「一つの中国」有名無実化
「日台交流基本法」の制定期待
平成国際大学教授 浅野 和生
今からおよそ半世紀前、1972年2月28日の米中「上海コミュニケ」で、中国は「中華人民共和国政府は中国の唯一の合法政府であり、台湾は中国の一省であり、つとに祖国に返還されて」いるとし、「台湾解放」は、他国の干渉を許さない「中国の国内問題」だと主張した。さらに「一つの中国、一つの台湾」「一つの中国、二つの政府」「二つの中国」および「台湾独立」をつくり上げることを目的とし、あるいは「台湾の地位は未確定である」と唱えるいかなる活動にも「断固として反対する」とも述べた。以来、中国の立場は今日まで一貫している。
<<新たな現実、正しく認識>>
一方、アメリカは、「台湾海峡の両側のすべての中国人が、中国はただ一つであり、台湾は中国の一部であると主張していることを認識している。米国政府は、この立場に異論を唱えない」と応じた。また79年1月1日の米中国交正常化のコミュニケでアメリカは「一つの中国」を認める文脈において、台湾の住民と文化的、商業的、その他の「非公式の関係」を維持すると表明した。さらに82年8月17日、アメリカは台湾関係法が保障する台湾への武器売却を逓減させ、やがては停止すると公言するとともに、中国と台湾の統一を承諾したとも読める「第2上海コミュニケ」を発した。
当時は確かに、台湾の蒋介石・蒋経国政権と毛沢東の北京政府が共に「一つの中国」を主張する現実があった。それに米ソ冷戦に勝利すべく対ソ包囲網を布くには、台湾に不利なことをしてでも、中国を自陣営に引き込むことが優先された。それゆえ上記の「三つのコミュニケ」と台湾関係法が、米台関係の基礎となったのである。
しかし台湾では、2016年に成立した蔡英文政権が「一つの中国」原則を否定した。以来、中台間の公式交流は完全にストップしたが、昨年1月の総統選挙で、台湾の有権者は蔡英文総統の再選を熱烈に支持した。つまり、台湾の人びとは「台湾は中国と別の存在」だと認識しているのであって、今や「一つの中国」と中台統一の夢は、中国側の一方的な思い込みにすぎない。
アメリカは、中台の新たな現実を正しく「認識」した。また共産党一党独裁の人権蹂躙《じゅうりん》国家・中国による台湾の併呑《へいどん》とインド太平洋への覇権拡張は、アメリカの国益に反する。だからアメリカは、台湾を支持し、中国に厳しく対処するよう対中・対台湾政策を転換した。
すなわちオバマ政権末期の16年5月から7月、蔡英文政権のスタートと相前後して、米国上下両院は、「台湾関係法と『六つの保証』がアメリカの台湾政策の要石である」ことを全会一致で確認した。「六つの保証」は、「第2上海コミュニケ」発出の1カ月前、82年7月にレーガン政権が、台湾への武器売却と台湾存続のためのアメリカの関与を無期限に保障するという蒋経国政権との秘密の約束である。米議会は、「第2上海コミュニケ」と完全に矛盾する「六つの保証」を表舞台に引き上げることで、同コミュニケを事実上無効にした。
さらに18年3月16日、米議会が可決した「台湾旅行法」にトランプ大統領が署名して、米台間の政府高官の相互訪問と積極的な交流を認めた。こうして「台湾とは非公式の関係を維持する」という米中国交正常化の際のアメリカの約束は換骨奪胎された。実際、昨年には米政府の現職閣僚が台湾を訪問したし、去る1月20日のバイデン大統領の就任式典には、台湾政府の駐米代表である蕭美琴氏が正式招待された。さらにバイデン大統領は、台湾の将来について、台湾の民意の尊重を明言している。つまり、米国はアメリカの国益に合わせて、「一つの中国」を有名無実化したのである。
<<日中共同声明を上書き>>
一方、日本では、およそ半世紀前、1972年9月29日の日中共同声明にある「一つの中国」合意を墨守し、台湾との関係を「非公式の実務関係」にとどめている。しかし今や日本は、アメリカに倣って、台湾が「一つの中国」に含まれない現実を率直に認め、日中共同声明を上書きして、日台関係を格上げすべきである。来年9月、現状と国益に合致しない日中共同声明が50周年を迎える前に、日台関係に新たな法的基礎を置く「日台交流基本法」を制定するよう、国会の奮起を促したい。<<(あさの・かずお)>>
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