アメリカの尖閣諸島政策の危険な欠陥  ロバート・D・エルドリッヂ

 尖閣諸島は日本固有の領土だ。米国は沖縄とともに返還したにもかかわらず、なぜ日本の主権を認めないのだろうと、以前から不思議に思っていた。米国が日本の領有権を認めれば、尖閣の領有を主張する台湾と中国への大きな抑止力になり、東シナ海の平和と安定に大きな影響力を及ぼす。

 1月28日の菅義偉総理と初の電話会談でも、バイデン大統領は「日米安保条約第5条の尖閣諸島への適用を含む日本の防衛に対する揺るぎないコミットメント」を表明するだけで、施政権に言及するだけだった。

 米国は尖閣諸島の久場島と大正島を射爆場として使っていたが、1978年6月以降は使われていない。その理由が4月5日付の共同通信のニュースで明らかになった。米国は「尖閣の領有権を巡る日中対立に巻き込まれる恐れがあるとして、米軍に使用停止を指示していたこと」が原因だったと機密解除された米公文書で分かったという。

 共同通信が「米政府、尖閣射爆場の停止指示 1978年、現在まで不使用」と題して報じた記事の全文は下記のとおり。

<沖縄県・尖閣諸島の大正島で日本が米海軍の演習場として提供している射爆撃場について、米政府が1978年6月、尖閣の領有権を巡る日中対立に巻き込まれる恐れがあるとして、米軍に使用停止を指示していたことが4日までに機密解除された米公文書で分かった。翌年に米軍が使用再開を要請したが、米政府が容認しなかった。米軍による尖閣の射爆撃場の使用通告は78年6月以降なく、米政府の指示が現在も実質的に継承されている可能性がある。  歴代米政権は、尖閣を対日防衛義務を定めた日米安全保障条約第5条の適用対象としているが、領有権は「当事者間の問題」とする中立政策を維持している。>

 これまで「アメリカの尖閣諸島に対する中立政策は、中国の誤った考えを強化してきた」と主張してきたのは、米海兵隊太平洋基地政務外交部次長だった政治学者のロバート・D・エルドリッヂ氏だ。エルドリッヂ氏はこの報道で、米国の尖閣に対する曖昧な姿勢について「この姿勢には欠陥があり、危険」だと批判している。また「アメリカ政府が、尖閣諸島に対する日本の主権を、究極の抑止力として支持するという本来の方針に立ち戻らなければ、紛争が発生する可能性は高いと思われる」とも指摘する。下記にエルドリッヂ氏の全文を紹介したい。

 同感だ。すでに日米は「自由で開かれたインド太平洋」を実現することで一致している。尖閣諸島に関して曖昧戦略を維持するのは矛盾している。中国の覇権的台頭を抑止するなら、米国は尖閣諸島に対する日本の領有権を認めることが先決なのではないだろうか。

 すでに李登輝元総統は尖閣が日本領土であることに何度も言及している。台湾の蔡英文政権なら、米国が尖閣諸島に対する日本の領有権を認めることを受け入れられるだろう。

—————————————————————————————–アメリカの尖閣諸島政策、機密解除文書で浮き彫りになった危険な欠陥沖縄返還時に中国に日和ってそのままロバート・D・エルドリッヂ(政治学者・元米海兵隊太平洋基地政務外交部次長)【現代ビジネス:2021年4月14日】https://gendai.ismedia.jp/articles/-/82166?page=3

◆78年に尖閣射撃場の停止訓示

 今月初め、共同通信社は、アメリカ政府が1978年6月に在日米軍の尖閣諸島の射撃場と爆撃場の使用要請を断ったという、機密解除されたアメリカ文書の内容を紹介して、大きく注目集めている。

 複数の新聞で転載されたが、4月5日付の記事、「米政府、尖閣射撃場の停止訓示 1978年、現在まで不使用」によれば、「米政府が尖閣の領有権を巡る日中対立に巻き込まれる恐れがある」という。

 それ以来、米軍が尖閣にある2つの射撃場を使っていないという事実はよく知られているが、その理由はわからなかった。あくまで推測しかできなかった。だからこそ、今回の共同通信の報道の重要性は大きい。

 これまで2種類の推測が可能だった。

 1つ目は、日本が沖縄の施政権を持ち(1971年6月に日米間で締結された「沖縄返還協定」による)、日本が在日米軍に射撃場として提供しているにもかかわらず、アメリカ政府(おそらく国務省)が中国を刺激することを懸念して、在日米軍の射撃場使用を否定したというものである。

 2つ目の説明は、日本の外務省が、同様の不思議な懸念から、アメリカに提供している射撃場を、尖閣諸島に対する領有権を主張しているにもかかわらず、使用しないようにアメリカ政府に要請したことである。

 1972年に日本に返還されてから49年間、日本政府が尖閣諸島に対する実行支配を示すことには失望するほど弱い姿勢をとってきたため、日本がアメリカに射撃場の使用をやめるように要請することは十分考えられる。

 特に1978年は日中関係が微妙な年であった。

 同年4月には、中国の漁船100隻以上が尖閣諸島に集まり、日本の領海を侵犯した。翌月には日本の活動家が上陸して日本の主権を主張し、8月には活動家たちが島に小さな灯台を建てた(10年後、海上保安庁はそれを引き取った)。さらに同じ1978年8月、日本と中国は平和友好条約を締結し、この地域やその他の地域で「いずれも覇権を求めない」ことを宣言した。

 共同通信の記事は、そのような推測の一部に答えるものだ。アメリカの機密解除文書を引用し、アメリカは、領土主権の問題で中国との直接的な対立を避けるために、同盟国の1つである日本と距離を置いたと解説している。しかし、誰がどのように判断したのかなどの詳細は紹介されていない。

◆アメリカは逃げた

 それ以前はどうだったのか。拙著『尖閣問題の起源─沖縄返還とアメリカの中立政策─』(名古屋大学出版会、2015年)で紹介しているように、琉球列島の米軍政府は、1948年4月に米空軍が空対地の射撃練習のために久場島を使用することを発表し、1955年まで使っていたが、その後、米海軍が主に使用するようになった。

 1956年4月中旬には、海軍も大正島を使用するようになった。漁獲量が多いため、沖縄の漁師たちは久場島周辺の5マイルへの立ち入り禁止を緩和するよう要請し、1956年に100ヤードに変更された。大正島でも5マイルの禁止が実施されているが、中国の漁船や公船が定期的に違反しているという。

 ここ数十年の尖閣諸島に対するアメリカの姿勢は非常に複雑である。欠陥があると言った方がいいだろう。

 いずれにしても、あまりにも複雑なので、アメリカ政府のスポークスマンの1人であるジョン・カービー国防総省報道官(元米海軍少将、元国務省報道官)でさえ、2月下旬に尖閣に対する日本の「sovereignty(主権)」を支持すると発言し、4日後に「(従来の)政策に変更はない」と訂正するという重大な問題を起こした。

 前述の著書で詳しく紹介したアメリカ政府の方針は、1971年6月に尖閣諸島(および南西諸島を構成し、1953年の奄美群島返還時に日本に返還されなかった沖縄などの島々)の施政権を返還することに合意したものの、尖閣諸島の領有権については見解を示さなかったというものであった。

 これは、当時アメリカの正式な同盟国であった台湾と、ヘンリー・キッシンジャー国家安全保障補佐がリチャード・ニクソン大統領の中国訪問を調整するために密かに会談していた中華人民共和国とが、突然主張してきたことを考慮してのことだった。

 「第1次ニクソン・ショック」と呼ばれるこの訪問計画は、沖縄返還協定が締結された1ヵ月後の7月に発表された。

◆中国へのメッセージ、日本の失望

 私はアメリカのこの姿勢を強く批判している。この姿勢には欠陥があり、危険なものだ。

 私が批判する理由は、これが1972年以前の77年間のアメリカの政策に反するものだからである。すなわち、1895年に尖閣諸島が日本に編入されて以来、アメリカは尖閣諸島に対する日本の主権に疑問を抱かず、1945年以降1972年までは日本に代わって尖閣諸島を占領・管理してきたのである。

 より以前に刊行した拙著『沖縄問題の起源─戦後日米関係における沖縄、1945-1952』(名古屋大学出版会、2003年)で紹介したように、アメリカ政府は、尖閣諸島を含む南西諸島に対する日本の「残存主権」を認めていた。

 しかし、1971年になると、アメリカ政府は日本や尖閣諸島の地位に関する自らの長年の方針との距離を置き始めた。例えば、沖縄返還協定で尖閣諸島の名前を掲載することを拒否し、合意議事録を横に並べる必要性が生じた。

 日本政府がアメリカの態度に失望し、困惑したのは当然であり、アメリカの “回避的な態度 “を批判した。

◆やがて同盟は損なわれる

 アメリカ政府の曖昧な姿勢は、過去50年間、アメリカの尖閣諸島に対する中立政策は、中国の誤った考えを強化してきた。

 アメリカ政府が、尖閣諸島に対する日本の主権を、究極の抑止力として支持するという本来の方針に立ち戻らなければ、紛争が発生する可能性は高いと思われる。

 そして、もしアメリカがそのような紛争において日本に十分な支援を提供できなければ、2国間の同盟関係は解消される可能性が高い。日本は永久に弱体化するだけでなく、台湾は失われ、フィリピンも失われるだろう。中国は第1列島線を突破したことになる。

 これは、単なる訓練場の問題ではない。インド太平洋地域の未来と、この地域に住む私たち全員に関わる問題だ。アメリカ政府の役人たちは、もっと歴史を読んで、その誤った政策を見直すべき時が来ている。

 16日に行う日米首脳会談のために訪米する菅義偉総理は、(1) 歴史経緯を説明し、アメリカの途中から誤っている尖閣政策の見直し、(2) 射撃訓練場使用の再開(そして自衛隊との共同使用)をバイデン大統領に要請すべきである。それを行わないのであれば、訪米の意味はあまりない。

 これは菅政権だけでなく、日米同盟にとって最初で最後の機会となるかもしれない。

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