【書評】福島香織『現代中国悪女列伝』(文春新書)

【書評】福島香織『現代中国悪女列伝』(文春新書)

「宮崎正弘の国際ニュース・早読み」より転載
 

知ってましたか? 中国共産党高官らの信じられないセックス・スキャンダルを
  精力絶倫の男達をあやつる稀代の悪女らの実態をこまやかに描写

                宮崎正弘

 本書は並みの推理小説や愛欲小説をはるかに超えるおもしろさに溢れ、人間の始源的欲望、そのぎらぎらした中国悪女の野心の表裏を克明に、しかし淡々と綴っている。

 驚き、呆れ、しかもこういう悪女が本当に多数いる中国って、いったい何なのだ。
金銭慾、情欲、食欲、出世欲に駆られて、権力者にちかづくためには女性の武器をフルに活かして階段を駆け上った女達の骨髄にあるのは「拝金主義」の突出である。
野心とセックスとが奇妙に同居し、ときに中国政治を背後から、いや寝室から巧妙に動かし、政治を壟断し、そして大物政治家を失脚させ、自らも華やかな舞台から消え去った女優、歌手。そして「公共情婦」ら。

中国には古来より傾城の美女がいた。

そうか、福島さんは小説家の才能があると感じつつ、しかしあまりに面白いので地下鉄、バスの中でも読み続けた。エキサイティングな小説をよむように、次のページが楽しみとなる本である。とはいえ中国政治に興味の薄い向きには人名や事件がややこしいので、ついてゆけないかもしれない。

 人間の本質は三つの欲望に左右される。食欲、性欲、金銭欲である。文明が豊かになると倫理が問われ、道徳が求められ、三つの本能的欲望は直截な表現が制御され、むしろ次の知識欲、出世欲、名声欲に取り憑かれる。倫理がかけている社会では、まだまだ欲望はむき出しのままである。

 中国の悪女といえば、呂后、則天武后、西太后が「三代悪女」だ。

そして現代中国では江青、林彪夫人の葉群、そして現代政治では直近でも大事件を起こし、失脚した薄煕来の妻、谷開来だろう。

谷開来は息子・薄瓜瓜の家庭教師だった英国人を殺害した罪により死刑判決(執行猶予付き)、だんなの薄煕来は無期懲役となって、人生は暗転し地獄の手前に投げ出された。夢のバブルのつづきは見られないこととなって。

 本書はその事件も冒頭で総括しているが、おどろくべし。薄煕来のニックネームは「勃起来」(爆笑)。夫人は裁判を「薄谷開来」で受けたが、その理由は? しかも谷開来は、不倫関係をつづけて薄の前妻を追い出し、夫の権威を笠に弁護士事務所を開いて米国での勝訴が彼女を有名にした。ところが、福島さんの、その後の取材では、勝訴の裏には別の辣腕弁護士の恋人がいた。

彼女の権力に這い蹲った大連実徳集団の徐明は、濡れ手に粟のビジネスをして、息子の贅沢の裏金をぜんぶまかなったばかりか、自家用飛行機と豪華別荘をえさにして釣った美女を薄につぎからつぎへ紹介し、その嫉妬に狂った谷開来が、何人かをあやめた可能性が疑われる。

しかしそのうち、亭主の女狂いに対抗し、見せつけるために次々と男達を寝室に入れて浮気を重ねた。そのセックスフレンドの一人が、殺された英国人ヘイウッドだ。もうひとりのフランス人建築家はさっと中国を離れカンボジアへ逼塞していた。

 ▼次から次への同じ醜聞が繰り返される中国に倫理は存在するのか?

 温家宝(前首相)夫人の張培莉はなぜ、中国の宝石王といわれるほど蓄財に励んだか。

 劉志軍(前鉄道部長、死刑猶予判決)の裏にいた丁書苗という「愛人は170センチ、100キロという巨漢のブス」だったが、彼女と肉体関係はなく、むしろこの100キロデブが18名の美女を劉志軍にあてがい、みかえりに鉄道利権の数々を獲得し巨万の富を築いた等々。

 第十八期共産党執行部のトップセブンに関しても習近平の妻のほか、政治局常務委員第五位の愈正声に迫った「公共情婦」の李薇という稀な整形美人の存在などに言及がある。

 要するに「中央高官の社交界で、自分の情婦を仲間に見せびらかすことはよくあることだ。人がうらやむような素晴らしい愛人を持つことは官僚政治家のステイタスシンボルであり、自慢でもある」というのが倫理の薄い、拝金主義中国の裏側の社会である。

 「重要なことは、悪女は単体では存在し得ないということだ。悪女は権力をもつ男を軸にして初めて存在が成立するのだ。悪女は生まれながらに悪女ではなく、権力を持つ男との出会いによって女のなかに潜む毒から悪の華を咲かせる、そういう存在ではないだろうか。乱暴に一言で言えば、もとは男が悪い」

 そして福島さんは以下の総括をする。

 「悪女のうまれにくい日本という社会が、何かと文句を言われながらも、じつはわりと公正で豊かで安心であるか」。

 しかし評者にいわしめれば、だから男が去勢され、つまらない、退屈な社会になったとも言える。


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