平成国際大学教授 浅野和生
ウクライナに対するロシアの軍事侵攻さ中の3月2日、アメリカ大統領特使のマイケル・マレン・統合参謀本部元議長ら一行が台湾を訪問して、蔡英文総統と会見した。翌3日には、前国務長官のポンペオ氏が台北の総統府において、蔡英文総統から特種大綬景星勲章を授与された。これはトランプ政権において、従来の米台関係の枠組みを超えて政府・軍の高官の相互訪問などの関係緊密化が進められだが、その立役者としてポンペオ氏を顕彰したものである。これらはウクライナ危機の一方で、「自由で開かれたインド太平洋」を維持する上での台湾の地政学的重要性を示し、既存の国際秩序を脅かす中国政府の台湾併合への圧力の高まりに対処するための、米台の関係強化を改めて示したものだ。
ポンペオ前国務長官は、4日に台湾の政府系シンクタンクで講演し、「台湾に自由な主権国家としての国交上の承認を与える」べきだと述べ、米台関係のレベルアップの行きつく先は米台国交しかないとの認識を示した。
翻って日台関係の現状はどうか。日本と台湾の間では、自由に政府もしくは安全保障関係者の高官が相互訪問し、会談をもつことはできない。有力政治家が公の場で日本と台湾の国交樹立を提言することもない。また、昨年12月1日に台湾の国策研究院文教基金会主催のシンポジウムで安倍晋三元首相が「台湾有事は日本有事であり、日米同盟の有事でもある」との認識を示したが、岸田政権の立場はそれほど明確ではない。
そうしたなか、3月22日、超党派の国会議員組織として日台関係の促進を図る日華議員懇談会の総会において、安倍元首相と蔡英文総統のオンライン会談が行われた。アメリカの大統領特使の派遣、対面での会談には遠く及ばないが、多少の意味はある。
同会談において蔡英文総統は「台湾と日本は自由、民主、人権、法の支配といった普遍的な価値を共有しており、重要な貿易パートナーであり、かつ大切な友人です。安全保障上のパートナーでもあります」との認識を示した。
振り返ってみれば、普遍的価値の共有を日台間で声高に表明できるようになったのは、李登輝政権による台湾民主改革の完成以後のことである。1988年に蒋経国から李登輝へと総統が交代したとき、台湾はまだ権威主義体制の中にあり、国民党一党支配からの脱却は始まったばかりで、総統直接民選も実現していなかった。李登輝総統の12年間のあいだに、台湾の民主主義体制は完備され、2000年、2008年、2016年には政党間の政権交代を実現して、台湾が名実ともに民主国家であることを示した。去る2月24日に2022年版のレポートを発表したフリーダムハウスによると、自由度の総合評価において台湾は94点。これはアジアでは日本の96点に次いで第2位だ。世界210の国家等の自由と民主主義の格付け機関であるフリーダムハウスの評価は、アメリカが83点とされるなど辛口である。ちなみに、中国は9点、ロシアは19点、ウクライナは61点である。
だから、トランプ政権以来の「自由で開かれたインド太平洋戦略」の枠組のなかで、台湾が普遍的な価値を共有するアメリカの主要なパートナーと明示されたのは当然である。日本でも、日台が自由、民主や法の支配などの価値を共有しているという認識に異論を唱える者はほとんどいないだろう。
さて、安倍・蔡会談の結びにあたって、安倍前首相が「台湾を訪問させていただいて親しくお話ができる機会が訪れることを念願しています」と述べると、蔡総統は「わたしも安倍総理の台湾ご訪問を心からお待ちしています」と応じた。
米台関係ではアメリカ大統領特使は、元総合参謀本部議長がふさわしい。しかし、日台関係では安全保障面よりまず価値観の共有を強調できる特使派遣がふさわしい。アメリカに後れを取っての特使派遣としては、李登輝総統を敬愛してきた安倍元首相を台湾民主化の父・李登輝総統の墓参として派遣するのがよいのではないか。今年の7月30日は、李登輝総統の三回忌である。
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