【はるかなり台湾】台中市内にある李総統が揮亳したもの

【はるかなり台湾】台中市内にある李総統が揮亳したもの
                                    

メルマガ「はるかなり台湾」より転載
                 
昨日は3連休の初日、台中市清水区にある芸術センターに行ってきました。そこで思いがけないものを発見しました。

それは李登輝元総統(以下李総統と呼ぶ)の揮亳した「港区芸術館」の題字が建物の屋根の下に掲げられていたのです。
本来ならば正面玄関など目立つ所にあるべきものが、「どうしてこんな所に?」と思い、正直驚きました。
よく考えれば、李総統に書いてもらった題字「芸術館」がある事情が発生し「芸術中心」となってしまい、飾るに飾れ
なくなって人目のつかないところに掲げられたのでしょうか。

そこで本日はこれ以外に台中市内にある李総統が揮亳したものを紹介したいと思います。

まず最初に、台湾の靖国神社と呼ばれている宝覚寺。大仏のあるお寺として観光スポットになっています。この境内に
大東亜戦争で戦死した元日本軍人・軍属三万三千柱と台湾住民で戦争の犠牲者となった人々の霊を祭る慰霊碑があります。
この慰霊碑は李総統の筆による「霊安故郷」の碑なのです。どうか宝覚寺を訪れることがありましたら、日本人墓地も
ありますから併せて参拝してください。

1999年の台湾大震災で台中日本人学校が崩壊し、現在ある大雅区に移転してきましたが用地を斡旋してくれたのが時の
李総統だったのです。それで当時の福原校長が李総統にお願いして校名を揮亳してもらったのです。数年前に李登輝
友の会のメンバーと共に台中校を訪れた時に行政区分が台中県から台中市に変更なったために再度和紙に校名を書き
直していただくことになり、そのオリジナルが届いたばかりでした。メンバー一同これは記念になると言って誰もが
シャッターをパチパチと押していました。
 海外に日本人学校は数多く存在しますが、その国の国家元首が日本人学校のために校名を揮亳したのは台中校が
唯一だと思います。多くの日本人に知ってもらいたいものです。

清水国小は湾生で戦前過ごした少年時代を思い出して書いた記憶想像画「台湾の思い出」の作者吉田道夫さんの母校で、
台湾人と日本精神』の作者で、台湾歌壇の蔡焜燦会長の母校でもあります。清水国小は1897年に創立された伝統校で、
とてもきれいな校舎です。ここの校舎の中に李総統が揮亳した百年樹人の碑があります。
台湾の学校は、夜間や休日も地元住民のダンス、運動、そして生涯教育の場としても開放されています。一度機会が
あればぜひ台湾の学校も訪問してみてください。


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