが大きいとも見られています。「民進党は選挙のときばかり若者にアピールするものの、選挙が終わると若者の要求については放置する」といった声も聞かれ、こうした不満が民進党支持につながらなかったと見られています。

 産経新聞台北市局長の矢板明夫氏も、住宅価格の高騰や低賃金など、若者にとってきわめて重要な問題を解決してこなかったツケで、多くの若者が「騙された」と感じていると分析しています。

 矢板氏はその他にも、蔡英文総統がここ数年記者会見を開いていないことや、中国の圧政に苦しむ香港への支援についても、民進党は選挙前だけにしか口に出さず、そうしたご都合主義も有権者に見透かされていたと指摘。

 一方で、中国のサイバー集団によるフェイクニュースが毎日大量に流され、政府攻撃を行い、国民を洗脳してきたことも、主要な原因の一つであるとしています。

 民進党は台湾独立を志向し中国と対立姿勢を貫いていることから、日本では保守派と見る向きもありますが、実態はリベラルです。反原発や同性婚に積極的で、リベラルな若者世代からの支持が多いのです。

 とはいえ、今回の選挙結果が、国民党への政権交代を望むものかといえば、それは違うでしょう。どちらかといえば「今回は民進党にお灸をすえたい」という気持ちが強かったのだと思われます。

 今回、民進党、国民党以外の民衆党・無所属は、首長ポストを2018年時の1つから3つにまで伸ばしました。今回は民進党に入れないけれども、国民党にも入れたくないという層の受け皿になったのでしょう。

◆統一を目指す国民党に民意が傾いたのだと言いたい中国

 一方、今回の民進党大敗という結果に対し、中国は「和平と安定を求める台湾の主流の民意を反映したもの」と歓迎の意を表明しました。つまり、台湾人は対中強硬路線の民進党を嫌い、統一を目指す国民党に民意が傾いたのだと言いたいわけです。

 ただし、東京外国語大学の小笠原欣幸教授は、むしろ劣勢の民進党が「抗中保台」(中国に屈せず、台湾を守る)のスローガンを選挙戦後半で多用したことが、むしろマイナスに働いたと分析しています。

 ちなみに、小笠原欣幸教授は金門県を除いてすべての当落予想を的中させたことで、台湾でも注目されています。

 小笠原教授によれば、政権与党として「偉そう」なおごりが見える民進党に、今回は牽制して「お灸をすえよう」という有権者が多かったことに対して、民進党は中国との対決姿勢を打ち出して挽回を狙ったものの、むしろその意図が有権者に見透かされたと論じています。

 じっさい、国民党候補は軒並み「地方選挙なのに対中政策を持ち出している」と批判しており、さらには中間派の有権者の間にも、民進党が無理に対中政策を争点化しようとしている印象を与えてしまったと分析しています。

 加えて、台湾では民進党が一強に向かいつつあるという認識があり、過去の歴史から1つの勢力があまりに強大になってしまうことへの警戒感という、台湾人特有のバランス感覚も作用したと小笠原教授は述べています。

 その他、小笠原教授は主要な選挙地区についての敗因を詳細に分析されていますが、今回の民進党敗北は、むしろ台湾で健全な民主主義が定着したことを改めて示したのであり、この民主主義を中国による統一で手放したいと考える台湾人はほとんどおらず、「冷静に平然と政権与党にお灸をすえる投票行動ができる台湾の安定ぶりを国際社会は評価すべきだ」と締めくくっています。

 小笠原教授の言うように、今回の結果は、国民党政権を望んでいる国民の声ではないでしょう。実際、2018年の統一地方選挙でも国民党は大敗しましたが、2020年の総統選挙と総選挙では民進党が圧勝しました。

 このときは2019年1月に習近平が「台湾同胞に告げる書」発表40周年記念大会で、台湾に一国二制度を迫る談話を発表したことが、台湾人の中国への警戒感を高め、地を這っていた蔡英文の支持率を急上昇させ、2020年の総統選挙勝利につながったということもあります。

 今後の中国の出方によっては、台湾人の危機感が再び高まり、民進党への支持率へ転化する可能性も少なくありません。

 また、データによれば、2018年の地方選挙では国民党陣営(泛藍連盟)の得票率48.79%、民進党陣営(泛緑連盟)39.16%だった(差は9.63%)のに対して、今回は国民党陣営50.03%,民主党陣営41.62%で(差は8.41%)、その差はむしろ縮まっているという見方もあります。

◆頼清徳が次期党主席に就けば総統選候補にも

 加えて、総統選に向けた候補者選びについて、今回の大敗で蔡英文の影響力が低下する一方で、副首相の頼清徳の力が強くなるという見方もあります。

 すでに2期目の蔡英文は次回の総統選挙に立候補することはできません。そのため自分の後継者を選び、推すことで影響力保持を狙っていたと思いますが、それは難しくなるでしょう。

 頼清徳が次の党主席になる可能性も大きく、そうなれば早いうちに2022年の総統選の民進党候補が頼清徳に一本化するのではないかと思われます。頼清徳は、どちらかといえば現状維持派の蔡英文以上に独立志向が強い人物です。頼清徳が台湾総統になるのは、中国にとってはもっとも嫌なシナリオでしょう。

 以上のようなことから、今回の選挙を「国民党小勝、民進党小敗、蔡英文大敗、頼清徳大勝」と評する人もいます。

 もちろん台湾独立派や対中強硬派にとって、この2年間は気が抜けない次期が続きますし、中国からのフェイクニュースによる世論操作にも気をつけなくてはなりませんが、現在が決して中国に有利な状況ではないことは事実です。

 ましてや中国国内では反共産党、反習近平の狼煙が上がり始めています。台湾の選挙にかかわっているどころではなくなってきています。

 その背景に、小笠原教授の言うような「台湾の健全な民意の発露」が、中国人民に影響を与え、自分たちも声を上げるべきだと鼓舞した可能性もあるわけです。台湾での選挙結果や蔡英文の党主席引責辞任のニュースは、中国国内でも報じられています。

 そして、中国の各地で開催されたデモでは、「共産党は引っ込め」「独裁はいらない、民主が必要だ」と叫ぶ声が出たそうです。

 そう考えると、今回の選挙は結果いかんにかかわらず、台湾の民主主義の勝利であり、「国民党小勝、民進党小敗、蔡英文大敗、頼清徳大勝、台湾大勝、中国大敗」だと言えるのではないかと思います。

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