【阿彰の台湾写真紀行】シンプルな麵料理

【阿彰の台湾写真紀行】 No.10 シンプルな麵料理

 台湾には日本の掛け蕎麦や掛けうどんのような、具の入っていない極めてシンプルな麵料理がいろいろある。伝統的な台湾料理のジャンルに入るものもあれば、第二次大戦後に台湾に伝わり、それが変化したり、改良されたものもある。今回は台北市内で見かけるシンプルな麵料理のいくつかを紹介したいと思う。

 まずは伝統的な台湾麵料理である摵仔麵(chhe̍k-á-mī :
チェッガミィ)から紹介しよう。

【摵仔麵(chhe̍k-á-mī : チェッガミィ) /
切仔麵(chhiat-á-mī : ツェッラミィ) 】
 
 「摵仔麵」の起源は中国福建省、広東省一帯であり、先に東南アジアへ伝わり、その後に台湾へ入ってきたらしい。七分目ぐらいに茹でた油麵(iû-mī
:
イウミィ)をニラやモヤシと一緒に、持ち手が付いていて底が少し深いザルに入れ、沸騰したお湯の中で数回上下に振動させる。この動作をする時に心地のよい音が出る。台湾ホーロー語での名称「摵仔麵」の摵(chhe̍k
: チェッ)はこの動作を表している。

 この類の麵料理の元々の名称は「摵仔麵」(chhe̍k-á-mī
: チェッガミィ)だが、「摵仔麵」の「摵」(chhe̍k :
チェッ)という字が難しいからなのか、店の看板やメニューには「切仔麵」と書かれるのが一般的だ。発音も「切」(chhiat
: ツェッ)という字の発音に従いchhiat-á-mī (切仔麵) :
ツェッラミィと発音する人が多い。

 戦前の台湾北部・蘆洲に住んでいたある人が湧蓮寺の近くで「摵仔麵(切仔麵)」を売る屋台を始め、それを引き継いだ弟子が戦後も屋台で「摵仔麵(切仔麵)」を売り続け生活の糧としたらしい。その後、中南部から職を求め北上し、北部に流れ込んで来た人達が相次いで真似をし、あちこちに「切仔麵」の店が林立することになったようだ。現在、多くの店で注文時に汁有りの湯麵タイプか汁無しの和え麵タイプかを選べるようになっている。店によっては薄く切った煮豚や煮卵が入っていて、高級で比較的高価なタイプのものあるが、基本的にはモヤシ、ニラ、ネギぐらいしか入っていない安くてシンプルな麵料理だ。また汁無しの和え麵タイプを選んだ場合、別にスープ料理も注文するのが一般的だ。

 さて、この「摵仔麵(切仔麵)」に使われる油麵(iû-mī :
イウミィ)について説明しよう。

【油麵(iû-mī : イウミィ)】
 
 製作過程で菜種油(ピーナッツ油などの場合もある)を使用することから油麵と呼ばれている。油を加えることで香りがつき、麵の仕上がりがつるつるになり、光沢も増す。それに塩も加えてあることから微妙に塩(しょ)っぱい味もある。上質の油麵は潤いがあり、湿気が多く蒸し暑い気候でも比較的品質が保たれる。それはこの油と塩のおかげだそうだ。中力粉が使われ、かん水(アルカリ塩水溶液)と塩、水を混ぜ、よくこねて麵生地にした後で圧麵機で薄く伸ばされている。生地の中に少量のかん水(アルカリ塩水溶液)が加えられているので、麵に歯ごたえがあり、色も黄色味を帯びている。1890年代にはすでに台湾で食べられていた記録が残っている。また、台湾南西部に見られる「豆菜麵(tāu-chhài-mī
:
タウツァイミィ)」は、原料や製造法は油麵とほぼ同じである。ただし豆菜麵の形状は平べったい。

 次に上記の「摵仔麵(切仔麵)」と人気を二分すると言ってもいいシンプルな麵料理「陽春麵(ヤンツゥンミェン=中国語)」を紹介しよう。

【陽春麵(ヤンツゥンミェン=中国語) 】

「陽春麵」は又の名を「光麵」或「淨麵」ともいい、高湯(骨などを煮だして作ったスープ)、塩、少量の刻みネギやニラだけのシンプルな麵料理なので「清湯麵」とも呼べるだろう。台湾では一般的に第二次大戦後、中国から伝わったものと言われているので「外省麵(gōa-séng-mī
: ゴアシェンミィ)」と呼ぶ人たちも多い。

 もともとは中国上海の大衆的な麵料理だったようだ。商売人は「清」、「淨光」といった字を忌み嫌うので、琵琶の古い楽曲である「陽春白雪」から「陽春」の名を借りて、この麵料理を形容するようになったという説がある。

 「陽春麵」の製造工程は簡単である。「陽春麵」に使われる麵は「白麵」と呼ばれる白い麵であり、この「白麵」は湿度のコントロールがとても重要である。薄力粉に少し水を加え、塩と均等に混ぜ合わせるのだが、この三種の原料を混ぜる比率は各麵製造者の秘密となっている。麵製造のもう一つのポイントは麵生地に麵伸ばし棒や機械で何回も繰り返し圧力をかけて、表面に艶が出てくるまで伸ばす行程だ。こうすることで食べた時に心地よい歯ごたえを感じることができる。

「摵仔麵(切仔麵)」も「陽春麵」もお腹の足しになるような具は入っておらず、味もシンプルである。それで、別に肉や内臓、野菜などのおかずをいくつか一緒に注文する人が多い。

 なぜか台湾には中国の地名が麵料理の名称に使われているものがいくつもあるが、シンプルな麵料理の中にも中国の地名が使われているものがある。その代表的なものが汕頭麵(汕頭意麵)と福州傻瓜乾麵であろう。

【汕頭麵(sòaⁿ-thâu-mī:ソアタウミィ)
/汕頭沙茶意麵(sòaⁿ-thâu-sa-tê-ì-mī:ソアタウサァテェイーミィ) 

 台北で見かける「汕頭麵(sòaⁿ-thâu-mī:ソアタウミィ)」は基本的には乾意麵(茹でた麵を簡単な具材と合えただけのスープ無しの意麵)と同じだ。しかし、その麵は、一般的に平べったい形状が特色である意麵とは違い、丸い筒状でカップ麺の麵のように不規則な湾曲(ちぢれ)のある麵である。そして歯ごたえもいい。「沙嗲」(sa-te
:サァテェ=沙茶醬とも呼ばれる調味ソース)を入れたお椀に茹でた麵を投入し、その上にモヤシ、ニラ、豚のそぼろ肉などが加えられる。

 台北市の南機場観光夜市の中に有名な汕頭麵の店がある(ただし昼間しか営業していない)が、この店では豚そぼろ肉は入れず、油蔥(iû-chhang
:
イウツァン=フライドエシャロット)とモヤシだけが入れられている。この台湾北部で汕頭麵と呼ばれている麵料理は台南では汕頭沙茶意麵と呼ばれていて、汕頭沙茶意麵のほうは「沙嗲(沙茶醬)」が多めに加えられているようだ。

 実は中国広東省の汕頭にも乾麵(スープ無しの合え麵料理)はあるが、「沙嗲(沙茶醬)」は加えられていないそうだ。つまり汕頭には汕頭沙茶意麵はないそうだ。この汕頭沙茶意麵の意麵とは汕頭麵の台南での特殊な言い方であり、実は発音が似ている「伊麵(伊府麵)」が元の名称らしい。「伊府麵」は清朝乾隆年の有名な書家(1754年生まれ)で、美食家でもあり、揚州知府の地位にあった伊秉綬(いへいじゅ)の家の料理人によって作られたので「伊府麵」と名付けられた。この「伊府麵」の略称である「伊麵」が台湾で「意麵」という字と発音になってしまったというのである。「伊麵(伊府麵)」はインスタント麵のはしりで、インスタント麵のルーツは中国の「伊麵(伊府麵)」だと言われているが、現在台湾の意麵は一般的にインスタント麵ではない。また、この類の麵を台湾で販売していたのは主に中国汕頭からの移民たちであったので、「汕頭麵」という名称も生まれたと言われている。

 「伊麵」は中国の各地に普及しているが、「伊麵」という名称は変化していない。台湾だけが「意麵」に変わっているようだが、実は日本時代の台湾人記者が1919年に中国福州へ遊びに行き、「意麵」を食べたことについて日記に残している。そして、1923年にはすでに台湾の鹽水(kiâm-chúi)で「意麵」という名の麵が出現している。台南の「意麵」の発祥地は鹽水で、当時その地にいた福州人が考え出した製麺方で作られた麵で、古くは「福州意麵」と呼ばれていたらしい。そして、実はこの鹽水で福州人が作ったとされる「福州意麵」も「意麵」という名称の麵料理も現在の中国福州ではどうやら見あたらないそうだ。

 また「意麵」の麵生地を捏ねる時に強い力を出すことが必要なことから、元々は「力麵」という名称で、力を入れる時に「イー!イー!」という掛け声が発せられるので、「意麵」と呼ばれるようになったという説もある。また、さらに台湾の鄭成功時代、台南の鹽水に駐屯していた福州人の兵隊が意麵を作ったという説まであるが、この鄭成功時代に生まれたという話はあまり信用できない説だとも言われている。

 このように「意麵」の発祥地や名称のルーツについては様々な説があり、正確なことはわからない。また、麵の形状も平べったいものもあれば、丸い筒状で不規則な湾曲(ちぢれ)のある麵である場合もある。

 台湾の台南ですっかり有名になった「意麵」は台湾各地の他、中国各地にもその名は知れ渡り、各地で麵を売る人が「意麵」の名称を使うようになっていったらしい。

 また、「汕頭麵」は台湾各地で多少違うものになっている。例えば現在台北で「汕頭麵」と呼ばれているものは細麵だが、台南で「汕頭意麵」と呼ばれているものは太めの麵だ。「汕頭麵」「汕頭意麵」の特色といえば「沙嗲」や「沙茶醬」と呼ばれる調味ソースの味である。独自に調合したラード入り沙茶醬を使い、ラードも自分で作ったものを使う店もある。そして、そのラードと沙茶醬の配合の割合がちょうどよく、沙茶の香りが非常に濃厚である。

ここで、「沙嗲」や「沙茶醬」と呼ばれる調味ソースの説明をしておこう。

【沙嗲(sa-te : サァテェ) /沙茶醬(sa-tê-chiùⁿ :
サァテェチュウ) 】

 沙茶醬は一般的に茶褐色のペースト状ソースで、ニンニクや玉ネギ、ピーナッツなどが混合した香りと干し蝦と薄口醤油が複合した塩気があり、さらに軽い甘みと辛味もある調味ソースである。

 元々、マレーシア、インドネシアのサテー(串焼き料理)のタレであり、それを改良したものが早い時代に東南アジアへ移民していた華僑によって中国広東省潮州、汕頭地区や福建省の閩南地區に伝えられ、これらの地域で非常に普及し、特に広東省潮州、汕頭地区で流行した。台湾でもとてもポピュラーな調味ソースとして人々に親しまれている。沙茶醬の潮洲語は「沙嗲」(サァテェ)だが、同じ閩南語系の台湾ホーロー語でも「sa-te(沙嗲)
:サァテェ」と呼ばれる。台湾の各メーカーで製造販売されている沙茶醬の瓶や缶詰のラベル表示は中国語で沙茶醬と書かれているが、台湾ホーロー語で話す時は「sa-te(沙嗲)
:サァテェ」と呼ぶ人が多い。また沙茶醬という漢字を台湾ホーロー語で読むと「sa-tê-chiùⁿ(沙茶醬)
:サァテェチュウ」である。つまり、沙嗲も沙茶も福建省、広東省の閩南語系言語や台湾ホーロー語ではサァテェという音になる。いずれもマレーシア、インドネシアのサテー(串焼き料理)から取り入れた発音に漢字を当てた外来語であろう。

 台湾の代表的な沙茶醬(沙嗲)の特色は大量のヒラメとアキアミを使用していて、ピーナッツパウダー、きな粉などは含まれていないことが多いようだ。他の材料はニンニク、ジンジャーパウダー、ココナッツパウダー、干しネギ、ゴマ、チリパウダー、塩、スターアニス、シナモン、フェンネル、胡椒などだ。また製造メーカーによっては素食(精進料理、ビーガン、ベジタリアン)用の沙茶醬も販売している。

 ただし、香港、マカオなどの広東語圏では沙茶醬と書かれているものと沙嗲醬と書かれているものには微妙に違いがあるようだ。沙茶醬は甘さが少なく、塩気があり、干し蝦の香りが強い。しかし沙嗲醬のほうは少し甘さが強く、さらに辛さもあり、ピーナッツが比較的多めに含まれており、少しオレンジ色に寄った赤っぽい色をしている。またマレーシアやインドネシアのレシピに合わせて、粗いピーナッツの粒を入れている場合もあるようだ。

次に中国福建省の福州という地名が付いた「福州傻瓜乾麵」を紹介しよう。

【福州傻瓜乾麵(フウツォウ・サァコア・カンミェン=中国語発音)

 「福州傻瓜乾麵(フウツォウ・サァコア・カンミェン=中国語発音)」は白麵を茹でた後に香油(胡麻油の類)やラードを混ぜ、刻みネギを散らしただけでお客さんに出される非常にシンプルな汁無し和え麵だ。そのまま食べると味がないので、お客さんはテーブルに置いてある各種調味料を好きなように加え、かき混ぜて、自分好みの味にしてから食べるのである。

 「福州傻瓜乾麵」の傻瓜は中国語で”バカ”という意味で、乾麵とは汁無しの和え麵のことを指す。そして、福州は中国福建省の首都である。お店から出された油とネギを加えただけで、味のない麵をそのまま食べるのは賢くない人のやることだということで、「福州傻瓜乾麵」という名称になったらしいが、この説以外にもネーミングに関してはいくつかの説が存在する。その中でも興味深いのは以前お客さんが台湾語で「煠寡乾麵(
sa̍h kóa ta mī : サァコア
タァミィ)=汁無し麺を茹でて!」と言って注文していたのが、いつの間にか発音上似ている中国語の傻瓜(サァコア)が料理名になってしまったという説だ。

 この「福州傻瓜乾麵」の考案者は台湾に住む福州人だったようだ。福州涼麵(福州式の冷やし麵)を温かい麵に変えて売り出し、後に別の福州人に継がせた。当初は烏醋(ウースターソースに似た味の黒い酢)を加えただけの本当に簡単な和え麵だったのを各種の辛味のある調味料(ラー油を作る際に残る唐辛子を揚げたものや唐辛子味噌や胡椒など)を更に加えて食べる方法を編み出して、この「福州傻瓜乾麵」を有名にしたようだ。

 筆者の好きな食べ方はそれらの調味料以外に更にまた刻みネギを倍増し、おろしニンニクを足し、別に頼んでおいた玉子スープの中の半熟状態のポーチドエッグを取り出して、それも麵の上に載せ、崩して、よくかき混ぜてから食べる方法だ。このように好き勝手に自分だけのオリジナルの味に変えて食べられるユニークな麵料理である。この麵料理は純粋な台湾料理ではなく、第二次大戦後に台湾で創作されたり、改良された台湾式中華料理の一種だ。

 先に紹介した「汕頭麵(汕頭意麵)」とこの「福州傻瓜乾麵」を売る店は特に台北市内の南西部、小南門から南機場にかけての地域に多い。この一帯は第二次大戦後に台湾へ移民した中国出身の外省人や台湾南部出身の台湾人が多く住む地域のようだ。特にこの一帯は福州出身の外省人が多かったという話も南機場観光夜市で福州麵や福州傻瓜乾麵を売る屋台の主人に聞いたことがある。台湾南部出身や中国福州出身の住民たちの目を引くために汕頭や福州の名をつけた麵を売る店が多いのかもしれない。


編集部より:「阿彰の台湾写真紀行」では、台湾在住のデザイナー、『台北美味しい物語』著者である内海彰氏が撮影した写真とエッセイをお届けします。写真は末尾のリンクから取得することができます。またウェブで閲覧できるバックナンバーでは、記事とともに表示されます。


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★こちらから関連ファイルをご参照ください:

1汁無しの摵仔麵

2汁有り、肉入りの摵仔麵

3油麵を使った汁無し和え麵

4陽春麵

5南機場觀光夜市汕頭麵

6汕頭沙茶意麵

7意麵を使った汁無し和え麵

8福州傻瓜乾拌麵を混ぜる前

9福州傻瓜乾拌麵を混ぜた後

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